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牡丹臭木(ボタンクサギ) と教えていただきました。

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裏道のアジサイの木の中に一つだけ咲いている花を見つけた。アジサイだと思って写したがどうも葉っぱが違う。事務の人に聞いたら「花の木」と言われた。エッツ?と聞き返したが、やはり同じ答えでした。夜になってこの花を使おうと名前を考えたが、もしかしたら記憶違いかもしれない。忘れたのでしょうね。

by minitayori | 2013-08-31 21:37 | Trackback | Comments(0)

キヨセタヨリ053

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「キヨセタヨリ053」
・熱中症にはいろいろな症状があることを教えられた。胸のむかむか、吐き気、めまい、足のひきつり、そして、腰痛。
・今年の夏はこの全部を経験した。昔東京に居た頃は、どんなに暑くてもエアコンを使わなかった。
・さすがに熊本ではエアコンなしでは寝られなかったが、東京に来て再びエアコンなしでいけると思っていた。
・自分の部屋ではエアコンをつけず、寝るときにも使わなかった。その結果頻繁に「足のひきつり」が起こり、原因がわからなかった。
・テレビで「熱中症」の特別番組を見て自分の症状のすべてが当てはまることを知った。
・お医者さんに訴えた時、高齢になるとよくあることです、という返事に憤慨したものだが、正しい答えだったのだ。
・年相応に、ふさわしい生き方をしなければならないと思った。それは、今にしかできないことをするというのであって、老いに負けるということではない。
・病、老い、人生には通らなければならない暗黒の時がある。しかし、闇の果てには明るい世界が待っている。いや、光の中で待っていてくださる方がいる。
・今を大切に生きよう! そう今しかない、今を。

by minitayori | 2013-08-31 21:30 | Trackback | Comments(0)

百日紅の花と救世軍の紋章

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施設の玄関の上に、救世軍の紋章と、最近の工事で十字架がつけられた。
この施設は、人の魂を救うことを願う施設であることを伝えるために。
「神はその一人子を下さったほどに、世を愛された。それはみ子を信じる者が一人も滅びないで、救われるためある。」
この場所で人生の最期の時を過ごされる人々のために、毎朝、神様のみ心が語られている。

by minitayori | 2013-08-31 21:22 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2013/9/1 使える人に

2013・9・1
9月1日(日) ルカによる福音書14:7-14  
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14:7 イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。 
「略」 
11 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 12また、イエスは招いてくれた人にも言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。13 宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。 14 そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」
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「礼拝に備えて」
・昔、後輩の牧師が「先生と呼んでくれない」と憤慨しているのを聞いたことがある。
・その時は、「先生」とは、先に生まれたと書くし、また、先ず生きているともいうことだから・・・、と冗談を言って笑って済ませたものだ。
・しかし、自分が牧師になって、信徒の方から「小嶋君」と呼ばれた時、「むっ!」として、そのあと「はっ!」としたのを思い出している。若い時だった。意気込んでいるときだった。
・その時から、もう一度先生という言葉の意味を考えるようになった。牧師が先生といわれるのは、私を牧師に立ててくださった神様が共に居てくださるから、私にではなく神様に向かって「先生」と呼んでいるのだと思うようになった。
・引退した今、このケアハウスにおいては一信徒でいたいと願い、「先生」と呼ばれることを固辞してきた。
・ある雑誌に投稿するときの自己紹介の欄に、引退したので今は現役の牧師ではありませんので、先生はやめてください、と申し出た。すると編集者の方から、「牧師って、引退したら牧師の仕事も使命もなくなるんですか。牧師の召命と献身は一生をささげるものと思っています。」と教えられた。
・今週のみ言葉は人の心に潜む、偉くなりたいという心が作りだす醜さを教えている。人を蹴落としてまでも上に登ろうとする心の醜さを。
・その様な心から、「人の不幸は蜜の味」などという悲しい言葉が出てくる。
・イエス様はそのことを否定するよりも、もっと大切なことを教えておられる。それは「仕える人になりなさい」ということである。「悲しむ者と共に悲しみなさい。」
・イエス様が人々を愛し、僕のようになって人々を愛されたように、「心低く、人々の幸せを願う者、人の幸福を共に喜ぶ人になりなさい」と言われる。
・イエス様のお心にいつまでも謙遜に従って生きる者でありたい。改めて教えられています。

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                 洗足のイエス様

by minitayori | 2013-08-31 21:13 | Trackback | Comments(0)

