フレンチィマリーゴールド

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ケアハウスの庭の片隅に、どなたかが植えたのでしょうか、きれいな色の花が見つかりました。図鑑で一生懸命調べました。フレンティマリーゴールドというのだそうです。日本の花ではないのでしょう。でもこの花の少ないときに、外国から来た花が、私たちの目を楽しませてくれる。たがいに支えられる、それが大事だよと語られているみたいでした。

by minitayori | 2012-09-29 21:57 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ013

2012・9月30日(日) 聖書 : マルコによる福音書9:30-37
9:33一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。 34 彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。 35 イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」 
36そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。 37 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

「礼拝に備えて」
 イエス様が十字架にかかられる決心をされ、エルサレムに登られる途中、同行していた弟子たちは、天国で誰が一番偉くなるかと、論争していた。イエス様のお心を考えると、涙が出る思いです。
 私は今この2週間余り、キリエの製作に時間を費やしている。その題材は洗足のイエス様のお姿と洗われる弟子の姿、それをいかに顔の表情で表すかに苦慮している。一度切ったら、やり直しがきかないキリエ。まさに主よ憐れんで下さい、と祈り、あなたのみ顔を見せてくださいと祈りながら作成している。
 イエス様は言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」 その後で幼子を彼らの真ん中に置いて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」弱さを受け入れる勇気を持つ者となることではないだろうか。
能力、健康、富、などなど私たちの周りには、私たちを押しつぶしてしまい、力のない者のように思わせる出来事が起きている。
弱さから逃げないで、一番最後になることを恐れないで、イエス様に仕える者、それがイエス様に従うものの真の姿であると言われる。
 自分の弱さを隠さないで、弱さを持つあなたが神様のお心の中では中心に置かれていることを覚えて欲しい。弱さは神様のご栄光を表す大切な宝物。
病気でも無力でも(あなたがたとえそう思っていても)、あなたは神様の大切な宝、感謝して受け取るなら、きっと神様の恵みの実を実らせることが出来るでしょう。


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「断想」
・先週の日曜日は、私の最初の伝道の地、沼津で礼拝を守る機会を与えられた。この教会は、長い歴史を持つが、なかなか新しい人が来ない、という地方共通の苦しみを担っている教会である。
・50余年前の、教会の盛んな頃に教会員となられた方々が、今一生懸命教会を守っている。そして、引退をされた牧師が、嘱託という形で教会を支えている。ご病気をおしてご奉仕をされている。
・この日は、その先生にはお休みいただいて礼拝全体の責任を持った。式文や讃美歌を歌うのに声が出ない。説教の最中に持病の咳が出る。みなさんには聞き苦しかったろうと申し訳ない思いだった。
・新幹線の中で、もしかしたら富士山が見えるかもしれない、写真を写そうというけしからん願いを持っていたが、あいにく、この土日だけ雨が降っていた。月曜日には晴れあがったが。
・土曜朝から一応雨を承知していたので、身体を休め、礼拝に集中して参加することが出来た。結果については、自分では不満足だが、一生県命させていただいたことでお許し願いたい。
・―私が出来ることは、小さな事。しかし、感謝してできたら、それは大きなこと。―(星野富広さんの詩)とにかく終わりまで務められたことを感謝したい。
・しかし、帰ってきて次の日は元気、二日後から疲れが出て、これは高齢者の特徴だと言われてしまった。何よりも、私よりかなりお年を召しておられる先生が、この教会を守っておられることを、感謝しつつ、申し訳ないと思った。

by minitayori | 2012-09-29 21:50 | Trackback | Comments(0)

セフィランサス

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夕涼みがてら、カメラを持って散歩に出た。大きな花は芙蓉ぐらいしかないが、生け垣の下、ざっ苑の陰にある花に目を注ぎながら歩いた。意外と小さな花が咲いている。この花はその中でもひときわ目立った。花図鑑で調べたが、ただしいかどうか。間違っていたら教えてください。

by minitayori | 2012-09-29 21:44 | Trackback | Comments(0)

