朝顔

e0191585_21134987.jpg


雨に喜んで、元気に咲いていました。
短い開花ですが、一生懸命咲いています。

by minitayori | 2013-07-25 21:16 | Trackback | Comments(0)

「キヨセタヨリ048」

「キヨセタヨリ048」

・梅雨と夏の間、不思議に花がなくなる。今日も敷地内のいつものコースを歩いてみたが、ほとんどの花が枯れてしまっていた。
・しかし、雑草の中をよく見ていると、意外と小さな花が咲いている。つゆ草が可愛らしく咲いていた。
・雑草の葉の上に、雨の滴が光っていた。これも花のようだった。
・清瀬市役所に難病の更新のためにバスで出かけた。途中の畑にはヒマワリが沢山咲いていた。また時間のあるときにヒマワリを写しに行きたいと思った。
・ヒマワリはいつも太陽に向かって花を動かしているから、ヒマワリというのだそうだ。
・大きな幹に大きな花、その栄養を太陽からもらっているのだろう。私たちも上を向いて、天に居ます方から生きる力をいただいていたいものです。
・これから夏本番、熱い時は日陰で。日傘・帽子・飲料水は外に出るときに必需品。それでも太陽のほうに心を向けて、与えられた日々を明るく生きたい。
・今週金曜日から、ろう者の修養会に招かれて朝霧高原に行ってくる。30年くらい前に、この場所で修養会を開いた。
・世界遺産の富士山麓。その雄姿が見えるといいが、昨今の天気模様は気まぐれ。曇ったら何も見えない。
・だから、楽しみ。その出会いが特別にうれしくなる。


e0191585_21103526.jpg

by minitayori | 2013-07-25 21:13 | Trackback | Comments(0)

つゆ草

e0191585_20575248.jpg


雑草の間に、小さな花を見つけた。つゆ草、懐かしさを感じさせる花でした。

by minitayori | 2013-07-25 20:59 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2013・7月28日(日)マルタとマリア

2013・7月28日(日)
e0191585_20512182.gif
聖書 : ルカによる福音書10:38-42

10:38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。 39 彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。10:40 マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」 41 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。 42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
e0191585_20531743.jpg

「マルタとマリヤ」
・マルタとマリヤの姉妹の家で、エルサレムに上られるイエス様はつかの間の休息を取ろうとされた。
・マルタは感謝と喜びをもって、得意のお料理でイエス様をもてなそうとした。しかし、時間がない。そのいら立ちがつのり、イエス様のそばでお話しを聞いているマリヤにそのいら立ちが向けられ、それを黙って見過ごしているイエス様に向けられた。
・私たちはしばしば自分のしている行為だけが尊いものであると考え、他の人をさばいてしまっていることがある。
・長い間、私は障害者伝道を担ってきた。なかなかその輪が広がらなかった。教会でも無関心な人が多かった。
・時々マルタのほうの心が出てきたものでした。イエス様は忙しくしているマルタを責めてはいない。苛立つマルタの心をいさめているのだ。
・自分がよかれと選んだ働きを感謝しつつイエス様にささげる心が必要だったのではないだろうか。
・イエス様はマルタの心を喜んでいたと思う。ご自分への愛の奉仕を喜んでいたと思う。そのイエス様の喜びを共有することこそ、真の信仰の喜びの姿であろう、と思う。
・大切なことは、自分らしい花を咲かせ、イエス様にささげる心ですね。

by minitayori | 2013-07-25 20:56 | Trackback | Comments(0)

草の露

e0191585_20322533.jpg


雨上がりの朝、雑草の葉の上に輝く光が見えた。よく見ると雨上がりの水玉だった。花を咲かすことのない雑草の葉が嬉しそうに見えた。

by minitayori | 2013-07-25 20:35 | Trackback | Comments(0)

白芙蓉

e0191585_21121255.jpg


一昨日、朝の散歩にこのケアハウスの一角を一回りした。大きなマンションとしゃれた住宅のある一角を一回りカメラを持って散歩する。大した距離ではないが、住宅の小さな庭にある花が楽しみだ。ときどき写真を写していると、その家の持ち主に会う。挨拶をし、写真を写す許可をいただき、ときには花の名前を尋ねる。この花の名前は、聞けなかったが、「花は母と妻が勝手に買ってきて植えているので知らない」という返事があった。それでも暑い中水をかけているご主人の人の良さに心が和んだ。知っている人の聞いたが扶養との答えをいただいた。最初「不要?」と思ってびっくり。しかし、違うだろうと思い、聞くのをじっとこらえた。言わなくてよかった。
辞書を引くと芙蓉という美しい名前があった。「白芙蓉」、青空を突き刺すように咲いていた。

by minitayori | 2013-07-20 21:25 | Trackback | Comments(0)

