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ホスピスのハナミズキ




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このハナミズキの花が、どんなに多くの人の心に慰めと力を与えたことだろう。花はなにも気がつかずに、ただ一生懸命咲くだけ。

by minitayori | 2010-04-29 20:48 | Trackback | Comments(0)

5月2日 日曜日の聖書と備え

    2010・5月2日(日)復活後第4主日 ヨハネによる福音書13:31-35
34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを
愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 
35互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」


       み言より 一言 「わたしが愛したように」
    
       マザーテレサの語録より
    日本には、神に飢えた人がたくさんいます。
 生活に祈りを持つようにしてください。
 祈れば、心が澄み、心が澄めば、神が見えてきます。
 神が見えれば神の愛が働いて、ことばでなく行動で愛をあらわしたくなります。
 祈りは、愛を深くし、愛が奉仕を生みます。
 日本の人も祈って下さい。
 生活に祈りを持てば、貧しい人びとを知るようになります。
 貧しい人を知れば、彼らを愛するようになり、助け、愛と平和の喜びをあたえます。

 愛を実践した人、マザーテレサ。キリストの弟子として「わたしがあなた方を愛したように互いに愛し合いなさい。」と教えられたイエス様の教えを実践した人です。愛の業は特別な業ではありません。神様が愛されるものを愛することです。 
 昔ザビエルが、聖書の愛という言葉(アガペー)を人々に伝えようとしたがどうしても愛という言葉では伝わらなくて、悩み、神様はあなた方を愛しておられる、というのを。「神様はあなた方をご大切にしてくださる」と訳してやっと分かってもらったという話を聞いたことがある。愛するということは相手を思い、祈り、大切にすること。そこには行動が伴います。まずは、神様との間に立っての取りなしの祈りから始めましょう。隣人、友人、家族がどんなに大切かを、神様に取りなすのです。そして生まれてくる業が本当の愛の奉仕になるのです。
 イエス様はあなたを大切に思っておられます。今も、これからもずーっと。そのためにご自分を犠牲にしてまで、神様にあなたが大切だととりなしてくださったのです。あなたは神様の大切な宝物です。忘れないように。

by minitayori | 2010-04-29 20:43 | Trackback | Comments(0)

ハナミズキは紅白の花だった

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ホスピス病院、真実の健康を神様に祈りつつ過ごすところ。イエス様にある希望の日々か。

by minitayori | 2010-04-29 20:32 | Trackback | Comments(0)

病院の庭にあるハナミズキ

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病院中庭にあるハナミズキの大木。
私の知人もこの花を見つめながら日々を過ごしたのだろうか。

by minitayori | 2010-04-29 20:25 | Trackback | Comments(0)

4月25日の聖書

   2010・4月25日(日)復活後第3主日 ヨハネによる福音書10:22-30 
 26しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。 
27わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 28わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。

                 e0191585_21484140.jpg聖書より一言
 背中
自分の顔が いつも見えていたら 悪いことなんか できないだろう
自分の背中が いつも見えていたら 柁しくて涙が出て しまうだろう
あなたは私の顔を いつも見ている 私の背中を いつも見ている
                星野富広さんの詩集より

 羊という言葉を聴くと従順なやさしい動物を考えるが、どうも違うようだ。自分では何もできないくせにわがままで、自分勝手。扱いにくい動物であると聞いた。しかし、このような動物を神はイスラエル、いや私たちと考えて、「私はよい羊飼いである。よい羊飼いは羊のために命を捨てる。」とおっしゃってくださった。事実、神様は御子をこの世におつかわしになり、十字架にかけてくださった。私たちを罪の中から救い出してくれるためだった。
 この話をすると私はいつも亡き母を思い出す。小学校のころ私はいたずらっ子だった。愛情不足でいつもいらいらしていたのかもしれない。というのは、7人兄弟で私は真ん中、すぐ下の弟が生まれてすぐ大病で耳が不自由になった。両親の愛はこの障害を持った弟に注がれた。私は両親の悲しみを理解せず、弟だけに心を注ぐ両親の心を自分のほうに向けたかった。いたずらしたり、乱暴したり、その結果、父にしかられ、時には押入れの中に放り込まれた。暗がりの中で泣き叫ぶ私のために、母と姉が父に謝りとりなしてくれた。そのときだけ母が私の母になってくれたように思った。今、聖書のみ言から羊を考えるとかつての私のような気がする。謝るのは母と姉ならぬ、イエス様。イエス様の十字架を、私は身近に覚える。私の罪の代償。私はイエス様の羊として、イエス様のみ声に聞きしたがって生きたい。

by minitayori | 2010-04-22 21:49 | Trackback | Comments(0)

ケアハウスの入り口、春爛漫です

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ケアハウスにいる人々は、花に慰められ、花の蜜を吸いに来る小鳥に歓声を上げています。そのような気持ちを感じたのか、毎朝、食事時に来てくれる小鳥がいる。

by minitayori | 2010-04-22 21:44 | Trackback | Comments(0)

八重桜の拡大写真

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青空を背景に写すと特にきれいに映ります。花の美しさは精いっぱい咲いているところにあるのでしょうか。

by minitayori | 2010-04-22 21:38 | Trackback | Comments(0)