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ゲッセマネの祈り

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14:32 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、
ここに座っていなさい」と言われた。
14:33 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、
14:34 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」
14:35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、
この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、
14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。
この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、
御心に適うことが行われますように。」

by minitayori | 2012-03-17 21:58 | Trackback | Comments(0)

ユリ

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散歩道に雑木に隠れるように咲いていた。とても可憐な優しい花ですね。
飯田では雪の中で芽を出し咲き始めました。清瀬は寒いですが、春の到来を告げてくれる、
神様からのお使いです。

by minitayori | 2012-03-17 21:54 | Trackback | Comments(0)

創世記聖研手話訳2日26-27

創世記聖研手話訳2日26-27
26.第3に、「隣人との間の調和」がありました。神様は、「人」のために、助け手として、「女=エバ」を造りました。エバはアダムの胸の骨をとって造られた、と記されています。それは、命を守り、愛を育むためであったのです。人と人の間に信頼があり、愛がわきあふれていました。
27.はじめに「二人は裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった」と記されています。二人は、自分の欠けているところも、醜さも、恥としないで、共に生きていくことができました。隠し立てのない、本音の交わりができていたのです。その心に「神様との調和」による平安があったからです。


>26.第3に、「隣人との間の調和」がありました。
* 第三  「隣人(ここでは=女性(エバ) と 調和=(仲良し) 心 あった

>神様は、「人」のために、助け手として、「女=エバ」を造りました。
*神 「人」 のために 彼を助けるため 「女」エバを 造りました。

>エバはアダムの胸の骨をとって造られた、と記されています。
*エバ 女 アダム 男の 胸の 骨を取り 女 造った 書いてある。

>それは、命を守り、愛を育むためであったのです。
*その意味は 命を 守り 愛の 心 大きくするため。

>人と人の間に信頼があり、愛がわきあふれていました。
?人(男) 人(女) 間 信じ 委ねる 心 あり 愛が溢れていた。

27.はじめに「二人は裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった」
と記されています。
*初め 二人 着物を つけていない しかし、恥ずかしい 気持ち ない。

>二人は、自分の欠けているところも、醜さも、恥としないで、
*二人 自分の 足りないところ 見にくいところも 恥ずかしくない

>共に生きていくことができました。隠し立てのない、本音の交わりができていたのです。
*一緒に 生活 する 大丈夫  隠す 必要のない 本音 の交わりが出来た

>その心に「神様との調和」による平安があったからです。
*その理由は 心に「神様との 調和」によって 得られた 平和があったから。

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<手話訳より一言>
聖書を読む読み方にはいろいろありますが、手話に訳す時は、できるだけシンプルに解き明かすようにしています。最初の人間の心に、神様に信頼し、神様に愛さrている喜びと安心があったから、人は自分のすべてが神様の愛によって造られたものとして。大切にすることが出来たのです。毎朝、ほとんどの人が鏡に映る自分の姿、顔を見るでしょう。どう思いますか。なかなか言えませんが、「君は素敵だよ。今日一日君と過ごせて幸せだよ」と言って一日を始め、夜は、「ありがとう。」と自分に言えるようになったら幸せだと思います。自分を見て、自分が嫌な気持ちになったり、悲しくなったら、ましてや他の人から、君にあってよかった、と言ってもらえないのではないでしょうか。あなたはそのままで神様が必要だからそのように作ってくださったのです。あなたにしかできない大切な御用をするために。あなたのそのままが神様の眼には素敵で尊いのです。自分を大切に生きましょう。

by minitayori | 2012-03-17 21:46 | Trackback | Comments(0)

紅梅白梅

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近くの雑木林に咲いている紅梅白梅。昨年と同じ場所に、同じ色で咲いていた。
当たり前のことかもしれないが、不満の多い私には、神様の御心のままに生きる
素晴らしい生き方に思えた。

by minitayori | 2012-03-17 21:33 | Trackback | Comments(0)

