菊と蝶

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 小雨の中、小菊を写していると、蝶がやってきて動かない。まるで自分も写してください、と言っているようだった。菊と蝶、小雨の中一生懸命助けあったいる。小さいながらも、これが自然の神様のみ心なんだと教えているようだった。

by minitayori | 2014-08-30 21:29 | Trackback | Comments(0)

ミニタヨリ 100

「ミニタヨリ100」
 今日は孫娘の夏休み最後の日(私達と共に過ごす)なので、家内と3人でサンシャイン60階の展望台に行って来た。一分50秒くらいで60階までゆくエレベーターの速さに驚いたが、動き始めた途端にエレベーター内の電気が消えた。一瞬暗闇になり、何事が起ったかと恐怖を覚えたが、暗闇の天井に天の川や星座が白く光り、壁にも水族館のような絵が映し出されていた。
 全部を見終わらないうちに60階についてしまったが、何もかも変ってしまったサンシャインに戸惑うばかり。孫娘に教えられながらいろいろと見て回った。残念ながら曇りで富士山は見えなかったが、スカイツリーは細いタケノコのように見えた。また、秋晴れの日にカメラを持って写真を写しに行きたいが、一人で行けるかどうかちょっと心細い。一つの収穫は、「あなたの生まれた日の新聞を印刷する機械」を見つけた。興味があったので印刷してみた。1939年2月20日の新聞が出てきた。軍備増強や増税の記事が目に付いた。今の世相に似通っている。愚かな戦争の悲劇に進まないようにと、改めて思いを強くした。
 日本には、福島の原発問題、各地に多発している自然災害。農作物の被害などなど、人々の生活は疲弊し始めている。これ以上弱い人を苦しめないでほしい。日本の平和が世界の平和の礎となるように、そんな政治を心がけて欲しいと思った。でも結局は、私たち一人一人が平和に関心を持ち、そのために祈り、行動することから始めなければならないとも思わされた。アッシジの聖フランシスコの平和の祈りが心に浮かんできた。みんなの祈りになってほしいと思い、多くの方がご存じと思うが、改めて載せさせていただいた。

      聖フランシスコの「平和の祈り」

神よ、わたしを、
あなたの平和を実らせるために、用いてください。
わたしが、憎しみのあるところに、愛をもたらすことができるように、
また、争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。
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神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。
わたしたちは、
自分を与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。


by minitayori | 2014-08-30 21:22 | Trackback | Comments(0)

紫のムクゲ

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 コンビニに封筒を出しに行った帰り、小雨の中を歩いて帰った。百日紅や菊、中でも紫のムクゲが目を引いた。次の日にカメラを持って探しに行ったが、見つからない。公園のあたりを遊び場にしている孫を連れて二人でカメラ散歩に出かけた。前日は見つからなかったのに、覚えていて、紫のムクゲ?の咲いているところを教えてくれた。老いては子に従え。子供の記憶力には参った。

by minitayori | 2014-08-30 21:06 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2014.8.31 「私の力ではなく」

8月31日(日)  マタイ13章22~33 「私の力ではなく」
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13:31 イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」 また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

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「礼拝に備えて」
 私は牧師という働きに召されて、いろいろな試練に遭遇してきた。その時にいつも思いだすことは、自分がイエス様と出会った時の事だ。高校生の時、宣教師に勧められて、当時、東海教区にあった梅が島ルーテルキャンプ場に行った。聖書も読み始めたばかり、祈りすらまだできなかった時だった。
 キャンプでは夜の黙想の時間があり、聖書を読んで好きな聖句を暗記するように勧められていた。私は黙示録の3章の20節が心に響いて暗記していた。その夜、みんなで車座になって祈っていた。生まれて初めての経験で祈ったことがない私はどうしてよいかわからなかった。みんなが順番に祈って、自分の番になった。みんなの祈りをまねて「天の父なる神様・・」と言った途端に、雲の上に乗ったようになり、頭の中は真っ白になった。
 次の言葉が出ない。泣きたい気持ち、その場を逃げ出したい気持ちになった時、小屋を見回っていた宣教師が、私たちの小屋のドアをたたいた。心臓に響く音だった。同時に「見よ、私は戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸をあける者があれば、私は中に入ってその者と食事をし、彼もまた私と共に食事をするであろう。」黙示録3:20節の覚えたばかりの聖書のみことばが、その一瞬に私の心に根付き、それからこのみ言が私の心の支えとなって、洗礼にいたり、その後の働きの中でも事あるごとに聞こえてきた。
み言の一節、それは心に播かれた小さなからし種であったかもしれないが、ひとりの人間の生涯を変えた。私の場合、大きくなって鳥が宿るような木にはならなかったが、からしだねの中の命は生き続け、また、播かれてきた。その種がどのように育ってゆくかを楽しみに出来るのも、今の私に与えられた素晴らしい喜びだ。
 神様の播かれた麦にも、からし種にも、神様の命が宿っている。決して失われることのない神様の命が。このブログを読む人にも、きっとその命の種が播かれていることと思う。いつか成長し実るのを私は楽しみに待っている。