3課2627創世記聖研手話訳

3課2627創世記聖研手話訳

26.次に、「自然との不調は」がはじまりました。神様は、人間に神様がお造りになった自然を助け、守るようにと言う働きを与えられました。しかし、人は自分の欲望に従って、神様が取ってはならないと禁じられた「木の実」を取ってしまいました。
神様からの離反は、自然の美しさを守る心を失わせてしまいました。自然は、人間の身勝手な欲望の下に破壊されてしましました。
27.どうしてでしょうか。神様からの離反した人間は、自然に対する自分の使命が分からなくなってしまいました。自然を守るために仕える事ではなく、自分のために、自然を仕えさせようとしました。世界の調和の破壊は、神様への服従を忘れた、人間の自己中心という「罪」に、その根源があると聖書は教えているのです。

<手話訳>
>26.次に、「自然との不調は」がはじまりました。
* 4番目 神様 造られた 世界 間 戦い 始まった。

>神様は、人間に神様がお造りになった自然を助け、
*神   人  神様 造った    世界 助け

>守るようにと言う働きを与えられました。
*守る      働き 与えた。

>しかし、人は自分の欲望に従って、神様が取ってはならないと禁じられた
*しかし、人 自分の 思い 同じに 神様 取る だめ 命令

>「木の実」を取ってしまいました。
*木の実  取って 食べた。

>神様からの離反は、自然の美しさを守る心を失わせてしまいました。
*神様  背き   自然の 美しさ 守る 心 無くした
(注)自然=神様の造られた 山や川など =世界

>自然は、人間の身勝手な欲望の下に破壊されてしましました。
*自然  人間 自分勝手 考え よって 破壊 変わった

>27.どうしてでしょうか。神様からの離反した人間は、
*  なぜ『理由 何』 か 神 から 背き 離れた 人間

>自然に対する自分の使命が分からなくなってしまいました。
*自然 守る 自分の 責任 忘れた

>自然を守るために仕える事ではなく、自分のために、
*自然を 守る ため 助ける ため 違う、 自分の ため

>自然を仕えさせようとしました。世界の調和の破壊は、
*自然 勝手に 使ってしまった 世界の 調和 壊す

>神様への服従を忘れた、人間の自己中心という「罪」に、
*神様 対する 従う 忘れた 人間 自己中心 罪の心に

>その根源があると聖書は教えているのです。
*破壊 根源 ある 聖書 教えている。


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「手話訳より一言」
 神様を恐れ、自分を恥じ、他人に責任を転嫁する、人間の汚い心がどこから来るのだろうか。誰もが美しく生きたい。楽しく平和に生きたいと願っているのに、自己卑下や隣人とのいさかい、国と国との争いが生まれます。その根源は、人気の利己心、そしてそれは神様に従う心を見失った人間のつくる、勝手な基準から生まれるのではないか。神様に従い神様のお心を基準に生きるなら、「神様のお心は、愛と赦し」この基準で生きるなら、自分も隣人も、この世界ももっと平和に生きれるのではないか。自然を愛し、大切んにするなら、私たちの住む世界ももっと豊かに、平和に満ちた世界になるのではないか。
 人間の欲望のために、自然を無理やりに開拓して、食物を作り、その結果自然の体系が崩れ、不規則な自然現象が生まれます。山や川の破壊が、洪水を起こしたりしています。
今からでも遅くはない。神様との最初の人間がエデンの園に暮らせたように、神と共に、御心に従った、新しい世界を作っていきたいですね。
 旧約の聖書を書いた人々は、自戒を込めてこの聖書を書いているのです。そしてそれは現代に生きる私たち一人一人の反省であり、自戒でなければならないと思うのです。

by minitayori | 2012-09-29 21:36 | Trackback | Comments(0)

小さな花でした

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雑草の中に、小さな花が咲いていた。少しの雨で潤い、一生懸命咲いていた。健気さがかわいくて写真に写した。「おかれた場所で、精いっぱい咲きなさい」。神様のお心に忠実な花。神様のお声が聞こえてくるようでした。[よくやった、小さな花よ!」 優しい声だった。

by minitayori | 2012-09-21 11:39 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ012