やすかれ

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谷    
     河野 進牧師

主イエスさま
谷をさらに下りねばなりませぬか
お返事はきこえませぬ
では もっと下ります
どちらを向いても
もう下りられませぬ
ここならよろしいでしょうか
主はきびしくお答えなさいます。
謙遜には谷底はありませぬ
わたしの十字架に会うまで
下りてきなさい




イエスの十字架と復活は何の代償も求めず、
「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、
また、多くの人の身代金として自分の命をささげるために来た」と言われるのです。
何もできない醜い私たちに仕えるために私があると言われるのです。
十字架の上で[「父よ彼らを許したまえ、彼らは何をしているのかわからないでいる
からです。」ルカ23:34 これはあなたのための祈りです。

by minitayori | 2012-03-07 21:13 | Trackback | Comments(0)

白梅

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大雪が降って、大地に静かにしみこむ恵みの水を受けて
近くの庭に紅梅・白梅が満開になっていた。
ここの庭が、日当たりが良くていつも最初に花を咲かしてくれる。
青空に、得意げに咲く花に、どんなときにも胸を張って生きるようにとの、
励ましの声を聞く思いでした。

by minitayori | 2012-03-07 20:56 | Trackback | Comments(0)

2課2425 創世記聖研手話訳

2課2425 創世記聖研手話訳

>24.エデンの園にいた最初の人アダムには、神との間の「調和」がありました。
*エデン(指文字)場所 いる間 最初の 人 アダム 心 神 間 調和(握手)ある

>人は神のみ声を聞き、み旨を知って、喜んで神様に従っていました。
*人 神 声 喜んで 聞き 神 心 知り 喜んで 神 従い 続けた

>人の日々の歩みは、神様のみ手にあり、その導きにゆだねられていました。
*人の 毎日 生活は 神の 手に 守られ 神 導き の 助けられていた

>その心は平安で満たされていました。
*人 心の中 平安で 満ちていた


>25.第2に、「自分との調和」がありました。
*第二に 「自分の中に 調和(仲良し=一致) あった。

>神様に絶えず、親しく聞き、教えられ、導きを受けることによって、
*神様に いつも 喜んで 聞き 教えを受け 導きを 受けることに よって

>「人」は、自分の創造された本当の目的をはっきりと知ることができました。それ故に、
*人  自分の 作っていただいた ほんとう目的を はっきり 知った。 だから

>「人」は自分の良心に恥じない(心に争いのない)日々を過ごすことができたのです。
*人  自分の 心の深みに 自分を恥じない 争いのない 平和の 日々を 過ごせた。


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「手話訳から一言」
 創世記の手話訳をしていて思うことは、人間の根本的なあり方、心の中の状態を示していると言うことです。旧約の人々は、哲学的でも、神学的でもありませんでした。ただ、神様に対しての深い信仰に立っていたのです。それは素朴な、幼子のような信仰であったと思われます。今日の学びの所を訳していて、乳呑児とお母さんとの関係を思い出しました。幼子を抱くお母さんの喜びに満ちた顔、そしてお母さんの声に耳を傾け、お乳を与えられ、抱かれて安心しきっている姿、それが創造の初めの神様と人との関係であったのです。そしてまた人間にとって一番幸せな時であったのはないでしょうか。創世記はそのような最初の神様と人間との愛に満ちた関係を思い出すように、と念じつつこの書を書いたのではないかと思います。神様は今も同じだよ。あなたを自分の愛する子として見ているよ。一番大切な宝として見ていてくださるよ! あなたはそう思われているのです。この素晴らしいあなたであることを忘れないようにしてください。

by minitayori | 2012-03-07 20:48 | Trackback | Comments(0)

裏庭のメジロ

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昨年からスズメにパンの残り物を小さく切って裏庭にまく人がいた。
スズメやシジュウガラ、最近ではメジロも来る。
このメジロはいつも二羽で仲良く餌をつついている。
何を語り合っているのだろうか。
食堂から見える位置にミカンを置くといつも来て食事をしている。
朝食の時、昼食の時に、みんなを慰めるかのようにやってくる。
神様からの使いかなー。と独り身になった方が呟いていた。
みんなそう思っているのだろう。

by minitayori | 2012-03-07 20:40 | Trackback | Comments(0)