8月20日 礼拝に備えて マタイによる福音書13章44-52

820日 聖霊降臨後11主日 マタイによる福音書1344-52

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◆「天の国」のたとえ

13:44 「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。

13:45 また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。

13:46 高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。

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「礼拝に備えて」

 もう何十年も前の事になるが、最初の牧会をした東京の教会での事です。大変素朴なおばあちゃんと懇意になった。よくお宅に伺ってお茶をいただいたりした。その方がご主人を亡くし、一人暮らしになってからしばらく頑張っておられたが、家族の方が心配して、郊外に新しい家を建てて引き取られた。しかし、その内に体調を壊したのか、池袋の老人病院(当時はそう呼んでいた)に入院された。

 ベット一つと小さな箪笥だけの住み家だったが、8人部屋で同じ仲間との生活を楽しんでおられた。毎週のように訪問していたが、生活が慣れてくるとじっとしておれない性分、病室の人々のお世話、お話し相手になっていた。数年して身体が弱くなって来られると、ベットで横になって話していた。特に二つのことを繰り返し質問された。「ねえ先生、天国は本当にあるの?」「何にもすることがなくて、生きているのが申し訳なく思えて!」と言うのだった。天国については、「わたしは見たことはないが、聖書に神様が約束してくださっているから、イエス様が約束してくださっているから、私はそれを信じています。」と答えた。

 仕事については、一つお願いした。「わたしは若くて、礼拝が怖い。説教が出来るかどうか、いつもドキドキしているのですよ。日曜日10時30分になったら私のために、神様に祈って下さい。よい礼拝が出来るように。」その方は、それなら私にもできると引き受けてくださった。それから何年か、訪問するたびに、「お祈りしていたけれど神様助けてくれたかね?」と聞かれた。日曜日の日課のようにベットの上でお祈と看護師さんが教えてくれた。胸が熱くなったことを思い出す。

「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」畑の中の宝を(あなたを)、独り子をくださるほどに大切に思い、買い戻してくださった。神様の愛のみ業によるものですね。e0191585_20544540.jpg

 ある日の深夜、病院から先ほどのご婦人のご臨終のお知らせがあった。まだ体温が残るその方の額に手を置いて祈った。「イエス様、このご婦人を神様のみ国に導いてください。み手におゆだねします。」と。
その時、額の温かさがスーと抜けたように冷たくなった。初めての大切な経験でした。





by minitayori | 2017-08-19 20:56 | Trackback | Comments(0)

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