 キヨセタヨリ012
2012・9月23日(日)聖霊降臨後第17主日 
聖書 : マルコによる福音書8:27-38

31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。
32 しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。
33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」
34 それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
35 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。
36 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。
37 自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。


礼拝に備えて」
 マルコはイエス様が神の子、救い主であることを、冒頭で明確にして、この福音書を書き始めた。多くの奇跡と教えをされた。自分の職場である湖畔から招かれた、ペトロや他の弟子たちは、イエス様の日々の言葉と行いに感動し、イエス様がメシアであることを確信してゆく。
一方パリサイ人たち、ユダヤの指導者たちはイエス様に対する反発を強め、やがてイエス様を十字架にかけようと計画し始めた。
今、イエス様は弟子たちを、本当のイエス様の御心を受け継ぐことのできる弟子に育てようとされる。イエス様は尋ねられた。「人々は私の事を何と言っているか」、「あなた方は、私の事をどう思っているか」。
この問いにペトロは「あなたこそメシアです」と答えた。しかし、ペトロの答えは彼自身の期待と願望から出ていた。イエス様は正しいメシア、神が遣わされたメシアは、「人々の罪の身代わりに、苦しみを受け、十字架につけられて死に、三日目に復活する」と言われた。弟子たちは復活の意味が分からない。ただイエス様が苦しみを受け、十字架にかかられる、と言う、力ない方であることに我慢ならなかった。ペトロは「イエス様を脇に引き寄せ、いさめた」。この行為に対してイエス様はペトロを叱りつけた、とある。ペトロの行為が、神の事を思わないで、自分の期待から出たことを見抜かれたから。
イエス様は弟子たちに、「わたしに従ってきたいと思うものは、自分の十字架を担って従え。」と言われた。イエス様の十字架は神の御意志。私たちの十字架は、私に与えられている神の御意志。置かれた場所で、生かされている場所で、世の光、地の塩として、今のままで精いっぱい生きること。
花を写しているといつも思う。派手に人目に付き、ほめられる綺麗な花、また雑草の中で咲く小さな花。どちらがきれいか、私はどちらもきれいだと思う。どの花も、神様に守られていることを喜んで身体一杯で表現している。小さな花でいい。人に見られなくてもいい。自分らしく精いっぱい生きていたい。そのようなあなたであるこ
とを神様は願っています。


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「断想012」
・招かれて、次の日曜日は沼津の教会でお話をしてくる。50余年前に伝道師として働いた、いわば私の出発点。昨年はその時一緒に聖書の学びをし、洗礼に至った方々が洗礼50周年を記念して礼拝をしたいとお招きをいただき、懐かしいひと時を過ごさせていただいた。
・今回はそれから一年目なので、もう一度来ないか、と牧師からのお話で、喜んで参加することにした。今回はその先生にお休みしていただき、自分で全責任を持つ。式文が歌えるか、説教に声が出るか、いささか心配。
・でも昨日、小石川教会で2時間半の手話の講習会をしてきた。久しぶりの長話だったが責任を果たせた。これで少し自信がついた。
・教会の人々がイエス様に出会えるように、心をこめて話してきたい。
・雨で少し涼しくなった。草木も潤いを取り戻した。しかし、気候の
変わり目、お体に気をつけて!神様の祝福を祈ります。

by minitayori | 2012-09-21 11:32 | Trackback | Comments(0)

萩(秋の七草)

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歩道に、秋の七草のひとつ[萩」の花が咲いていた。これからいろいろ咲いてくるのでしょうか。薄・なでしこくず・尾花・おみなえし・ふじばかま・桔梗。万葉集では桔梗の代わりに、木の朝顔を入れるとか。日本の自然の豊かさが感じられます。

by minitayori | 2012-09-21 11:26 | Trackback | Comments(0)

