新年を迎えるにあたって。教会讃美歌49について

新年を迎えるにあたって 教会讃美歌四九番について
 お正月の讃美歌として有名な教会讃美歌49番は、熊本教会の5代目の牧師として活躍された江口先生の作詞されたものです。その秘話について、自伝の中に記されていたので、紹介させていただきます。
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 1973年の末、10年近い歳月をかけたルーテル教会の新しい讃美歌集編纂の仕事も殆んど終りかけていた。全体を見直す段階で新年の歌を入れてはとの話が出た。新年を迎える気持ちは日本人とヨーロッパの人々とは余程異なり、ヨーロッパの讃美歌集には新年の歌は見かけない。新しい日本の讃美歌集だから新年の歌を入れようということになり、私が作詞するようにとのことになった。
その頃、私は田坂誠喜先生(青学文学部教授)と共に讃美歌委員会で歌詞を担当しており、責任上引き受けることになった。
新年の気持ちを素直に詩の形で表現しようと思った。そして一節の「なきものをあるがごとくに呼び給う神」という神への呼びかけが心に浮かんだとき、詩のこころは決まったように思った。「無きものを有るものの如く呼び給う神」(ロマ書4・17)、このアブラハムの信仰を讃えた聖書の個所は常に私の信仰の出発点であり、到達点であった。2節について言えぱ、当時私は五十代の後半で、なほ未解決の問題を多く抱えて生きていた。この2節はその頃の自然な思い、あるいは祈りのようなものであった。
「過ぎ去った日々の悲しみ/さまざまなうれいはすべて/キリストにゆだねまつつて/み恵みがあふれるような/生きかたを今年はしよう」4節まで出来てみると、それは自然と自分の信仰告白になっていた。そんな立派な生き方をしていたとか、しているとか言うのではなく、生きたいと思っているのである。今はその頃より、一層、この詩に近い心で生きているように思う。数年前、自分のために5節を作った。
「この世での仕事を果し/召し給うみ声聞くとき/あわてずに身を整えて/主のみ顔仰げるような/生き方を今年はしよう」
曲は神学大学の山田実先生が作られて、曲名を「EGUCHI」とつけてくださった。生きているうちに墓碑を立てていただいたような気がしている。
多くの人から愛唱しているという励ましの言葉を戴く。想像してもいなかったことだった。昨年(一九九五年)フィンランドのルーテル教会が新しい讃美歌集に採用したとのお知らせをいただいた。言葉を以て教会に仕えてきた者として身に過ぎた光栄である。    (1996・1・22記)
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by minitayori | 2015-12-31 20:40 | Trackback | Comments(0)

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