熟し柿と小鳥

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 熟した渋柿をついばみにいろいろな鳥が来る。カラスもくるが下のほうの琵琶の木の実をもぎ取ってゆく。とりのなかににも、それなりに分けあう心があるようだ。
今日来た鳥は(昨年のケアハウスのことだが)、昨日より少し大きかった。背伸びをするように食べていた。下の枝にもたくさん柿があるのに。下の柿はまだ渋いと知っているのか、それとも高いところでは食べられない小鳥に残しておこうという、鳥仲間同士の愛なのか。人間にこのような心、この少しのものを分け合う心があったら、もっと平和な地球になるだろうに。

by minitayori | 2015-01-31 17:58 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ196」

「ミニタヨリ196」
 北海道には暴風雪がたびたび襲っているとニュースを聞く。自宅で抜けるような青い空を眺めるとき、いつも雪の中で苦労をしている仲間のことを思い、祈る。先日も一人暮らしの牧師から、「買い物に出るとき無事に帰れるように祈りつつ、車で出かける。車でなければ身動きできない」という連絡をいただいた。
 私も昔、11月の北海道を経験した。函館は雪氷で怖かった。札幌では雪の中で訪問した。池田教会(今はなくなった)では、何人かの同行者と一緒に教会堂の二階に泊めてもらった。ストーブを3つも付けてもらったが、寒くて眠られなかった。
 次は帯広に電車で行った。駅に降りて道がわからず、教えられて歩いた道が帯広の広い原野だった。耳が痛くなるような寒さだった。新しいきれいな教会で、芸術的な彫り物の聖壇が印象的だった。
最後の訪問地は釧路だった。帯広からのまっすぐな道が海に向かって走っていた。道が下り坂だったので海が目線より高く見えて恐怖を覚えたのを今でも覚えている。釧路は雪の中に静まりかえっていた。当時はカメラに興味がなかったのでその記録がないのが残念だ。今は亡き若い牧師が一生懸命訪問し、小さな教会を守り、集会を開いていた。当日は聖書研究会だったが、参加者は牧師と求道者一人。熱心に語る姿に、一人の人をも愛すイエス様の姿を見る思いだった。次の日は大雪になると言うので、早々に飛行機で帰京したが、厳しい所で働く伝道者の熱い思いを感じた。
 東京にいれば、黙っていても新しい人は来る。そして去り、いつの間にか忘れられる。地方の教会では新しい人が来るのは年間2,3人。だからその人が失望して二度と来なくなることのないように、教会員が一生懸命になり、牧師も一生懸命になる。
 地方の人が教会に来るのは、そこにある小さな教会に切実に求めるものがあると思うからだと思う。私のいた長野県の小さな教会もそうだった。祈り、待つ。そして数か月して来てくれた時は、教会員のみんなが、わが子が帰って来たように喜んで迎える。その温かさ、喜びに包まれて教会に足が向くようになる。全国の教会がその喜びと暖かさを持ってほしいと思っている。教会は維持するためにあるのではなくて、イエス様の愛の暖かさを伝える所なのだから。その心が満ちればきっと教会は成長すると思っている。
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by minitayori | 2015-01-31 17:44 | Trackback | Comments(0)

蝋梅の蕾

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 散歩をしていると、蝋梅の木があった。昨年はきれいに咲いていたので、こともと思ったが少し早すぎたかまだつぼみだった。「春はまだ先、もう少し待って!」と言っている。蝋梅の蕾と老人との会話。希望っていいね!と思った。もうすぐ春だ”

by minitayori | 2015-01-31 17:37 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2月1日(日) 顕現節第5主日 「家族をイエス様に委ねて」

2月1日(日) 顕現節第5主日 「家族をイエス様に委ねて」   
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マルコ1章29~39
1:29 すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。
1:30 シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。
1:31 イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。