by minitayori | 2014-08-30 20:58 | Trackback | Comments(0)

床の下の名も知れぬ花

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コンビニに郵便物を送りに行った帰り、近くの公園を通って整骨医院にリハビリに行った。雨模様だったのでカメラを持たずに行った。帰りに、アパートの床下に何かが私を呼んでいるような気がしてよく見ると、見たこともない小さな花が一輪だけ咲いていた。周りの花は枯れかかっているのに、この花だけが輝いて見えた。みんなと一緒に咲くのを遠慮していたように、輝いて咲いていた。うれしそうなのが印象的だった。孫娘にはお花は私の一生懸命咲いているところを写して!といっているよ、と語りつつ写した。
 しかし名前が見つからない。花は名前など気にしていないだろうと思うし、美しさだけを紹介したかった。一生懸命咲いて、ありがとう!

by minitayori | 2014-08-30 20:53 | Trackback | Comments(0)

ウツギ?

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 古民家の庭に咲いていた。真っ青な空に向かって、暑さに挑戦するように咲いていた。
勇ましい花です。花の名前がわかりにくかったが、ウツギににてると思った。大きな木に
なっていました。正しい名前わかったら教えてください。

by minitayori | 2014-08-23 22:00 | Trackback | Comments(0)

ミニタヨリ 099

「イイタヨリ099」
 昔の事が思い出される。未来がなくなった証拠ではないか、と思いつつ、かぶりを振る。いや自分にはまだ神様のお仕事が残されている、と。何?と聞かれると、わからないが。

イエス様の愛について考えていて、亡き母の事を思い出した。豊橋で戦災にあった私たちは、家族で母の里に帰った。9人家族の食事は芋が大部分のおかゆや雑炊。たまには白いお米の入ったおかゆがあると、子供たちは顔が映るようなお釜の中をかき回して、一粒でも多くのお米をすくい出そうとした。でも小さく切った芋ばかりでめったに米粒は入ってこない。苦しい思い出が今思えば楽しい経験となる。神様の特別の恵みですね。勿論学校の弁当はいつも芋が3つとタクワン数切れだった。
そのような中で、私の母は、町から買い出しにくる人にはやさしかった。水を飲ませ夕食のためにふかした芋などを渡していた。時には、破れたズボンをはいた子供がいると、自分の子供のものをあげたりした。自分の子供、つまりこの私のためには、母は父の破れたズボンのすそを切って短くし、徹夜で破れを繕ってくれた。小学校2年の時だった。恥かしかったが、底抜けにお人好しの母を思うと、文句も言えなかった。 母の後ろ姿は、どこかで私の人生の指針となっていた。人にやさしく、と。しかし、まだまだ遠く及ばないが。
イエス様の、群衆を見て「憐れまれた」という言葉で、遠い昔の事を思い出した。
     

         >「無尽蔵」
      河野進牧師 詩集「旅」より
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幼児に 老人に
病む人に 貧しい人に
最も大切なものは
無尽蔵に与えられる
太陽の光 野山の緑
澄んだ空気 清い水
そして明るい微笑みを
天の父さま ありがとうございます


