今日もまた一日神様のみ手の中で

 丁度一か月前の水曜の夜、夜中に暑いと思って体温計で測ってみたら、39.9度だった。寝ぼけ眼で、何か読み間違いだろうと思ってそのまま寝てしまった。次の日、病院に行ってインフルエンザの検査をしてもらったが、ただの風邪か、疲れから出た突発性発熱(私が付けた名前)でしょうとのこと。知恵熱ですか?と聞いたら、先生が笑いながら「そうかもね」。「老い」の現実と、そう思いたくないと言う負けん気が身体の中で戦っている。でも、現実を受け入れて、今ある自分を感謝して、できることを感謝しつつ精いっぱい生きて行くこと、そう自分に言い聞かせた。その後熱は下がったが、お腹を壊して2週間ほどお粥生活をした。昨日は、隣の病院で大腸の内視鏡の検査をしてもらった。一緒についてくれた看護士さんが熊本の出身で、明日から同窓会で熊本に帰ると言う。そんな話をしているうちに検査が終了した。結果は大丈夫でした。すべてを神様に任せて、今日と言う日を感謝して生きようと改めて思った。病院の帰りに、ふと好きな詩が心に受かんできたので紹介します。河野進先生と言う方の書かれた詩です。素直に心にとめてください。

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「病まなければ」
病まなければ、捧げ得ない祈りがある
 病まなければ信じ得ない奇跡がある
 病まなければ、聴き得ない御言がある
 病まなければ近づき得ない聖所がある
 病まなければ、仰ぎ得ない聖顔がある
 おお病まなければ私は
 人間でさえもあり得なかった。

河野進

by minitayori | 2012-05-19 17:47 | Trackback | Comments(0)

あなたの心の戸をたたくイエス様

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[見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸をあける者があれば、わたしは中に入ってそのものと共に食事し、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」黙示録3章20節 このみ言は私が高校生の時、キャンプで聞き、自分への神様の思いを感じ、信仰に入る決心をした聖書の言葉です。
自分の心の小さな扉だけからイエス様見て疑っていないで、心の大きな扉を全開して、イエス様をお迎えしなさい。そう聞こえました。

by minitayori | 2012-05-19 17:27 | Trackback | Comments(0)

てっせん

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友人から頂いたてっせんの花。昨年は白くなってしまい心配したが、今年は見事にいただいた時の色になって咲いてくれた。あの友、元気でいてくれと、祈る思いで花を見る。

by minitayori | 2012-05-19 17:16 | Trackback | Comments(0)

3課3-4創世記聖研手話訳

3課3-4創世記聖研手話訳

3.聖書の一つ一つの「ことば」や、「物語」を学びますとき、どのような時代の、どのような生活習慣の中で語られたものであるかを、正しく理解できるような努力をする必要があります。さらに、聖書を正しく知るためには、聖書の記述のしかたや、何のために書かれたのかと言う目的なども知る必要があります。
4.聖書には、例え話や童話的なお話も入っています。それを、そのままの事実として受け止めては、聖書を正しく理解したことにはならないのです。話し方やその目的にあった理解の仕方が必要なのです。これは、決して聖書の時代だけの、特殊な書き方ではありませんでした。日本にも同じ様な書き方、表現のしかたがあります。

<手話訳>
>3.聖書の一つ一つの「ことば」や、「物語」を学びますとき、
*聖書の 言葉 お話 学ぶ時

>どのような時代の、どのような生活習慣の中で語られたものであるかを、
*時代 状況 何? 生活 方法 普通 何> 中 語られたか、

>正しく理解できるような努力をする必要があります。
*正しく 理解 する 努力 必要

>さらに、聖書を正しく知るためには、聖書の記述のしかたや、
*その上に 聖書 正しく 理解する ため 聖書の 書き方

>何のために書かれたのかと言う目的なども知る必要があります。
*何 目的 書かれたか など(いろいろ)考える 必要が あります。 

>4.聖書には、例え話や童話的なお話も入っています。
*聖書の 中 例えを 使った話 子供に説明する 同じ 話 ある。

>それを、そのままの事実として受け止めては、
*そのいろいろなお話を 言葉と同じ 全部 真実 理解する

>聖書を正しく理解したことにはならないのです。
*聖書 正しく 理解した 意味 違う。

>話し方やその目的にあった理解の仕方が必要なのです。
*話す 方法 その目的 合う 理解 方法 必要

>これは、決して聖書の時代だけの、特殊な書き方ではありませんでした。
*この考え 聖書の 時代だけ   特別な 書き方 とは 違う

>日本にも同じ様な書き方、表現のしかたがあります。
*日本 同じ 書き方 表現 方法が あります。


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<手話訳から一言>
 聖書は、昔の人々の信仰告白と言えると思います。神様への信仰、神様のお考えを示すために、無学な人や文字の読めない人に、紙のない時代ですから心に残るように、分かりやすく身近な例や、良く知っている出来事やお話を用いて説明しています。神様のみ旨が例えのお話や小さな言葉の中に凝縮して示されていることが多々あります。それらを全部知ることは難しいことですが、これらの事情を心にとめて、お話を通して語りかける神様のみ旨を聞きとるように、私たちも同じ信仰を持って聖書を学んでいきましょう。

by minitayori | 2012-05-19 17:09 | Trackback | Comments(0)

君子蘭

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10数年の思い出がある花。今は亡き親友が、東京から
長野県飯田市までわたしの車で持ってきてくれた花。
飯田で寒さに耐え、熊本で暑さを乗り越えて東京まで来てくれた。元の鉢は
実家に返したが今年もきれいに咲いたとの由。わたしは少し体調を壊してい
たので最盛期を写真に写すことができなかったが、
「友遠方より来る、また楽しからずや。」とこの花を見るといつも口に出る言葉。

by minitayori | 2012-05-19 16:57 | Trackback | Comments(0)