富士

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一昨年、岡山・松枝のクリスマス礼拝の奉仕の帰り、ご褒美に見せてくださったきれいな富士山。吉原市の近く。

by minitayori | 2012-12-29 23:09 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ024 断層=つれづれに

「断層=つれづれに思うこと キヨセタヨリ024」
・21日、ケアハウスと特養ホーム・恵泉との合同のクリスマス会が行われました。恵泉の最高齢は103歳。皆さんが「よきサマリヤ人」の劇をし、私たちはコーラスを練習して、賛美歌を歌いました。
・車椅子の皆さんが、一生懸命劇をする。その人々の出演には若いワーカーの皆さんが車椅子を押して登場させる。
・ナレーションも利用者の方で、年齢はわからなかったが、声もよくとおり見事なものでした。
・今年は、ケアハウス開設10周年・恵泉ホーム開設35周年記念の年でもあった。
35年また10年の間、この施設の中で暮らした方々、ここから天に召された方々を思い、このような施設の大切さを改めて思った。同時に、ここで働く人々の心を支えている、神様の愛の大きさを思った。
・新年皆さんの上に神様の恵みが豊かにありますように祈りつつ!


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by minitayori | 2012-12-29 23:05 | Trackback | Comments(0)

目白 お友達の慰問

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渋柿が熟し始めたのか、メジロやシジュウガラが遊びに来てくれます。かわいいですよ

by minitayori | 2012-12-29 22:57 | Trackback | Comments(0)

12月30日礼拝に備えて

2012・12・30(日) 降誕後主日 聖書 :  ルカによる福音書2:25-40

2:25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。
27シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。 28シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。 29 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。 30わたしはこの目であなたの救いを見たからです

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「礼拝に備えて」
幼子が神殿の境内に入ってきたとき、正しい信仰を持って神様が送ってくださる救い主を待っていたシメオンは、幼子を抱いて祈ります。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。 30わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」と。
人には誰も、その人生の終わりのときがあります。そのときに向かってどのような備えが一番必要なのでしょうか。そう思うとき、このシメオンの賛美の言葉は心に響きます。礼拝では式文の後半の部分にこの祈りの言葉あり、みんなで声を合せて歌います。この式文の言葉を考えるとき、私は身が引き締まる思いがします。
年老いたシメオンの悲痛な叫びではなく、また絶望の嘆きでもなく、そこには救い主に出会い、今その両腕に抱いているものへの歓喜の心が語られています。教会の礼拝では、今もあなたのために生まれ、十字架に架かり、復活し、現存されるイエス様のお姿が、説教を通して語られます。神にささげられた幼子、礼拝でその胸にしっかりと受け止めて、喜びと感謝を持ち、希望を持って家路につくのです。それが天国であろうと。
一年が終わります。熊本教会にいたとき、一年の最後の役員会の後で忘年会が行われるのが恒例でした。私は忘年会ならいやだ、一年を振り返り、与えられた恵みを覚えての感謝の会であり、新しい年にまた神様の恵みが与えられることを望む、「望年会」ならいいです、とわがままを言いました。今この年の瀬に思うことは、まさにそのことです。たくさんの恵みを感謝し、新しい年に、神様とともに生きる喜びが与えられるように、望みつつ、祈りのうちに新年を迎えましょう。

by minitayori | 2012-12-29 22:51 | Trackback | Comments(0)

クリスマス挨拶

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 クリスマス・おめでとうございます。あなたのために、私のために救い主はこの日お生まれになりました

by minitayori | 2012-12-22 22:30 | Trackback | Comments(0)

断想-つれづれに 023

2012・12月23日(日) 待降節第4主日 e0191585_22221262.gif

聖書 : ルカによる福音書1:39-45
1:39 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。 40 そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
45 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

「礼拝に備えて」
いよいよクリスマス主日になります。ほとんどの教会でこの日にクリスマスの礼拝をし、聖餐式をし、お祝いの会をします。私もそうしてきました。
しかし、その忙しさにまぎれて、ともすればイエス様のいる場所を用意していなかったような気がします。正確な時間は不明ですが、イエス様はベツレヘムに着かれてすぐに産気づき、泊まる宿を探したと書いてあります。しかし、どの宿も一杯で、泊まるところが無く、やむをえず、家畜小屋を借りてそこで初めての子を産んだと記されています。
ある村の教会学校の子供劇の時の話です。この子供たちの中に一人の知的障害を持つ子供(A君)がいました。脚本に従って子供たちに役割が決められていきます。しかし、この障害を持つA君をどの役につけるか問題になりました。
先生たちは相談して、宿屋の主人の子供、と言う役を与えました。セリフは、主人がヨセフさんに言った「部屋はないよ、家畜小屋なら空いているよ」というセリフをもう一度繰り返すことでした。
当日まで、A君は「部屋はないよ、家畜小屋なら空いているよ」、と言うセリフを何10回も繰り返しました。
さて当日になりました。家族も先生たちも彼がちゃんと言えるかどうかが心配でした。幕が開き、劇が始まりました。ヨセフさんとマリヤさんが来ました。最後の宿屋の主人とその子が立ちました。A君は無事に「部屋はないよ。家畜小屋なら空いているよ!」と言えました。家族も先生たちもホッとしました。
ヨセフさんとマリヤさんは家畜小屋の方にとぼとぼと歩いていきます。その後ろ姿を見ていたA君は、突然泣き出して、「ヨセフさん家畜小屋に行ってはだめ。そこは寒いよ。赤ちゃんが風邪をひいてしまうよ。」
劇は中断してしまいました。A君は泣き叫んでいます。そして言いました。「僕の家に来て。僕の部屋が空いているから・・」
劇としては、続けられましたが、後で父兄たちやクリスマス劇を見ていた人々は、「今までにこんなに感激したクリスマス劇はなかった!」と口々に言って帰ったそうです。
 「赤ちゃんが風邪をひいてしまうよ。僕の部屋に来て」この子の叫びを、クリスマスに私は心から叫んだことがあるだろうか。
この日、どうぞ私の心の部屋に来てください、と祈ろうではありませんか。それこそ本当のクリスマスなのです。
 イエス様はあなたの心の中に来てくださいます、あなたの救い主として。
「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
 クリスマス、あなたに幸がありますように。


