5月30日(日曜)の聖書と一言

2010・5月30日(日)三位一体主日 ヨハネによる福音書16:12-15
13しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。

    み言より一言「真理を悟りなさい」
ほんとうのことなら多くの言葉はいらない。
野の草が風にゆれるように小さなしぐさにも輝きがある。
                 星野富広さんの詩集より

 神様が人間を作られたとき、土のちりでご自分にかたどって人を造られたと聖書には記されている。ご自分にかたどって造られた人間に、神様は神様の息をその鼻から吹き入れられた。そうすると人は生きるものとなった、と。
 人間の存在は、土のちりと神の息(霊)によってできている。旧約の人々は人間の一生を見ていて、人間が神の前で生きてこそ本当の生き方ができるものだと言うことを示そうとしている。創造について、具体的に人間の死の状況を思い起こしてみよう。今まで話していた人が、息をしなくなって死ぬ。肉体は土にかえるが、息はどこに行くのだろう。
この逆のことが創造の物語に記される。人間は神から息をいただいてはじめて、神様の御心を知り、真実に生きているものになる。聖書の訴える声を聞きたい。「人間の魂は、造り主の胸に憩うまでは、真実の平安を得ることはできない。」中世の信仰の父といわれる人の告白が胸に響く。誰もが神の息、つまり、神様の心を知って、そのお心にしたがって生きることができたら、きっと世界に平和が来るだろうにと思う。神の息はイエス様によって見える形でこの世界に来た。神様の御心を示した。それは、互いに愛し合いなさいという、誰もが求めてやまない真理だ。イエス様の教えに従って愛の満ちる世界が実現して欲しいと願う。あなたの心の中の空白のところに、イエス様をお迎えしませんか。新しい人生が始まります。

by minitayori | 2010-05-27 22:07 | Trackback | Comments(0)

プリンセス・オブ・ウェールズ

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故ダイアナ元妃の10年以上にわたる英国肺病基金に対する活動を覚えてつけられた名前だそうです。

by minitayori | 2010-05-27 21:54 | Trackback | Comments(0)

見事なクレマチス

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近くの友人が持ってきてくれたクレマチス(テッセン)。この見事な紫の色が好きだ。しかしこの見事な紫は、私のカメラでは表現できませんでした。でも見ていただきたいと思い載せました。食堂に置き、皆さんに楽しんでもらいました。

by minitayori | 2010-05-27 21:42 | Trackback | Comments(0)

ジャコウの花

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ジャコウの鉢植えが庭にありました。名前からすると良い香りがするのでしょうね。まだ満開とはいえないので、あまり香りはありませんでした。高価な香料と言うイメージの名前です。マグダラのマリアさんがイエス様に振りかけた香油も、ずいぶん高価な香油だったと聖書の書いてあります。

by minitayori | 2010-05-20 21:43 | Trackback | Comments(0)

日曜日の聖書から一言

2010・5月23日(日)聖霊降誕祭 聖書 : 使徒言行録2:1-21
2:1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
4すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。8どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。
11ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」
 

み言より一言 「神のみ言を聴こう」
      
 最近、池袋のある中華料理のお店に入ったら、同じ顔をしてるが周りがみんな外国人で、自分がどこにいるのかわからないという妙な経験をした。アジアを旅した時も同じ経験をした。
 創世記には、かつて人間は一つの言葉であったが、人間がバベルの塔を作って、天に至ることを望み始めたのを見て、神様が言葉を乱した。人間の高ぶりをいさめるためであったという。なかなか面白い説明だなーと読むたびに、旧約聖書を書いた人の知恵に感心したものである。
 しかし、イエス様によって新しい世界が始まるとき、そのまったく逆のことが起こった。神様のみ心を伝え、それを聞く、一つの言葉が生まれた。それが何語であったのかはわからないが、そこにいた人々が、みな等しく「わたしたちのことばで神の偉大な業が分かった」ことを驚いている。大切なことは神様の偉大な業、言葉が分かった、ということです。
 昔、一人の女性が教会の礼拝に来た。飯田にいた時のことだった。中国系カナダ人で日本語は全くわからない。毎週欠かさず礼拝に来る彼女のために何かしてあげたいと思った。式文、讃美歌をローマ字で書きわたした。説教を翻訳ソフトを買ってきて訳して渡した。でも、説教の翻訳は無理だった。彼女はていちょうに断り、この教会に迎えていただき、讃美歌を聞き、聖餐にあずかれるだけで結構です。先生の顔を見て、神様の何を話しているかを想像できます。神様のみ言、それはイエス様そのものです。 
 彼女は言葉の通じない牧師と出会い、言葉の通じない教会に来た、しかしイエス様に出会い、イエス様から直接、神様のみ心を聞いていたのですね。あなたにもイエス様は語っておられます。心の耳を澄まして聴いてください。神様の愛のお心を!

by minitayori | 2010-05-20 21:34 | Trackback | Comments(0)

部屋の前にみかんの花が咲いていました

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私たちの部屋は2階にありますが、ベランダのすぐ前に夏みかんの木があり、花が咲いていました。
昨年、取ってみましたが、日陰のせいか、とてもすっぱくて食べることができませんでした。

by minitayori | 2010-05-20 21:17 | Trackback | Comments(0)