次の日曜の礼拝の備えのために

e0191585_2115570.jpg2月14日(日)変容主日 聖書 : ルカによる福音書9:28-36
9:28 この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。 29
祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。 30 見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。 31
二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。 

み言より一言: イエス様の栄光・十字架

一瞬の美しさ 

目をはなさないで
じっと見つめていよう
すぐに消える一瞬の美しさを
夕日にきらきら光る
軒先に下がったつららの
すぐに消える一瞬の美しさ
御神の御わざなる
すぐに消える一瞬の美しさ
     (水野源三さんの詩集より)

 次の日曜はイエス様の姿が山の上で変わったという出来事を覚えます。ルカだけがマタイやマルコと異なった内容を書いています。
イエス様の山の上での変容という出来事は、イエス様の栄光の姿を垣間見せていますが、ルカはそれだけではないこと、イエス様の本当の栄光というものが何であるかを伝えています。それは罪のゆえに明日を知ることのできない闇の中にいる私たちのためであります。モーセとエリヤはイエス様とお話していました。イエス様がエルサレムでどのような最期を遂げるかということです。明らかにイエス様の受難と十字架についてのお話です。
 モーセは60万の民を暗黒の奴隷の生活から救い出し、約束の地に導いた指導者です。エリヤはイスラエルの大預言者、イスラエルの危急を何度も救い、死をみずして天に召されたといわれる。この偉大なる旧約聖書の聖者は自分たちのなし得なかったことをイエス様が成し遂げてくれることを語っている。それは人々を罪から救い、神の民としすることであった。そのために苦しみを受け、十字架にかかる。イエス様の十字架こそ、罪に打ち勝つ栄光である。
《これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け》、私たちはこのイエス様に聞き、従って生きていかなければなならない。十字架に輝く神の愛を受けて、神様の子として生きていこう。

by minitayori | 2010-02-11 21:15 | Trackback | Comments(1)

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Commented by 月輪うるる at 2010-02-16 09:37 x
目をはなさないで
じっと見つめていよう
すぐに消える一瞬の美しさを

そのようにして毎日を生きていきたいなあと思います。
欠片の中にその日を生きるために必要なすべてがあるのかもしれないと感じて。