礼拝に備えて 8月6日 平和の主日 ヨハネ福音書15章9―12節

8月6日 平和の主日 ヨハネ福音書15章9―12節

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15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。:10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。:11 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。:12 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

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「礼拝に備えて」

 平和であることの幸いが、忘れ去られてきたような気がします。しかし、今こそ本当の平和を求めなければならない時と思われる昨今です。世界のだれもが平和を願っていると思うのに、平和運動をしながら、それぞれ主義主張があって、平和を願う人々の中で争いがあることも不思議なことです。

 人はだれもが、自分の主義主張が一番正しいと思っています。自分の考えや方法だけが一番正しいと思ってしまうのです。その自己中心の心が、対立や争いを作って行くのでしょうね。それは友人関係にも、家族関係の中にも起こる事柄です。悲しい事ですが。

 イエス様は、弟子達を送り出すにあたって、イエス様のお心を、弟子たちに繰り返し教えておられます。イエス様は「あなた方に平和を与えよう。それは父なる神様とイエス様との間にある平和である。」と言われました。それは「愛と信頼に基づく平和」でした。イエス様が弟子たちに伝えたもの、委ねた平和とは、この神様への信仰と信頼に基づく平和であったのです。 

 最後の任地である熊本に着任して、最初の12月24日のの朝、教会の大切な婦人会のメンバーが急死されました。心筋梗塞でした。前日の夕方までクリスマスの準備をしてくださり、また明日ね!と帰られたのが最後の会話でした。その方はクリスマスに孫にあげるキルトの靴下を、孫の数だけ完成していました。毎年の恒例のプレゼントだったそうです。しかし、その年は手渡すことが出来ませんでした。深夜に容体が急変して、そのまま召されてしまいました。私は早朝呼ばれて病院に行ってご遺体にお目にかかり、臨終の祈りをして教会に帰り、熊本での初めてのクリスマスの準備です。25日クリスマスの飾りつけの中で葬儀が行われました。その方はお孫さんに、クリスマスの靴下をなぜ毎年贈っていたのでしょうか。ある説では、靴下は人の身につける物で一番汚れているもの、その様なもの(イエス様)を用いてクリスマスの恵みは届けられる、と説明されていました。 その方の、お孫さんたちへの願いがこもっていたのではないかと思いました。

イエス様のように「愛を伝えるために仕える人になりなさい。」「隣人を愛して仕える人になりなさい。」「愛を持って隣人との間に平和を作る者となりなさい。」そのご婦人の願いは、ご家族やお孫さん達に立派に受け継がれています。弟子達、私達もイエス様のお心を担って、愛によって平和を作りだす者でありたいと思います。
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「愛を行いと思うなら、まず家庭に帰りなさい。あなたを待っている身近な家族から始めるのです。」マザー・テレサ


by minitayori | 2017-08-05 20:10 | Trackback | Comments(0)

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