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クレマチス

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アジサイの下に隠れるように咲いていた。5センチくらいの小さな花だった。
マクロで写したが、どうもクレマチスのようだ。もっと大きかったように思うのだが。
とても可憐できれいでした。


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by minitayori | 2013-06-29 23:05 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ043

「キヨセタヨリ043」
・満開だった色とりどりの花が、その役割を終えて静かに次の時への備えに入っている。誰にも見られることのなかった花もあるだろう。名も知られぬ花として一生を終えた花もあるだろう。
・でもどの花も静かに、自分の花を美しく、精一杯咲かせていた。花も美しいが、この花の一生のあり方に、私はいつも感動する。
・昨日、久しぶりに近くの自然林を散歩した。この森は花らしい花はほとんどない、自然のままの森の姿を残している。
・清瀬市のシンボルのえごの木があった。白い花を咲かせるということだが、残念ながらその時期、足を運べなかった。しかし、かわいい実がなっていた。
・我が家の大切な胡蝶蘭も、咲き切った時に切り取って、数年前に他界された奥様のこと思っていつも花を飾っている、隣室の私たちの父のような方に差し上げた。
・鉢を少し大きくして、苔を入れなおして植え替えたが、4鉢すべてに新しい芽が出てきた。来年もまた美しい花を咲かせてくれるだろう。
・見物客も増えて、新芽が出たのをみんなで喜んでいる。新しい命の芽吹きに、次の年の希望を見出している。
・来年が当たり前に来ると思っていた時期もあったが、それを希望として持ち直している自分を感じる。
・キリスト者には、どんなときにもなくならない希望がある。「わたしはあなた方のために、天の神様のところに住まいを用意して、また帰ってくる。」と言われたイエス様のお言葉だ。
・そのために十字架によってすべてを用意してくださった、イエス様に感謝し、涙をもって仕えてゆく心を持ちたい。

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by minitayori | 2013-06-29 22:59 | Trackback | Comments(0)

アガパンサス

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この花の季節になりました。アガパンサスは聖書の言葉で「神様の愛」をあらわす
アガペーから来たといわれている。敷地のあちこちできれいに咲く。愛の花が

by minitayori | 2013-06-29 22:51 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて2013・6月30日(日) 感謝の信仰 

2013・6月30日(日)聖霊降臨後第6主日 
聖書 :  ルカによる福音書7:36-50

7:36 さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。 37 この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、38 後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。
 46 「あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。 47 だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」 48 そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。 49 同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。 50イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。
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「礼拝に備えて」
・礼拝出席は、信仰者としては欠かすことのできない行為である。しかし、よい信仰者になることを目的にした礼拝の出席は的外れではないだろうか。
・今日の日課の女の人は、罪の女と書かれている。彼女が入って行った家はパリサイ人の家であった、とある。罪の女の入ることのできない所であった。
・自分がどんなにふさわしくない所に入ってゆくのか、そのような所に
入って行くことによってどのように思われるのか、よく承知していたと思う。
・しかし、そこにはどうしてもお目にかかりたい方がいた。イエス様に会いたい、イエス様のお声を聞きたい、その一心で彼女は勇気を出してその家に入ってきた。
・そこにいらしたイエス様は、招かれているにもかかわらず、招かれるにふさわしい状態ではなかった。足は旅の途中の汚れた足だった。
・女は、お会いしたかった人に会えた喜びをもって涙で足を洗い、持っていた高価な香油を注いだ。
・礼拝に出るということは、十字架を前に見ながら座るということは、その場でこの女性の心になることではないだろうか。
・私の行っている教会では、一週おきに聖餐式が行われている。聖書が読まれ、イエス様が私のためになしてくださったことを教えられ、聖餐式で目に見える形でイエス様の体と血をいただく。
・イエス様は女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。このお言葉は、イエス様に出会った喜びをもったあなたに語られている。
・そして、都合で参加できないが、祈りをもって参加しているあなたにも同じみ言、イエス様の愛のまなざしは注がれている。

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by minitayori | 2013-06-29 22:42 | Trackback | Comments(0)

エゴの実

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エゴの木は清瀬市のシンボルの木だそうだ。春には小さな可憐な花が咲くが、残念ながら
その時期を逸してしまい、一昨日散歩に行ったら、こんなにたくさんの実がなっていた。
花が散り実がなり、また地に落ちて新しい木となる。神様のご計画の素晴らしさですね

by minitayori | 2013-06-29 22:30 | Trackback | Comments(0)