写真は博物館にあった切り絵、自分も作ってみたいと思って写してきました・

by minitayori | 2014-08-23 21:35 | Trackback | Comments(0)

暑さに頑張る芙蓉

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 山車博物館で涼みながら祭りの様子を見た、空を見上げることさえ目が回るような感じでいただけに涼しい館内はありがたかった。外の庭には芙蓉の花が暑さに息も絶えそうに、でも頑張って咲いていた。

by minitayori | 2014-08-23 21:22 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 8月24日(日) 「5つのパンと2匹の魚」 マタイ14:13~21

礼拝に備えて 8月24日(日) 「5つのパンと2匹の魚」 マタイ14:13~21
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14:13 イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。
イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。」イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」
弟子たちは言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。」 イエスは、「それをここに持って来なさい」と言い、 群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。
すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。 食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。

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「礼拝に備えて」 五つのパンと二匹の魚
豊かさは、持ち物の多少にはよらないようです。今回の日課の旧約聖書では、神のもとにきなさい、と呼びかけています。豊かさのもとはそこにあるからです。福音書では、大勢の群衆が、船に乗って向こうの湖畔についたイエス様の後を追って先回りしていた事が記されています。この湖畔がどれほどの距離があったかはわかりませんが、小さな距離ではなかったはずです。
飲まず食わずで先回りした群衆は疲弊していました。その人々をみるイエス様と弟子たちの目と心が大きく違っていることに気がつきます。イエス様は彼らを深く憐れまれたと書かれています。弟子たちは解散させて、彼らに勝手に食べ物を手に入れるようにと進言します。彼らの懐は豊かではなかったでしょう。男だけで5千人いたと書かれていますから、弟子たちの反応は無理のない反応であったでしょう。
マザーテレサの本の中にあるお話ですが、ある紳士がテレサにお金を寄付した、彼女は食べ物を買って貧しい人の家にその紳士と共に行き、買ってきた食べ物を手渡すと、母はわずかな食べ物の半分を子供渡した、子供は急いで外に出て行った、紳士がどこに行くの?と尋ねると、テレサはあの子はもっと貧しい人に食事を分けてあげるために出かけたのです、と言ったというのです。紳士は驚き、感心し、テレサの協力者になり、自らも貧しい人に尽くす人生を送ったと言われます。
愛の業は、小さくても、人の心に豊かなものを与え、新しい愛を芽生えさせます。弟子たちの心からは何も生まれなかった、しかし、そこに一人の子供がいて、自分の持っている食べ物全部を差し出した、イエス様は感謝の祈りをして、5000人の人みんなに配った、という奇跡が起きました。パンが増えたのが奇跡なのでしょうか。小さな子供が自らの飢えるのも恐れず、食べ物すべてを差し出した、その行為を見た弟子たち、群衆も同じことを始めたのではないでしょうか。共に助け合い、支えあう喜び、その心をイエス様の憐みの心が、人々の心から愛を引き出したのです。

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        だまって分けよう
                      河野進牧師詩
   だまって分けよう
   富める人は貧しい人に
   すこやかな人は病める人に
   幸せな人は不幸な人に
   子供が主イエスに捧げた五つのパンが
   飢えた五千人を食べ飽かせたように
   よろこんで捧げるところに神の国がある
 


 イエス様のもとに愛の泉、尽きることのない愛の泉があります。いつもイエス様に全てをゆだねて愛あふれる日々を生きて行きましょう。

by minitayori | 2014-08-23 21:10 | Trackback | Comments(0)

川越の鐘楼

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 木曜日、次女夫婦の誘いを受け、前から行きたかった小江戸川越の町並みを見に行きました。近年にない暑さで、目の回る思いでしたが、その暑さのせいで人も少なく、気楽に見て回れました。3年前ほど西武駅で小江戸川越のポスターを見ていて、行きたいと思ったのですが、なかなか勇気が出ませんでしたが、車で連れて行ってくれるというので行ってきました。この写真は街のシンボルのような鐘楼、400年の歴史を持ち4本の杉の木の柱で支えているとか。今でも一日3度の時を知らせる鐘の音がなるそうです。

by minitayori | 2014-08-23 20:59 | Trackback | Comments(0)