キクモモ

e0191585_14563678.jpg


敷地内に3本のキクモモの木があり、この時期美しい花を見せてくれたが、昨年の
台風で一本折れてしまった。この桃はこの清瀬に来て初めて知った花でした。
いろいろな花が、自分の与えられた色、姿で一生懸命咲いています。
自分もかくありたいですね

by minitayori | 2012-04-26 15:02 | Trackback | Comments(0)

イエス様とトマス

e0191585_1447348.jpg


[20:26 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
20:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
20:28 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
20:29 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネ福音書20:24-29)


 イエス様の十字架と復活とは,初代教会の重要なメッセージでした。イエス様は弟子たちでさえ信じがたい出来事を教会の主要なメッセージとして伝えることを命じられたのです。(ルカ24章47-48) 弟子たちは、復活の後の聖霊降臨によって、聖書とイエス様のみ業を通して示される神様のお心を理解し、人の罪を贖う十字架と復活を命をかけて伝え続けました。(使徒言行録3~4章) 近代科学の時代に住む私たちには、死者の復活は信じがたいことです。しかし、この出来事は神様の私たちへの愛の業なのです。イエス様はトマスに「見ないで信じる人は幸いである」と言われました。信じるとは納得とか理解ではありません。出来事すべてをあなたへの神様の切なる愛のみ業として受け入れることなのです。復活の命の幸があなたにも注がれますように。

by minitayori | 2012-04-26 14:47 | Trackback | Comments(0)

スノーフレーク

e0191585_14272530.jpg


敷地内の片隅に、かわいらしく顔を出していた。探さないと見つからない歩小さい。
すずらんかと思ったが、違うという。名前を聞いた。「スノーフレーク」というそうだ
花は名前のことをとやかくは言うまい。「きれいだね!」とほめてあげるとうれしそう。
わたしの感じですけどね。

by minitayori | 2012-04-26 14:33 | Trackback | Comments(0)

創世記聖賢3課1と2の手話訳

創世記敵対関係
                              創世記3章

1.第1課では、「神の創造」について学びました。この教えは、私たちの生きる事の意味と価値を教えてくれました。また、第2課では、「神との調和」について学びました。ここでは、人間が存在していくうえで、なくてはならない、根本的に必要なものについて学んできました。
2.しかし、この第3課では、このような信仰と告白、つまり、神によって世界の創造がなされ、そこに神との調和があったと言うなら、どうして、今人間の社会に、このような差別があり、悲しみがあり、不幸があるのだろうか。この人生の素朴な疑問に聖書は答えようとしているのです。

<手話訳>敵対関係
         敵対=両手の背を打ちつけて離す
>第1課では、「神の創造」について学びました。
*第1の 勉強では 「神様 天地創造」 に関して 学んだ。

>この教えは、私たちの生きる事の意味と価値を教えてくれました。
*この 場所の 教え 中 私たち 人間 生きる 意味 生きる大切 を学んだ。

>また、第2課では、「神との調和」について学びました。
*また 第2課 の学びは 神様との 調和=仲直り を学んだ

>ここでは、人間が存在していくうえで、なくてはならない、
*この場所 人間 生きて行く 時 本当に 必要なもの

>根本的に必要なものについて学んできました。
*基本的 必要 内容 関して 学んだ

>1しかし、この第3課では、このような信仰と告白、
*しかし  この第3課では この 心の 告白(答え)

>つまり、神によって世界の創造がなされ、そこに神との調和があったと言うなら、
*その意味 神が 世界の 創造 され そこには 神との調和あった、と言う場合

>どうして、今人間の社会に、このような差別があり、悲しみがあり、
*なぜ 今 人間 社会に このように 沢山な 差別や 悲しい出来事があるのか

>不幸があるのだろうか。この人生の素朴な疑問に
*また 不幸が あるのか この 人の生きる時の さまざまな疑問に

>聖書は答えようとしているのです。
*聖書の 教えは 答えていて くれます。
<手話訳に思うこと>

e0191585_14233980.jpg

<一言>
私たちは不幸な出来事に出会うと、その原因を過去に見出そうとします。しかし、すべては神様の御計画の中にあると思う時、神様はこの苦しみ、困難を通して何を教え何を与えて下さろうとしているかを考えます。このように神様の中に答えを見出そうとすることを、信仰心と言うことができるのではないでしょうか。困難や苦しみが多ければ多いほど自分に頼る心は失われ、それだけ神様に頼り、神様のみ旨を素直に聞ける心が生まれます。
アダムは自己中心の思いのゆえに神様から離れ苦難の道へと歩み始めました。イエス様は従順によって、神様と共に生きる道を備えてくださいました。あなたのために!

by minitayori | 2012-04-26 14:25 | Trackback | Comments(0)

白いチューリップ

e0191585_1410241.jpg


主の復活の朝、玄関の庭に白いチューリップが咲いていた。地の中で
球根で命を育み、時が来て花を咲かす。イエス様の死と復活を思い出させてくれる。
あなたのために神様の命を与えるための、主の復活。感謝して受けよう。

by minitayori | 2012-04-26 14:17 | Trackback | Comments(0)

キリエ復活の朝

e0191585_1453752.jpg


復活の朝

天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」
(マタイ28章より)

十字架と復活は神様の愛のみ業です。神様はあなたを罪の世界から救い出すためにイエス様の十字架と復活をあなたにプレゼントしてくださいました。神様の愛を心にいただき、感謝と喜びに満ちた日々を送りましょう。

by minitayori | 2012-04-26 14:09 | Trackback | Comments(0)

ケアハウスの山吹の花

e0191585_13532832.jpg


誰が植えたのか、敷地内のあちこちに、山吹の黄金色の花が咲いている。
「蓑一つなきぞかなしき」つい太田道灌の歌をくちづさむ。
ものなきことの悲しさ、つらさが心に響く。しかしこの花は黄金色、美しく咲いている

by minitayori | 2012-04-26 14:02 | Trackback | Comments(0)

(聖フランシスコの「平和の祈り」より)

(聖フランシスコの「平和の祈り」より)


神よ、わたしを、
あなたの平和を実らせるために、用いてください。
わたしが、憎しみのあるところに、愛をもたらすことができるように、
また、争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。


神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
自分を与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。
e0191585_11365588.jpg

by minitayori | 2012-04-06 11:37 | Trackback | Comments(1)

最後の晩餐

e0191585_22293222.jpg


聖木曜日、イエス様は弟子たちと最後の夜を過ごされ、食事を共にされた。
その食事は、この2000年の間、聖餐式として教会で守られ続けられた。
あなたのために流すわたしの血、あなたのために与えるわたしの体。
あなたのためにイエス様は十字架につけられた。あなたへの愛。

by minitayori | 2012-04-05 22:35 | Trackback | Comments(0)

こぶしの花

e0191585_22235563.jpg


正門の前のこぶしの木は、剪定されて小さくなった。しかし、残された少しの枝で
立派に白い花を咲かせていた。昨年と同じ白い花だった。流行色にも揺るがず
自分の色をさかしつづける白いこぶしの花が、青空に誇らしげに咲いていた。

by minitayori | 2012-04-05 22:28 | Trackback | Comments(0)