つつじ

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敷地の花壇に咲き乱れているつつじの花、赤、ピンク、白と色とりどりに慰めてくれる。

by minitayori | 2013-04-27 21:33 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ038

「キヨセタヨリ038」
・隣国からのトラブルがあり隣国への挑発がある。国内では物価が上がり、電気代が上がり、しかも年金が下がり、その上に消費税が上がる。
・イカ釣り漁船が、燃料費高騰のため操業を停止したというニュースを見た。舟を売って、小さな漁師として再出発をしていこうという人も現れたと言う。
・静岡では大きな地滑りが起こり、各地で大きな地震が頻発している。世の中には不安に思うことが数々起こっている。暗く辛い話ばかりだ。
・聖書の中にも、このような時が来るであろうことが記されている。そして2000年の間、繰り返し起こる世の中の不条理に、人々の心は揺さぶられてきた。
・しかし、神様は人々に不安を与えるためだけにこのようなことを起こしているのではないということを、心して思わなければならない。
・人間の罪の心が引き起こしているこれらのことを通して、神様はこの世界がどうあって欲しいかを教えておられる。
・世界の人が皆で助け合う心を持てば、飢える人はなくなると言われる。飽食に慣れてしまい、食料を無駄にしている私たちに反省の心が必要だ。
・贅沢の中で安穏と暮らしている私たちが、大切なことに気づかなければならない時が来ている。他者があって、わたしがあると言うこと。日本語の「人」は人と人とが助け合っている姿を示しているという。
・まず他者のために祈ることから始めよう。そのためにも自分が神様にいかに大切にされているかを、再確認しよう。その感謝の心を持って、地に平和を、人に祝福を祈る者になろう。
・今日は午前中、隣の国立東京病院(旧称だが)の広い敷地を散歩した。ケヤキ並木の芽吹きが、モミジの芽吹きが、クリ、ナラ、シイの大木の芽吹きが青空を背景にそれは見事だった。片隅にある藤棚も見事な藤の花が満開だった。時が来て芽を吹き、時が来て花が咲く。時が来て私は・・・。私のすべては神様のみ手の中にある。あなたもまた・・・。

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      清瀬病院の中庭のハナミズキ・病の人を慰める木

by minitayori | 2013-04-27 21:25 | Trackback | Comments(0)

芽吹き紅葉

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 東京病院の散歩道、林の中に入ってみると、なんと紅葉しているもみじを見た。今の時期におかしいと思ったら、植物に詳しい人が、もみじの芽吹き葉だと教えてくれた。成長して緑になり、紅葉して散ってゆくのだそうだ。紅葉の芽吹きが赤いとは、知らなかった。神様の不思議、御心でしょうか。

by minitayori | 2013-04-27 21:14 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて・2013・4月28日(日)復活後第4主日 「新しい戒め」 

2013・4月28日(日)復活後第4主日 「新しい戒め」 
聖書 : ヨハネによる福音書13:31-35
13: 34 あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

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                   庭のシバザクラ
「礼拝に備えて」
・ユダが裏切りの心を持って、最後の晩餐の部屋を出て行ったあとで、イエス様は弟子たちに新しい戒めを与えられました。それは「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 35 互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」
・ある大学の学長先生が、「愛することは理解すること。理解することは赦すこと。赦すことは愛すること。」という色紙を書いて、卒業する学生に送ったという話を聞きました。
・愛されたいけれども、愛することも、理解することも、赦すこともできない。そんな弱い心も持っている人がどんなに多いことだろう。私も含めて。しかし、愛という言葉はしばしば誤解を受ける。
・初期の宣教師であるザビエルは、日本人に愛を話しても理解されないことに気付いた。愛はイコール男女の愛と理解されてしまった。それで言葉を変えようと思ったが、ギリシャ語と違って日本語には変わる言葉が見つからなかった。
・それで神様の愛について語るとき、「ご大切」という言葉に置き換えて語ったという。ヨハネ3:16節を「ご大切」に置き換えて読んでみよう。「神はその独り子をお与えになったほどに、世(あなた)をご大切にされた、それは独り子を信じるもの(あなた)が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」よく分かりますね。
・この「大切」にする、というイエス様のお言葉に、神様の深い思いが含まれている。
神様は一人一人、すべての人をかけがえのない人として大切に思われる。だから、イエス様を十字架にかけて下さった。わたしはキリスト教手話の「愛」を「大切」という言葉に置き換えて表現することにした。
・私たち一人一人の弱さ、罪深さ、そのすべてを理解して、赦し、「わたしの愛する子」と言ってくださる。イエス様の弟子たるものは、その愛、すなわち隣人を大切にし、理解し、赦し、受け入れて行く愛を持ちなさい。そのように弟子たちに教えられる。
・神の前に自分が大切にされている存在である、その自分の大切さを知る者だけが、また神様に受け入れられている隣人を大切にし、理解し、赦し、受け入れていくことが出来る。
・自分を振り返ってみて、そのような心と力、努力の足りない弱い自分を見る。それは辛いことだけれど、だからこそ「わたしが愛したように・・・」というイエス様のみ教えに聞き従い、ペトロのように繰り返し失敗しつつも、イエス様の赦しの中で生きていきたいと思う。
・何度失敗しても、イエス様は放蕩息子を待ち続ける父のように、「私の息子」への愛を変えずに待っていてくださる。愛されているあなた、神様の大切な人であるあなた、忘れないで、神様はあなたを待っておられる。

by minitayori | 2013-04-27 21:05 | Trackback | Comments(0)