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「礼拝に備えて」
 牧師になって、肉親の病気を知らされても見舞いにも行けないことはとても辛いことだった。多くの牧師が経験していることだろう。最近、二世の牧師の父親が亡くなられた。忙しい仕事についていた息子の牧師は、遠い所に暮らしていた父を見舞いに行くチャンスも少なかったのではなかろうか。
 私は父を神学校の5年の時に亡くした。その年の正月に帰った時には、みんなでおとそを飲み楽しくしていたのに、東京に帰ってしばらくして、父がすい臓がんで、胃にも転移して末期の状態だ、という連絡を受けた。当時は今と違ってガンの宣告は死の宣告だった。私は卒論の最中だったが、資料を持って家に帰った。家の忙しい仕事を手伝いながら、出来るだけ父のそばで過ごした。
 牧師になることを反対して、勘当までした父だったが、何も言わずベットの横に座った。丁度ラジオがあったのでスイッチを入れると、ルーテル・アワーの時間で、静かな讃美歌が流れ、牧師先生のお話が始まった。父が眠っていると思った私は、スイッチを切った。しかし、父は聞いていてそのままにしておくように言った。キリスト教のお話を聞いて、心が静かになったのだろうか。
 数日後、開腹手術をすることになり、私は医者に頼んで父の手術に立ち会わせてもらった。父のがんは膵臓だけではなくて胃やほかの所にも転移していて、医者は臓器を取り出し、こことここにがんがあるから取ることは無理だと宣言された。
 手術をしたことで安心したのか、家に帰った父はすき焼きを食べたいと言った。みんなで食卓を囲んだ。
数日家にいたが、私は、父が宣教師を招いて家で教会が始まりそこで自分がイエス様に出会ったこと、自分がやりたいこと、父のためにずっと祈っていることを伝えた。父は転移が広がり、再度入院。しかし、もう一度家に帰りたいという願いを聞き、兄は父を車に乗せて懐かしい街を回り、家に帰ってきた。
 二階の寝床に行く父を背負って、あまりの軽さに愕然とした。父は家で寝ている時、そばにいた私に「お前には何もしてやれなかったが、一つしてほしいことがある。お前から洗礼を受けたい。」その日は受苦日だった。町の教会の牧師の許可と介添えを受けて洗礼式を行った。次の日、父は再度入院、最後は教会の方々に献血をいただき、数日を過ごした。父は「十字架の血に♪」の讃美歌が好きだった。自分が沢山の会員の方の血によって生きていることを、イエス様の血によって生かされることとダブらせて考えたのか、「血ってありがたいなー」それが私の聞いた最後の言葉だった。
 数日後、父は病院で亡くなった。私は終わりの祈り、納棺式までさせていただき、後は母の希望通りに町のしきたりに沿って葬儀をした。
 牧師をしていてなかなか家に帰れなかったが、シモンのようにイエス様の御用をしている時にシモンの姑の病がいやされたように、神様が今も家族のために働いていてくださることをいつも感じていた。
「安心しなさい、わたしがいる。!」
このイエス様のお声を聞いて、肉親や友人の安否を神様にゆだねることの出来る幸いを感謝している。


    主よなぜですか
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                      水野源三さんの詩

      主よなぜですか 父につづいて
     母までもみ国へ召されたのですか
     涙があふれて主よ主よとただ呼ぶだけで
     つぎの言葉が出て来ません
     主よあなたも私と一緒に
     泣いてくださるのですか
 

by minitayori | 2015-01-31 17:29 | Trackback | Comments(0)

椿と雪

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 春を告げる椿の花が、今か今かとその時を待っている。暖かい日差しの中で蕾を見ていると「早く咲きたいな」という声が聞こえてくるようだった。しかし自然の厳しさ、東京は大雪になった。つぼみももうしばらく後にしよう、震えてしまった。

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 アパートの駐車場、よく降りました。

by minitayori | 2015-01-31 16:53 | Trackback | Comments(0)

渋柿と野鳥

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 冬は鳥のえさが少ない。ケアハウスの渋柿が熟して柔らかになると、小鳥たちが来て食べてゆく。先に大きな鳥が来て皮を破り、満腹すると、新たな小さな小鳥が来てその破かれたところから実を食べる。またその後に小さな小鳥が来る。一つの渋柿が小鳥たちの越冬を助ける。わたしたちも熟して、新しい時代への橋渡しをすることを望まれているのでしょうか。老いてなお神に用いられる人の幸い。2011年1月清瀬ケアハウスにて

by minitayori | 2015-01-24 22:06 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ195」

