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次週は受難主日、池袋で説教します。



  2010・3月28日(日) 枝の主日:ルカによる福音書19:28-48 
135そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。 36イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。 37イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。 38「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」 41エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、 
 

メッセージ :主の歩まれた道
    神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
自分を与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。
        (聖フランシスの平和への祈りー後半)


 主の歩まれた道、それは悲しみの道(ドロロッサ)。
弟子たち、群集たちはイエス様を褒め称えて歌う。しかしその同じ口が、まもなく、イエス様を十字架につけよ!と叫ぶ。そして弟子たちの口は、私はあの方を知らない!と裏切り、否定する。イエス様はそのすべてをご存知だった。これほどの孤独があろうか。
 それでもイエス様はご自分の道を歩む。鞭打たれ、茨の冠をかぶせられ、紫の衣を着せられて、人々に裏切られ、嘲笑されても、イエス様はご自分のために備えられた道を歩む。その道には王のために引かれる赤い絨毯はなかった。民衆の汗と垢にまみれた衣がしかれていた。人々の悲しみの真っ只中をイエス様は歩かれる。そしてエルサレム、神様の選ばれた所を眺めて「泣かれた!」。その涙は、エルサレムのためだけではなく、あなたのための涙だ。イエス様はあなたの悲しみの真っ只中の道を歩まれる。そしてあなたのために泣かれる。これがイエス様の愛。神様のあなたへの愛。イエス様の歩まれた道。
 
 *次の日曜日、池袋教会で説教をします。

池袋教会アドレス:
http://www.jelc-ikebukuro.org/

by minitayori | 2010-03-25 19:35 | Trackback | Comments(0)

雨にぬれた紅梅

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冷たい春雨にぬれた紅梅。雨にあらわれて透き通るようなきれいな色になっていました

by minitayori | 2010-03-25 19:30 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ、み言を考えるために

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君子蘭の友は、1号からずーと大切に持っていてくれた。2000階を目指しているが、
その感性を見守っていてほしい。

by minitayori | 2010-03-25 19:24 | Trackback | Comments(0)

君子蘭、私の生涯の友の残してくれた花

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この花は、私が牧師になった時以来の親友? 姉でありお母さんのような親友だった。長野に転勤した時大事に持ってきてくれた。私の車でではあったが。
それから飯田の雪の中、熊本の暑さの中で耐え抜き、ここ東京に帰ってきて花開いた。
親株は元の実家に帰っている。

by minitayori | 2010-03-25 19:14 | Trackback | Comments(0)

裏庭のシャガの花

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食堂の裏の庭に咲いていたシャガの花。目立たない花、葉に隠れるようにして咲いていた。
雨にぬれて、春というのに寒そうだった。

by minitayori | 2010-03-25 19:05 | Trackback | Comments(0)

次週の聖書からの短い説教です

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「つばき」

木は自分で
動きまわることができない
神様に与えられたその場所で
精一杯枝を張り
許された高さまで
一生懸命伸びようとしている
そんな木を
私は友達のように思っている
       星野富弘さんの詩集より


 聖書: ルカによる福音書20:9-19
10収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。 13そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』14農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』 
15そして、息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。

み言より一言 「人生の決算期」

 私たちは神様からの預かり物。一つとして自分で得たものはない。体も命もそうだ。
神様が心を込めて造って下さり、神様の愛のご配慮の中で生きるようにと日々支えていてくださる。しかし、その人生には限りがある。預かったすべてを神様の前に差し出し、お返ししなければならない時が来る。人生の決算期が来る。そのとき神様は私たちにどう生きてきたかを問われる。それは恐ろしいことだ。人は知らなくても自分は知っている自分の汚さがある。またその自分も知らない心の汚さを神様はすべてをご存知である。
とても神様の前に出られる自分ではない。どうしようかと、逃げ場のない恐ろしさを感じる。しかし、聖書をみるとこの主人《どうしようか》と惑い悩んでおられる。ここに神様の愛のお心が示される。このことを忘れてはいけない。
 そして結局愛する息子(イエス様)を送る。
 そのイエス様は、人間のどうしようもない、おろかさと、罪の深さを全部担って十字架に係り、清算をしてくださった。私たちはイエス様が清算して下さったしるしの十字架を身に受けて、おろかさのまま、罪深さのまま神様の前に立とう。イエス様と共にたつあなたを、神様は「私の愛する子」と呼んでくださるでしょう。

by minitayori | 2010-03-18 21:15 | Trackback | Comments(0)

紅梅がイエス様の血のように見えました

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イエス様の十字架の血はあなたの罪を許すための愛の血潮です。感謝!

by minitayori | 2010-03-18 21:08 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ、礼拝に備えて

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今は、イエス様の受難を覚える受難節を過ごしています。神様に向かい合う準備はできていますか。神さまは
イエス様の十字架という備えを準備してくださいました。あなたの心に受け止めてください。

by minitayori | 2010-03-18 21:03 | Trackback | Comments(0)

木蓮も咲き始めました

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白い木蓮は礼拝堂の横に、ここは聖なる場所ですよ、というように咲いていました、
赤い木蓮は、近くの社会事業大学のキャアンパスの中に、若い学生の情熱を示すように咲いていました。

by minitayori | 2010-03-18 20:57 | Trackback | Comments(0)

こぶしの真っ白な花が青空にきれいに浮かんでいた

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こぶしの木は向かいのマンションの敷地にあります。真っ青な空に雪のようでした。

by minitayori | 2010-03-18 20:50 | Trackback | Comments(0)