調査中

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 近くの家の前の植え込みに珍しい花が咲いっていた。昨年も同じところに咲いていた。初めてではないが一年その名を探すことをしていなかった。友人にいただいた花の本にはない。本屋に行って探して来よう。
神様のお守りがありますように。

by minitayori | 2012-09-15 20:47 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ011

キヨセタヨリ011
2012・9月16日(日)聖霊降臨後第16主日 
聖書 : マルコによる福音書7:31-37
7:31 それからまた、イエスはティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた。 32 人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った。 33 そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。 34 そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。 35 すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった。 36 そして、すっかり驚いて言った。「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる。」

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「礼拝に備えて」
“心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」 そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。 そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。”
ここには旧約の日課、イザヤ書に示される救い主到来の時の様子が示されている。救い主が来られるときには、律法の外に置かれ、神様の救いの外に置かれていると考えられていた人々が、癒され、神様の救いの恵みの中で、神を賛美できるようすを示している。
わたしはこのみ言を、実現された方を知っている。マタイ11章の初めに、洗礼者ヨハネの弟子たちに答えられたイエス様のお言葉が、このイザヤ書の実現を示していた。イエス様がいらっしゃる所に、いつも社会の中でなおざりにされている人が、中心に置かれ、神を喜び賛美している。
教会は復活の主のいますところ、と私たちは信じている。私たちの心の中にもその救い主イエス様が来てくださっていると信じている。もしそう信じているならば、「わたしの周りを御覧なさい。イエス様に愛され、罪許され、神の子として受け入れられて喜んでいる人々が、感謝しつつ賛美をしている状況を。」このように証できるのではないだろうか。
 教会の前に来て、そびえたつ教会を見て、祈りたいと願いながら、目の前の階段を上ってゆくことのできない人がいる。車いすの人がいる。目の不自由な人がいて、教会の入り口が分からないでいるかもしれない。礼拝に出席しても、お話が分からない、聞こえない人(ろう者・高齢者)がいる。教会の牧師、信徒はそのような人のいることを、せめて、痛みつつ覚えて欲しい。
 一番悲しんでいらっしゃるのは、その独り子を下さったほどに、この世(すべての人々)を愛していてくださる神様なのだから。神様のお心がイエス様の愛の中で実行できる教会、いや私たちでありたい。
 そしてあなたに。『あなたも招かれている。』イエス様の愛の満ちているところにいなさい。イエス様はあなたを探し出して、その両の腕に抱き、失った羊を探す羊飼いのように、あなたを探し、迎えてくださる。あなたが神様を父と呼ぶ日を神様は待っており、その心を喜んでくださるから。


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「断想」
・先週の日曜日、ケアハウスで敬老祭が行われた。お祝いの花束が贈られたのは、ケアハウスと、隣の特別養護老人ホームを合わせて90歳以上の方が25人、100歳以上の方が7人いたとの由。長寿の国日本を実感した一日だった。老いてなお笑顔であってほしいと思った。イエス様に在って。
・暑さは相変わらずだが、朝夕は涼しくなった。秋の気配がする。こおろぎや鈴虫の鳴き声も、セミの鳴き声も秋の間近いことを告げ知らせている。小さな蝶が少ない花の間を飛び回っている。のどかな光景です。
・この気候の変化は、意外と体調を崩しやすいと聞いた。みなさん元気に乗り切ってほしい。病の床にいる人や、高齢になって独り暮らしをしている人のために、特に祈りたい。
・あなたは一人ではない。弟子たちに、「見よ、わたしは世の終わりまで共にいる」と約束してくださったイエス様が、あなたのそばにいてくださる。
・眠るときにはあなたの枕辺にいてくださる、主のみ手に委ねて安心して休み、朝には主と共に、新しい一日を始めて欲しい。あなたに今日一日、主の平安がありますように。

by minitayori | 2012-09-15 20:41 | Trackback | Comments(0)

名前分からずの花

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近くの散歩道で見つけたきれいな花。暑さにしおれかかった木の陰で、健気にも咲いていました。かわいい花でした。

by minitayori | 2012-09-15 20:34 | Trackback | Comments(0)