次週の日曜日の日課、礼拝準備として

e0191585_13451076.jpg010・3・14 聖書 : ルカによる福音書15:1-32
3そこで、イエスは次のたとえを話された。 
4「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。 
5そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、 
6家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。 

聖書より一言:失われたものを捜し求める神
生きる
神さまの大きな御手の中で
かたつむりは かたつむりらしく歩み
蛍草は蛍草らしく咲き
雨蛙は雨蛙らしく鳴き
神さまの大きな御手の中で
私は私らしく生きる。
水野源三さんの詩集より

 百匹の羊を持っていた人が、たった一匹の子羊を見つけるまで探し続ける。その光景は美しい、いろいろな人がこの光景を絵画にしている。私も何枚ものキリエを作った。いつも羊を見つけた羊飼いがどんなお顔をしているだろうかと想像しながら製作してゆく。
イエス様のお顔に喜びがあふれる様にと願いながら製作する。
 羊飼いに抱かれて、羊はどんな顔をしているだろうかをも考える。
夕暮れに一匹の子羊を捜し求めることは容易ではない。夜の野原で何が起こるかわからない。そのような自分の身の危険も考えずに子羊を捜し求める羊飼い。探されているのはほかでもない「わたし」「あなた」なのです。羊飼いはイエス様。神の子でありながら僕の形をとり、どこまでも探し続けてくださる。その愛の報いは、苦難と十字架。それでもイエス様の愛は変わらなかった。十字架の上で、苦しみの中で祈られた。「父よ、彼らを赦したまえ。彼らは何をしているのか知らないでいるからです」と。失われたものを捜し求める神は、あなたを捜し求めているのです。イエス様の差し出されるみ手に、その身をゆだねてみませんか。生きようよ、神様の大きな愛のみ手の中で!

by minitayori | 2010-03-12 13:45 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://minitayori.exblog.jp/tb/12295868
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。