キリエ(洗足)

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今週仕上がったばかりのキリエ「洗足」

イエスは ひざまづき ペトロのあしを
あらいて けんそん おしえました。

       ケアハウスの顧問の先生の作詞作曲 

by minitayori | 2012-08-25 22:39 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ009

キヨセダヨリ009

2012・8月26日(日) マルコによる福音書6:45-52
6:45 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせた。48 ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。 49 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
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「礼拝に備えて」
 次週の日課を見ていて、昔結婚式に出た時のことを思い出した。お祝いの席で新郎の会社の上役の方が祝辞を述べられた。「人生は山あり谷あり、雨の日も嵐の日も、凪の時も大波の押し寄せる時もある。どんな時にも二人で力を合わせれば、乗り越えられる。」という趣旨のお話だった。耳の不自由な方の結婚式で、式文、お話、誓約、披露宴の司会と通訳までした。目の前に運ばれ、持ち去られる御馳走を見ながら、夢中で手話通訳をしていた。でも、この話はそのような中でもよく覚えている。先日このご夫妻から手紙が来た。孫が二人もでき、家族みんなで幸せに暮らしている、と言うことだった。緊張と長時間の手話通訳をよく一人で乗り切ったものだと、今思い出すと、若かったなー!と懐かしく、自分で感心してしまう。
 何よりもうれしかったことは、彼らが、今でもイエス様と結びついていてくれたことだった。
 弟子たちはイエス様に送り出されて、湖の真中にこぎ出した。嵐が吹き、船が沈みそうになった。イエス様はその嵐の中、弟子たちに近寄り、船に乗り、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われ、嵐を沈められた。この経験は、これからの弟子たちの苦難の日々の中で繰り返し思い出されたことだろう。
 人生は山あり、谷あり、晴れあり、嵐あり。そのような中で、イエス様はいつも近くにいてくださり、「安心しなさい。私が共にいる。恐れることはない」と約束してくださる。この約束を信じて、どのような時にも、平安でいたい。そして、この弟子たちへのお言葉は、今のあなたに語り続けられていることを、ぜひ覚えて欲しい。


「断想」
・酷暑の日々が続いている。身体がだるくて、外に出る勇気も出ない。だが、一日だらだらとして居られる今の自分を、情けなく思いつつも感謝している。
・この数日、何度もカメラを持って近くに散歩に行くが、見頃な花は見つからない。清瀬の駅まで行って花屋さんの店先に並んだ花を見て帰ってきた。「みんなきれい。」しかし、みな一本一本違うが、誰かの所に引き取られることを願って、一生懸命咲いている。
・花のない庭を散策しながら、この暑さに疲れた緑の地の中に、いつか美しい花を咲かそうと、明日を夢見て待っている命があると思うと、楽しみにわくわくする。
・秋の庭は美しいだろうな!と想像するだけでも楽しくなる。今日も抜けるような青空に、真っ白い雲が悠然と浮かんでいた。地上の何を見ているのだろうか。さまざまな形に変わる雲を見ていると、「今日を大切に生きよ!」と語りかけられているように思った。

by minitayori | 2012-08-25 22:29 | Trackback | Comments(0)

朝顔

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病院の庭の空高くに朝顔の花を見つけた。一階の屋根ほどのところに咲いていた。
花はあるよ!と教えてくれた。

by minitayori | 2012-08-25 22:26 | Trackback | Comments(0)

名を知らぬ花

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敷地の片隅に、気をつけてみないとわからないようなところに紫のきれいなはがあった。
よく見たら、立派な花をつけていた。
[野に咲く花は、誰も見ていなくても きれいに咲くのでしょう。
 明日は明日のこと。今日という日を大切に。
 おかれた場所で、きれいに咲きましょう。」

by minitayori | 2012-08-18 21:50 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ008

2012・8月19日(日)聖霊降臨後第12主日 
マルコによる福音書6:30-44

聖書 : マルコによる福音書6:30-44
6: 32 そこで、一同は舟に乗って、自分たちだけで人里離れた所へ行った。 33 ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見て、それと気づき、すべての町からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。 34 イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、いろいろと教え始められた。 35 そのうち、時もだいぶたったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。 36 人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」 37 これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。弟子たちは、「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と言った。
41 イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆に分配された。 42 すべての人が食べて満腹した。 43 そして、パンの屑と魚の残りを集めると、十二の籠にいっぱいになった。 44 パンを食べた人は男が五千人であった。