敷地で初めてであった花

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 このケアハウスの中にはいろいろな花が咲いている。お見舞いにもらった花や野草まで幅が広い。写真を写すと、受付にいる花に詳しい人に尋ねる。しかし、これはだれかが植えたのでしょう。新種でわかりませんという答えが多い。この花は先日、猛暑の中散歩に出たが途中であきらめて帰り、建物の裏で見つけた花。今までも何回も通っていおるところなのだが、初めてのような気がする。きれいな花でした。

by minitayori | 2013-08-31 21:03 | Trackback | Comments(0)

カマキリの訪問

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 部屋の前の手摺の上をカミキリがあるいていた。子供のようなのでカメラを向けた。接写で写そうとカメラをむけていると、いなくなってしまった。どこへ行ったのだろうと見渡すと、カメラの上に何かいる。写しているうちにカマキリが興味を持って、カメラに乗り移ってきていた。指を出すと指に乗って、首をかしげている。その動作の可愛いこと。手スリは熱いので下のミカンの木の葉の上に逃がしました。また来てほしいですね。

by minitayori | 2013-08-24 21:02 | Trackback | Comments(0)

「キヨセタヨリ051」

「キヨセタヨリ051」
・夏の疲れが出たのか、足はこむらがえりを起こすし、吐き気やめまいはするし、で医者に行って相談したら、典型的な熱中症ですね、の一言で終わった。
・「高齢者は暑さに鈍くなっていますから、気をつけないと。」この言葉いささか気分を害して帰ってきました。
・三日ほど前から、腰痛が出てきて散歩にも、花を写しにも行けない。娘が心配して電話をくれた。「熱中症にも腰痛があるそうだから気をつけて!」 また『ヅキ!』ときた。
・ケアハウスの96歳になる元気な友人が、吐き気とめまいと腰痛で元気がない。毎日1時間くらい歩くことを日課にしている人だけに、外出できなくて、なおさら元気がなくなった。
・その方のことを心配していたのに、自分がなってしまった。そういえば来年は後期高齢者。加入する保険制度も変わるといわれていた。後期、なんとなく後がないみたいでいやな言葉ですね。
・「幸輝」とか、「光貴と思いつつ生きる」とか考えたいのですが、やはり負け惜しみか。長年頑張ってきたのだから、せめて心は
「幸輝」でいたいですね。いつまでも。

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by minitayori | 2013-08-24 20:50 | Trackback | Comments(0)

福朗(ふくろう)

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 朝霧公園にある花鳥園で写した「フクロウ」。夜行性なのでじっとしていてくれるがフラッシュは目に悪いからと禁じられている。いろいろなフクロウがあるものですね。「福朗」池袋のフクロウの小物専門店では、幸せを呼ぶ鳥とこのような名前で売っていました。

by minitayori | 2013-08-24 20:43 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて  2013・8月25日(日)ルカ13:22-30 「狭い戸口から」

2013・8月25日(日) ルカによる福音書13:22-30 「狭い戸口から」
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13:22 イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。 23すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。 24 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。 25 家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。

「礼拝に備えて」
・救われるものは少ないのでしょうか?弟子たちはどんな気持ちでこの質問をイエス様に問いかけたのでしょうか。
・イエス様を信じる人が少ない現実に嘆きつつ問うたのでしょうか。それとも、自分たちはもう救われているという優越感からだったのでしょうか。
・イエス様は、今エルサレムに向かっています。「神はその一人子をくださるほどにこの世を愛された。・・それは御子を信じる者が一人も滅びないで救われるためである。」その神様の御心を実現するために十字架の道を歩まれているのです。
・この世のすべての人、それはあなた、そして私です。その救いのために十字架への道、受難への道を歩み続けられるイエス様のお心。
・♪一人だにも滅ぶるは、み旨ならじ♪、という讃美歌がある。伝道師の時に街を回るときにこの歌を、口笛で吹き、声を出して歌いながら訪問した。コーラスで病院・教会訪問もした。
・元気と、今日訪問する方への祈りがその歌声の中にあった。この讃美歌は聖書学院当時に、聖歌隊で歌った歌で、リバイバル聖歌の中にあったと思う。
・今この歌が思い出される時、人のためではなく、この私へのイエス様の愛のお心として感じる。そしてそれはあなたへのお心です。

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by minitayori | 2013-08-24 20:36 | Trackback | Comments(0)

頭の良くなる花(カランクエ)

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 隣の友人が廊下の本棚の上に置くように買ってきてくれた。そこは私たちの部屋の前。その名前が面白い。「頭の良くなる花」と書いてあった。毎朝、ご挨拶をしているが、吸い取られているようで物忘れがひどくなったような気がする。頭がよくなるためには自分の努力ですね。

by minitayori | 2013-08-24 20:26 | Trackback | Comments(0)