雨に生き生きアジサイ

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しばらくぶりの雨にアジサイの花が生き生きとしていた。
わたしたちも神様の恵みをいただいて、いつも生き生きとしていたいですね。


今回はキヨセタヨリはお休みです。すみません。

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by minitayori | 2013-06-22 23:06 | Trackback | Comments(0)

[礼拝に備えて」2013・6月23日(日)イエス様の憐れみの中で

2013・6月23日(日)聖霊降臨後第5主日(イエス様の憐れみの中で)
聖書 : ルカによる福音書7:11-17
7:11 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。 12
イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。 13主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。 14 そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。 15すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。

「礼拝に備えて」
・今日の日課には、私たちの想像を超えた出来事、死者の復活と言う出来事が記されている。
・ルカは何の疑うこともなく、病人の癒しや、今日のように死者の復活と言う信じがたいことを述べている。
・私は神学的にどのように解釈すべきかはさておいて、ルカの一番言いたいことを読み取っておきたいと思う。
・一つは、イエス様は悲しむ人を見捨てられず、その人に寄り添い、悲しみを共有してくださる方であること。
・悲しみや寂しさの中にいる時、出会った人の僅かな微笑み、挨拶の言葉がどんなに大きな慰めになることか。
・牧師は孤独な仕事であると、ある先輩が言われた。卒業後何年かして、自分自身も身にしみてその言葉をかみしめる時があった。
・その時、一人のろう者が来て私の顔を見ながら「どうしたの? 悲しみは神様にお任せしなさい。そして祈りなさい。」と手話で話してくれた。
・まだ当時はあまり手話もできなくて、孤独をかみしめながら伝道していた時だった。いろいろあって負い切れない苦悩をもって集会に行った時のことだった。
・その年配のろう者は、文字もかけない、言葉も話せない人だった。でも心優しく、いつも笑顔で集会に出ていた。
・言葉ではなく、私の顔色、態度から私の悲しみ苦悩を読み取ってくれたのだ。
・「どうしたの? 悲しみは神様にお任せしなさい。そして祈りなさい。」この言葉は私がやっと読み取れた言葉だったが、その笑顔の中に、心配し、寄り添ってくれる温かな心を感じた。
・50年も前の出来事だが、悲しみに打ちひしがれている、この母親に寄り添い、悲しみを受け止めてくださったイエス様の「この婦人を憐れまれた。」と言うお言葉に、自分も経験したことを思い出した。
・イエス様はいつでも一緒に、あなたと同じ道を歩いてくださる。

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by minitayori | 2013-06-22 22:57 | Trackback | Comments(0)

ホタルブクロ

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入所者の方が丹精込めて育てられた花があちこちにある。
足腰に痛みを抱えながら、草をむしり、水を注ぐ姿に、はなへのあいをかんじる。

by minitayori | 2013-06-22 22:51 | Trackback | Comments(0)

ばら祭に祝福を

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あすの日曜日は、ケアハウスの創立記念日(ばら祭)と呼ぶ。
赤いバラをみると、昔口ずさんだ歌を思いだす。


  赤いバラ
赤いバラを あなたにあげよう
飾ってごらん あなたの胸に
イエスさまが十字架の上で
流してくれた 真っ赤な血潮が
あなたの心で 激しく燃えて
愛の命が 目覚めるように


私も青年だったが、学生や若者がたくさん集まり、ギターで歌った歌でした。
私もギターの手ほどきを受けたが、結局はものになりませんでした


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by minitayori | 2013-06-15 21:33 | Trackback | Comments(0)

「きよせたより045」

「きよせたより045」
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・今日の日曜日は、この施設の創立記念日、通称「ばら祭」が行われている。昨年、第4日曜だったので、うっかり今年の変更に気がつかず、ルーテル教会の礼拝出席の予定をたてていた。
・70歳から90歳を超える人々が、この日のためにコーラスの練習に励んでいる。日頃大きな声で歌うのは朝礼のみだから、みな楽しそうだ。
・私は、参加するというお手伝いができないので、せめてもと思い食堂にバラの花の写真を飾っている。
・毎朝散歩がてら、敷地内をカメラを持って歩き、見つけた花の、その花が一番美しいときに写すようにしている


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by minitayori | 2013-06-15 21:12 | Trackback | Comments(0)