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「礼拝に備えて」
 次週の日課には、イエス様と弟子たち、そしてその間に群衆がいる。イエス様と弟子たちがこの群衆をどのようにみているかに心を止めたい。
イエス様は今まで食する暇もないほどに、多くの人々に愛を注がれた。この弟子たちもイエス様に従って一生懸命働いたことだろう。イエス様は舟に乗って向こう岸にわたり、弟子たちに人里離れて静かな時を持つように言われた。しかし、船が着いたところには、彼らより先に来た群衆たちが待っていた。しかも、彼らはお腹をすかせて疲れ切っていた。
 弟子たちは、彼らを疎ましく思い、解散させようとし、イエス様は彼らを見て「深く憐れまれた」。この言葉は単に涙する、同情するとは違う。彼らのために内臓がひっくり返るように痛むと言う意味がある。弟子たちは5000人もいる人にとても十分な食べ物をあげることができないとあきらめていた。しかし、イエス様は彼らに心の底からの愛を注いだ。
 教会に来る人はどうだろう。一言の慰め、あなたを大切に思ってますよ、と心に思いつつ与える笑顔、そういうものを求めているのではないだろうか。牧師の笑顔、会員の笑顔の挨拶、それが互いの心を慰め、励ましているのではないだろうか。勿論、牧師の語られる福音のメッセージに満たされた人々の笑顔、愛の心。
二匹の魚とパン5つ。私のできることは小さなこと、それを神様が祝福して用いてくださる。
 「あなたは神様が造られた、たった一人の大切な人なんですよ。」そのような思いに溢れた交わりが教会に喜びをあふれさせるのではないでしょうか。
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「断想」
・一雨ごとに涼しくなるというのが、普通なら今の時期だが、一雨降って、また暑くなる、
 このような状況を繰り返している。
・冷房のあまり好きでないわたしには厳しい夏です。カメラを持って、散策に行きたいのだ
 が、どこを歩いても花の姿が見えない。庭の鉢植えか、花屋さんの店先の花ぐらい。
・店先の色とりどりの花を見ていても、日本の花が少ないように思う。名前もカタカナでなかなか覚えることが出来ない。
・でも、この時期、青い空に浮かぶ雲に見とれてしまう。いろいろに形を変え、夕日に映えて美しい。上を向いて歩きたいが、わたしの目にはよくない。でも何枚か写しています。
・暑さの中で、栗がたくさん落ちていた。実はまだ入っていないが新しい命の備えであろう。今はしぼんでいる花でも、一雨降れば新しい芽を吹く。神様の命の不思議。
・あなたの今日という日にも、神様の恵みが注がれれば、きっと喜びの芽が吹くでしょう。
イエス様の憐れみの中で、今日一日が過ごせますように。あなたは神様の大切な人だから。

by minitayori | 2012-08-18 21:30 | Trackback | Comments(0)

夏の空

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ケアハウスの林の中から写した夏の空。青い空に浮かぶ白い雲。美しいが暑かった。

by minitayori | 2012-08-18 21:27 | Trackback | Comments(0)

3課20-21創世記聖研手話訳

3課20-21創世記聖研手話訳
20.では、この人間の「罪」の結果、何が起こったのでしょうか。まず第1に始まった事は、「自己との不調和」でした。神様から心が離れた人間が、最初に経験した事は、「自分の姿を恥じる」と言う事でした。人は、自分が裸である事を恥じ、木の葉で身を隠したのです。
21.神様の守りの中に居る時、人は自分の裸である事を恥とは考えていませんでした。
神様の前にも、人の前にも裸である事を恥とは考えていませんでした。自分の存在のすべてを、神様の創造の賜物として、喜んで受ける事ができたからです。自分の欠点を恥かしく思うのは、神様の創造物としての自分に自信が持てないからなのです。


<手話訳>
>20.では、この人間の「罪」の結果、何が起こったのでしょうか。
*  その時 この 人間 罪 行う 結果 何 始まった か?

>まず第1に始まった事は、「自己との不調和」でした。
*第一 始まった 状態 「自分 中 仲たがい」 でした。

>神様から心が離れた人間が、最初に経験した事は、
*神様 から 心 離れた 人間 聖書の 経験は

>「自分の姿を恥じる」と言う事でした。
*自分自身 姿を 恥ずかしい と思う ことだった。

>人は、自分が裸である事を恥じ、木の葉で身を隠したのです。
*人間 自分 何も着るものない 状態 恥ずかしい 思い 木の葉を 腰に巻いた


>21.神様の守りの中に居る時、
* 神様 守りの 中 生活 時

>人は自分の裸である事を恥とは考えていませんでした。
*人 自分 何も来ていない 姿 恥ずかしい 思い ない。

>神様の前にも、人の前にも裸である事を恥とは考えていませんでした。
*神様に 会う 人に 会う時 着るものない 恥ずかしい 考えない

>自分の存在のすべてを、神様の創造の賜物として、
*自分の 全て  神様が 造り 与えてくれた 恵み

>喜んで受ける事ができたからです。自分の欠点を恥かしく思うのは、
*喜んで 受け 感謝 あった。  自分 欠点 恥ずかしい 思う 理由

>神様の創造物としての自分に自信が持てないからなのです。
*神様 造られた 自分に これで 大丈夫 という 気持ち 無くなった から
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<手話訳から>
 前回お休みしてしまいましたが、この学びの終わりまで手話訳を続けます。
聖書はその原因を、神様に背き、神様の恵みと愛を感謝できなくなった人間に原因があると言います。「恥」と言う字は、耳+心 心の中で耳をおきくして人のうわさを気にする。人と比べて生きる、そんな人間の弱さは、神様への絶対的な信頼を亡くした時に始まりました。「世界でただ一つの花」と言う歌がよく歌われました。花屋の店先に沢山並んだきれいな花。でも、あなたはその花のどれよりも美しい、神様の大切な花。唯一の花なのです。

by minitayori | 2012-08-18 21:21 | Trackback | Comments(0)