「キヨセタヨリ047」

「キヨセタヨリ047」
e0191585_2125984.jpg
・  枯れることの美しさ  詩 星野富広
 生きていて、強く
 枯れてなお、温かな野の草
 老いることの、大切さを思う
 枯れることの美しさを思う


・「老いることの大切さを思う。」
・いろいろなことができなくなる。一つ経験するごとに、悲しさ、寂しさを心に感じる。
・病気の数が増え、病院に通い、病院に居る時間が長くなる。でも、そのことを悲しむより、今確かに、私は今日を生きていることを、喜んで受け止めたいと思う。
・前述の星野さんの詩には、ネコじゃらしの絵が添えてあった。しかし、私はタケノコを思い出した。一枚一枚皮を突き破って、新しい若竹が出てくる。
・ケアハウスの孟宗竹は三階よりも高くそびえている。毎朝、その竹藪を見ながら食事をする。
・一つ一つできなくなっても、私たちの心は一歩一歩、高い所に今居ます方を望みつつ成長していく。
・決してあきらめないで、希望を失わないで今日を生きる。一日は神様の与えてくださった大切な命。喜んで生きることを神様は喜ばれる。
・感謝と笑顔、それが枯れることの美しさではないかと思う。あなたの一日、神様のみ手の中に守られています。


e0191585_216751.jpg

by minitayori | 2013-07-20 21:09 | Trackback | Comments(0)

蝶と花

e0191585_20545818.jpg


 残り少なくなった花を求めて、蝶が飛んでいた。よく動くのでなかなか写せないのだが、このチョウは私の願いが聞こえたのか、しばらくじっとしていてくれた。この蝶も次の世代の為に、命をはぐくみ、卵をうみ、やがてはその命を神様に返す。何も言わずに、一生懸命今日を生きている。

by minitayori | 2013-07-20 21:01 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2013・7月21日(日)「善いサマリヤ人」

2013・7月21日(日)聖霊降臨後第9主日「善いサマリヤ人」  
      聖書 : ルカによる福音書10:25-37

10:25 すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」
 26 イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、 27 彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」 28 イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」
 29 しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。



「礼拝に備えて」
・次週の日課は、よく知られている「善いサマリヤ人」のたとえです。イエス様が自分を正当化しようとしている律法の専門家にお話ししたものです。
・彼らは律法が教える神様のお心をよく理解していました。理解しているだけで、実際に行なおうとはしていませんでした。
・イエス様は律法が神様のお心を伝えるものであり、律法は文字だけで理解するものではなく、そこに示されている神様のお心に従うことが信仰であり、神様のみ国に入る条件であると言っておられるのです。
・聖書の言葉を知識として理解することや、表面的に教会生活をしていることが、神の国に入る保証にはならないのです。私たちの心が、生活がどのように神様の御心に沿って生きているかです。
・それは一言でいえば、あなたの隣にいる人の心の叫びに耳を傾け、その声が聞こえたら、あなたの手を差し伸べるということです。
・私がお世話になっているケアハウスの隣の特養施設の中には、当然ながら介護を必要としている人々が沢山入居しておられます。健康な時には、社会の中では立派な働きをしてこられた方々ですが、今は自由に動けなくなり、不自由な日々を送っておられる。
・最近入居され慣れない車いすになり、自由に動けない方がいらっしゃいます。毎朝、礼拝後に声をかけます。すると私の手を握り、泣きそうになりながら、「私は何にも出来なくなったよう」と訴えかけます。
・「今日生きている自分を大切にしよう。悲しそうな顔をしないで、今日の命が与えられていることを、神様にありがとう!と言おうね。」
・「自分に『がんばれ!』と笑顔で話しかけようよ。神様が下さった大切な命、神様が『生きていてほしい、あなたは大切な人だから。』とおっしゃっているよ。」
・「そうお!」と落ち着き、笑顔が戻ってきた。(そうその笑顔素敵だよ。あなたの笑顔を見て、お世話をしている人々もきっと嬉しくなるよ。)・・・(それがあなたの今日の仕事)・・ね。
・明日もきっとこの話になると思うが、ひと時の語りあい、愛をもって接し、悲しみを共に分かつ者となりたいと日々願っています。


e0191585_205195.jpg

by minitayori | 2013-07-20 20:53 | Trackback | Comments(0)

小さな花の力

e0191585_20341086.jpg


庭の端にひそやかに咲いていた小さな花。誰かが植えたのでしょうか。園芸種の花と思いますが、名前が見つかりませんでした。とても紫がきれいでした。「野の花を見なさい。神様はこのように装っていてくださる」イエス様のお言葉。

by minitayori | 2013-07-20 20:38 | Trackback | Comments(0)