礼拝に備えて 11月19日 聖霊降臨後24主日 マタイ福音書25章1-13節

11月19日 礼拝に備えて 聖霊降臨後24主日 マタイ福音書251-13

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25:1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。 25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。:3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。:4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。:5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。 25:6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。

25:7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。25:8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』 25:9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』 25:10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。 25:11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。:12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
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「礼拝に備えて」

 私達の信仰は、一度持てばよいというものではなく、主の来臨の日まで常に新たにし、持ち続けなければならないものです。今日の日課の愚かな5人の娘は、自分の決めた予定の分だけの油で花婿を迎えようとしていました。花婿が遅れてきました。花婿が遅れたのはいいわけにはならない。花婿が主役ですから花婿の到着に合わせて、自分の勤めである火をともして迎えなければならなかったのです。


 愚かな5人のおとめは自分の考えの中で油を持って花婿を迎えようとして、自分の務めを果たすことが出来ずに、婚宴の席に連なることができませんでした。いつも神様のみ心を考え、神様に従う心を失わないように。またたえずイエス様に聞いてイエス様のみ心を行う者でなければならないんのです。

 その御心とは、互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように。」と言う事でした。それがキリスト者の備えるべき来るべき日に備えての油なのです。

 先週、教会に行くときにパスモで改札を通りました。しかし、降りようとしたら、赤い表示が出て改札口の扉が開きません。23度繰り返していましたが、駅員におかしいと尋ねました。「料金が不足しています。」パスモにチャージしてください、と言われて、しばらくチャージしていなくてカードが空になっているのに気付きました。

 後ろには23人の若者がいてにこにこしていました。しょうがないなー!と言うような顔でした。未だに最近の便利なものになれていない自分にはずかしくなりました。毎回改札を入る時に、残りの金額が出るからそれを見て少なくなったらチャージしないとね、と娘に教えられました。でも、私には通過する時にさっと残金額を読み取ることは難しい。いつも心がけて絶やさないようにチャージしておくことですね。信仰も。
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by minitayori | 2017-11-18 18:01 | Trackback | Comments(0)

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