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「断想-つれづれに 023」
・昨日、金曜日、このケアハウスと特別養護老人ホーム恵泉のクリスマスが行われた。手作りのたくさんのご馳走が出て、家族や友達が参加して楽しい交わりをしました。
・ケアハウス(自立型)では讃美歌を練習して歌った。
 特養の恵泉では、善きサマリヤ人の劇をした。セリフを読む人がいて、それに合わせて車いすの人が出てきてワーカーさんに助けられながら身振りで参加する。
・にこにこして楽しそうだった。今年強盗に襲われたユダヤ人役は101歳になる私の友人(元花道の先生)だった。
・今もとてもお元気で、毎朝の礼拝後、握手をしてお話するのを楽しみにしている。
・高齢者の方々の大きな悩みは、話を聞いてくれる人がいないということ。お互いに聞きたくても耳が不自由になって、意思疎通が難しく、あきらめてしまう。
・つらさ、悲しさは他人事ではないなー。いつか私の行く道、今はできるだけ時間を取ってお話を聞いてあげたいと思う。
・でも神様への祈りの電話は、24時間営業。いつでも安心してお話してくださいね。いつもの口癖です。
良いクリスマスをお迎えください。

by minitayori | 2012-12-22 22:23 | Trackback | Comments(0)

清瀬の野鳥「シゲ」

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部屋の前の期に来る野鳥、メジロや野バト、シジュウガラなどいろいろいるが、新しい仲間にこの「シゲ」がはいった。木の実を食べにくるのだが、写真を映してというようにポーズをとっている。目があっても逃げない。毎日来て、少しの時間見つめ合って、どこかえ帰ってゆく。明日も元気に来てくれるかな。

by minitayori | 2012-12-22 22:16 | Trackback | Comments(0)

さざんか

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黄色に色づいたイチョウの木が見えた。近くの小学校の校庭にあった。懐かしい飯田での働きを思い出した。幼稚園の園庭には大きな銀杏の木があった。実がならないのでイチョウというべきだろう。11月になると真黄色になって、落ち葉が降ってくる。ある時、その下に立って空を見上げていた。黄色の落ち葉に包まれて、幻想的な感動に包まれたものでした。でも本当は、後の落ち葉の処理にいつも悩まされました

by minitayori | 2012-12-15 22:03 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ022「断想=つれづれに思うこと 

「断想=つれづれに思うこと キヨセタヨリ022
・緑の木の葉が紅葉し、木々を美しく装った秋の風情も過去のものとなり、これからは寒々とした冬木立の季節になります。
・葉の無い木々を見ていると、どこか人生のはかなさを感じ、どこか遠くに旅をしたい気持ちになります。
・しかし、これからの寒さを乗り切るために冬の備えをし、新しい命を木の根は育んでいるのですね。
・この敷地にあった木の実も少なくなりました。まだ渋柿が残っていますが、この実も無くなれば、小鳥たちはどこへゆくのかな。
・自然に生きるものは自然の厳しさの中で、命を長らえて行くのが定めなのかもしれない。安易な同情は、本当の厳しい時を乗り越える力を奪ってしまうような気がする。
・先日、引退牧師の集まりがあった。一年に一度、東教区のご配慮で集まれるのだが、先輩の方々の、意気軒昂とした話を聞いていると、感心してしまう。
・でも最後は、身体の事。それぞれに健康を害しつつ、それでも、生きる限り牧師として生きようとしている。みなそれぞれ病院通いが日課になっているようです。同じですね・・。

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by minitayori | 2012-12-15 21:49 | Trackback | Comments(0)

大切な胡蝶蘭

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敬愛する信仰の友から頂いた胡蝶蘭。余命を宣告されるという厳しい病に負けずに、音楽活動に熱意を燃やしておられる。この胡蝶蘭は病と闘う方へのケアハウスの人々の祈りで育っている。二階に住んでいるがこの花が咲くと胡蝶蘭通りになる、見物客には胡蝶蘭を持ってきてくださった方のことを話し、私の祈りの花だと伝えている。隣の93歳になる方が、[この花の中に天使がいる」と教えてくれた。確かに花の中心に紫いろの天使がいる。祈りを聞いていてくれるようだ。今年も一つ株分けし、花芽が出てきた。

by minitayori | 2012-12-15 21:39 | Trackback | Comments(0)