藤の花

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 隣の東京病院の敷地を散歩した。桜の木は新緑に覆われていたが、庭の一角に藤の花が満開に咲いていた。藤棚の下に立つと、さわやかな藤の花の香りがした。

by minitayori | 2013-04-27 20:58 | Trackback | Comments(0)

さつきとモッコウバラ

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 玄関の前の庭には今、色とりどりの花が咲いている。しだれ桜が終わり今は、サスキとモッコウバラがきれいに咲いている。。この花は弦バラの一種で、長く楽しませてくれる。この木の下には、バラやチューリップが施設の利用者の方が、足の痛いのを我慢しながら、丹精込めて植え、育てている。

by minitayori | 2013-04-20 21:16 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ037

「キヨセタヨリ037」
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・気温の高低差に、体がついていかない感じだ。ただこのケアハウスの中は室温があまり変化しない。だから安心して、うっかり薄着で外に出てしまい、びっくりして帰って来る。この時、無理にやせ我慢をすると体調を壊す。自分の体力を知って、引き返すことの大切さをつくづくと感じる。
・ケアハウスの花々は、一年の大半を土の中か、枯れ木のようにして過ごし、わずか数日だけを美しく着飾るようにそれぞれの花を咲かせている。
・花が花を咲かせる時は、いつも同じとは限らない。今年のように気候の変化で遅れたり、早くなったりする。しかし、花は何の文句も言わない。
・人の良く通る所で、みんなに褒められて咲いている花もあれば、隠れた所でひそやかに咲き、散ってゆく花もある。
・皆自分の置かれた所で一生懸命咲いている。その健気さを、最近美しいと思うようになった。老いを感じ始めて、出来ないことが増えてきた。どこかに行くにも、帰りの体力を考えて行動するようになった。これが今の自分なんだと思う。置かれた場所で、自分らしく懸命に自分の花を咲かせていたいものだ。
・若い時には感じなかった社会の不条理を感じる時もある。それに立ち向かうよりも、受容して、良きようになること祈っている自分を見る。無気力になったのか、いやそうではないと思う。神様も手を出したいのを忍耐して見守っていてくださる。
・「神様は最後に一番良いものを残してくれた。それは祈ることだ。」偉大なる業という詩の最後の部分だ。その意味の大きさを大切にして、日々を生きたいものです。
・あなたのために祈っています。平安でありますように。神様と共に!


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         シバザクラ

by minitayori | 2013-04-20 21:07 | Trackback | Comments(0)

たんぽぽ

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 風が吹くと、風に揺られて、タンポポの種が飛んでゆく。
いつかはみんな飛んでゆく。
それがタンポポの幸せ。
いつか私も、タンポポのように
天高くに、飛んでゆきたい。

by minitayori | 2013-04-20 20:58 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 4月21日(日)復活後第3主日 私の羊

2013・4月21日(日)復活後第3主日 ヨハネによる福音書10:22-30 
「わたしの羊」
10:22 そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。 23 イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。 24すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」 25イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。
 26しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。 27 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。
 28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。
 29 わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。 30 わたしと父とは一つである。」
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「礼拝に備えて」
・ユダヤ人の指導者たちは、イエス様が彼らの期待するメシアの行動を取らないことにいら立っていた。彼らの期待は、白馬に乗った強い王さまで、ユダヤを開放してくれる方だった。
つまり自分の願いを聞いてくれる、自分の期待通りの方がメシアだったのだ。しかし、彼らの期待とは違って、イエス様は、病人や罪びと、社会の中で見捨てられた弱い人の味方となって行動された。
・ユダヤ人にとっては、予想外の方であったが、イエス様のなさっていることは、本来はユダヤ人の指導者たちに課せられた務めだった。しかし、彼らは自分の権威のみに執着し、弱い羊を牧することを放棄していた。
・イエス様は教会のあり方、牧師のあり方、信徒のあり方を教える。イエス様が善き羊飼いであったように、助けを必要としている人々に愛と優しさの心を持って仕えて行くことだ。そこに神様のみ心が始まるように。
・自分が老いて、体が衰えてくると、イエス様の優しさが、どんなに尊いものであるかを身にしみて感じる。同時に、そのイエス様のお心を持って、教会を愛し人々に仕えてきたかどうか、改めて反省する。
・教会の維持経営も、大切な仕事。信徒を増やすこともおろそかにはできない大切なことだ。しかしそれ以上に、今ゆだねられている魂に寄り添う、愛を持ったひとりの信徒でいたいと思う。
・今の教会の牧師たちの働きの様子をしばしば聞く機会があり、その厳しい中で一生懸命に牧会者として働く姿に、感動さえ覚える。牧会者として健康を害さないようにと願う。
・私自身、引退した者としてイエス様のみ声に聞き従い、イエス様に「わたしの羊」と言っていただけるような信仰者でありたい。今は一人の信仰者として、そのように生きたいと思う。

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by minitayori | 2013-04-20 20:53 | Trackback | Comments(0)

タケノコ

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 裏庭の竹やぶに、タケノコが出始めました。おいしいのは頭が出始めたころ、ここまで大きく夏ろ硬くて食べられませんね。今年もタケノコご飯が食べられるかな。もちろんこの竹藪のたけのこではありません

by minitayori | 2013-04-20 20:28 | Trackback | Comments(0)