礼拝に備えて 8月13日  マタイ福音書13章24-35

813日 聖霊降臨後第13主日 マタイによる福音書1324-35

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◆「毒麦」のたとえ

13:24 イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。:25 人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。

13:26 芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。:27 僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』:28 主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、:29 主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。:30 刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

◆「からし種」と「パン種」のたとえ

13:31 35

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「礼拝に備えて」


 今日は麦畑のお話だ。最近では見ることもなくなったが、私は中学時代、麦畑で働いたことがある。当時私の家は貧しくて、高校に行けないかもしれない状態だった。


あの頃は、中学は進学組と就職組とに分かれており、進学組は英語や数学など、受験に必要な勉強をしていた。就職組は、なぜか畑と家畜小屋が教室だった。麦畑の麦踏み、ナスやトマトの栽培、牛や豚の餌やり、家畜小屋の清掃などが勉強だった。カーテンで絞められた部屋から漏れてくる英語の声に、悲しい思いをした。

 しかし、夜の高校に通っている時、イエス様に出会い、牧師になりたいという思いがつよくなり、親の反対を押して新しい道に歩み出した。家を出て、皿洗いやスリッパ作りのアルバイトをしながら学びを続けた。しかし、今思うと全てが神様のご計画の中にあったと思える。学生時代に経験したこと、社会に出てアルバイトをしながら学んできた事、一つ一つの出来事が牧師の働きに備えての、神様のご計画であったと思う。

 今日の日課の、麦の例えのお話は、遠い昔の中学時代の畑仕事を思い出させてくれた。種を播いて、麦踏みをして、成長を見守っていると、異常に早く育つ麦があった。そして、どの麦よりも早く大きくなり、実りも早かった。私の地方ではそれをカラス麦と呼んでおり、毒麦として収穫の時に最初に抜き取って捨てていた。よい麦も成長することがあるので、実りの時まで待って刈り取り、分けると教えられていた。今日の日課の聖書と同じ教えだった。


 牧師としての働きの中で、自分の未熟さや愚かさに気づく時、自分はこの群れの中にいてはいけない毒麦ではないだろうかと、涙と共に反省したこともある。しかし、「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。」と言われたイエス様のお言葉が時に慰めとなり、日々を支えてくれた。


 からし種のように多きく育って、小鳥を休ませるような木にはなれなかったが、小さな花が一生懸命咲いて、蝶に栄養を与え助けているように、少しでも神様の御用に立てるように、自分らしく生きていたいと思う。





by minitayori | 2017-08-12 21:08 | Trackback | Comments(0)

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