ホタルブクロ

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夕顔の下に、このホタルフクロが咲いていた。誰も気付かなかった。みなが夕顔に美しさに感動しているのに、見る人がいなくても咲く小さな花に、すがすがしさを感じた。褒められるためでなく、自分の生きているあかしだから、という声が聞こえた。

by minitayori | 2012-08-11 22:17 | Trackback | Comments(0)

ミニタヨリ007

2012・8月12日(日)聖霊降臨後第11主日 マルコによる福音書6:6bー13

6 それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。 7 そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、 8 旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、 9 ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。

「礼拝に備えて」
 イエス様は弟子たちを宣教の業に派遣するにあたって、二人づつ組にして遣わされ、汚れた霊に対する権能を授け、杖のほか何も持たないで出て行くように命じられた。
このみ言の意味は何でしょう。神の働きに必要なものは全て神様が備えてくださる。ただ「日ごとの糧(=必要)を、今日も与えてください。」との祈りだけで十分だと言われる。
 わたしは牧師への道を歩み出す時、布団を送り、柳ごおりに着替えを詰めて、担いで家を出た。初めての故郷を離れる旅だった。今思っても冷や汗が出るほど怖かった。列車に一人で乗るのも初めてだった。最初の学びの地、静岡の聖書学院の寮に落ち着いて、入学の礼拝に出て部屋に帰って見ると、部屋は荒らされ、母からもらったわずかな、しかしわたしにとっては大金を袋ごと奪われた。空き巣に入られたのだ。
皿洗いやスリッパ作りで学費と生活費を稼いでの毎日だった。心細かったが、神様の御用に立つのだと言う必死の願いと、必ず共にいてくださり、助けをくださるという信仰をこの時期に強められた。その後の行く先々に、神様は助けの友を用意していてくださった。
イエス様は「杖一本の他は」と言われた。このみ言の中に大きなイエス様の愛を感じた。
聖書学院の卒業の時に、詩編の暗記を命じられた。わたしは詩編の23編を暗記して、教師の前で一人、暗記の朗読をした。「汝の杖、我を慰む」と記されている。神様が遣わして下さる杖とは、イエス様ご自身の事。苦しければ苦しいほど、さみしければさみしいほど共にいてくださるイエス様を感じることができ、勇気を与えられた。
 イエス様はあなたにも同じ約束をしていてくださる。安心して、勇気を持って神様が用意してくださる道を歩み、苦しみにあっても共にいてくださるイエス様を強く感じて、喜びの日々を過ごしていただきたい。祝福を祈りつつ!


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「断想」
・暑い日が続きます。外に出るの嫌になってしまうくらいだ。しかし、この暑さの中、日曜日には、わたしよりご高齢の方が清瀬よりもっと遠いところから、汗をふきふき礼拝に出席しておられる。
・東京では、電車に乗る距離は意外と長く、時間がかかる。乗り換えも大変だ。そのことを思うと、礼拝に参加される方の信仰熱心に頭が下がる。
・熊本でもそうだった。もっと暑い中、礼拝に参加される方々。やっとたどり着いたというように、玄関ホールに用意された冷たいお茶を笑顔で飲みながら、談笑していた。前を通ると、先生座って、と自分の横の席を指さされた方。礼拝前の忙しさの中ではあったが、一呼吸して、横にすわりその労をねぎらうことが出来たら、どんなに慰めになったことだろうと、今になって後悔している。
・「後悔」とは悲しい字。後になって悔いると書く。振り返ってみると後悔ばかりだ。一人一人に十分に声かけられなくてごめんなさい。配慮が足りなくてごめんなさい。清瀬から、これまでの任地の教会の方々の顔を思い出しながら後悔の思いが湧き出てくる。
・今まで出会ったあなたは、神様が遣わして下さった大切な人。病床にいるあなたのために、悩むあなたのために、祈っています。神様の祝福がありますように。

by minitayori | 2012-08-11 22:10 | Trackback | Comments(0)

オカトラノオ

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二つの施設の間に小さな庭がある。そこにはアガパンサス後、写真の花が咲く。調べてみたらオカトラノオという名の花が近いように思った。花の名前を見つけることは本当に難しい。、でも、花は花、とてもきれいです。

by minitayori | 2012-08-11 22:05 | Trackback | Comments(0)