「ミニタヨリ195」
私の現在の住居は二階にあって、居間には西日が差すが、私の部屋(物置というべきかもしれない)には夏の間は朝日が少しあたるが、冬になると陽ざしに全く無縁になる。もう一年になるが、引越しの時の荷物がそのままになっていたり、本棚にはいくつかの全集が詰め込まれたままになっている。そんな中では寒さが余計に身にしみる。
 これだけは読み通したいと思って持ってきた本だが、今までその時間がなかった。今、時間ができて本を開いてみたが、紙が古くなっていたり、字が小さかったりで、本棚の飾りになっている。その中に一年がかりで買った、「目で見る聖書」という、当時は非常に高価だった全集がある。最後の海外旅行はエルサレムにしたいと思っていたが、今の状態ではとても望むことはできないので、部屋を片付けたら、最初に読もうと思っている。しかし昔の写真集なので、とても重い。本棚から取り出すのに一苦労。
 実は、3年ほど前に召された兄が尺八の大家で、私もその弟子だった。毎年お正月にはFM放送で新春の邦楽演奏会に出演していた。40年近く吹きこんだ愛用の尺八を、召される2日ほど前に、お前にやると、手渡してくれた。
 兄とはよく合奏をしたものだ。思い出の曲を練習してみたが、私の指では持ちきれない。親指で支えるのだが、その重さに耐えられなくて痛めてしまった。でも何とか、兄の音に近づきたいと、もう一度練習しなおそうと思っている。
 魂を吹き込むように大切に吹き続けた尺八が、あんな音かと言われたら、兄に申し訳ないので何とかいい音が出せるようにしたいと思っている。しかし、ここはアパート、楽器の音は出せない。ケアハウスにいた時は、音を小さくして練習したこともあり、時には近くのカラオケの部屋を借りて思い切り吹いてみたが、何とも雰囲気が合わなくて、一・二度でやめてしまった。
 今日は寒くて一日、冷たい風が吹いていた。部屋にいたら隙間風の音が尺八の音のように聞こえた。部屋のアルミサッシの建てつけが悪いのだろうが、私には尺八が呼んでいるように感じた。
キリエも作りたいが、なかなかその気になれない。目も見えなくなったし、指の力も体力もなくなっているので無理はできないが、自分の心をこめた一枚を残したいと思っている。先月、がん闘病中の敬愛する友人(ソプラノ歌手)が、命を注ぎ出すような熱唱をニューイヤーコンサートでされた。事情を知っているだけに、歌声を通して心が聞こえるようだった。私には及びもつかないが、その時に、わたしの祈りを込めたキリエの一枚を作りたいと強く思った。


上と下
e0191585_21561659.gif                       河野進先生詩
太陽の光は天上から下界をくまなく
雨は雲の上から大地深くしみ通り
川は山の上から大海まで立ちどまらず
木の根は土地から岩盤を突き破っても
筆は上から下へ幾百旅でも繰り返し
涙は目から下へ必ずこぼれ落ち
食物は口から下ならどこまでも
人間だけは無駄に戦い死んでも上に登ろうと

by minitayori | 2015-01-24 21:57 | Trackback | Comments(0)

朝日

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 昨年までいた清瀬ケアハウスの部屋から見た朝日。朝日だけでなく満月も見えました

by minitayori | 2015-01-24 21:34 | Trackback | Comments(0)

「礼拝に備えて」 1月27日 マルコ1:21~28

「礼拝に備えて」 1月27日 マルコ1:21~28
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一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」1:25 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。
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●「礼拝に備えて」 悲しみの中で主に出会う幸い
悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる。マタイ5:3.マルコによる福音書には記されていないが、イエス様の山上の説教として有名な個所です。
 しかし、ここで語られる幸いについて、違和感を覚える人は多いのではないだろうか。むしろ、イエス様は一般に考える幸いとは全く逆のことを言っているように感じるからだ。ルカにも同じ説教を微妙に違う表現で書いているが、最初に書かれた福音書といわれるマルコには記されていない。なぜだろうかと考える。
 マルコはイエス様の全生涯を通しての行い、人々か感じ取っている姿をとおして、神の子に出会うことの中に得られる「幸い」を告げているのではないだろうか。
 今週の日課の中に、会堂での出来事が記されている。会堂には聖書を学ぶ信仰熱心な人や聖書の学者や、その教えを実行していると自認している人々が集まっていた。イエス様はそのただ中に立って、聖書を通して神様の教えとみ旨を伝えた。
 しかし、多くの人々はその教えには「素晴らしい教え」と感心していたが、イエス様のお心、イエス様ご自身とは、真の意味では出会っていなかった。彼らの心にイエス様はナザレの大工の息子という偏見とさげすみがあったからではないだろうか。
 しかし、その中に、一人汚れた霊にとりつかれていた人がいた。彼は人々がまともな世界と思っているところでは、蔑まれていた人だった。汚れた霊に取りつかれた人、その人の外観はちょっと見ではわからなかったかもしれない。しかし、汚れた霊に取りつかれているという自覚、彼の言動の異常さは、人々をその交わりから遠ざけ、孤独と悲しみの中におとしめていたと思う。
 今でこそ、障害者の人々は障害を超えて、一人の人間としてその尊厳を大切にされるようになった。しかし、一昔前には、その障害者も家族も無言の内に差別を受けていた。その中で働く者も同様だった。障害者を兄弟に持つ私も、私の家族も経験したし、教会の働きの中でも、今でこそ徐々に変わってきたがまだまだその差別はどこかに感じる。
 見える障害を持つ人々は、それなりに配慮される。しかし、見えない障害者、ろう者や心の病を持っている人々は、今も同じように無意識的にかもしれないが、差別という辛さの中に生きている。
 会堂に入られたイエス様の教えを聞いて、人々はその権威ある教えに驚いた、と記されるが汚れた霊に取りつかれていた一人の人だけが、イエス様の教えの中に神様のみ旨を感じ取り、イエス様を神様の聖者だと叫んだ。差別に孤独な者、悲しんでいる者、その自分に注がれている神様の愛、それをイエス様の中に感じ取ったからだろう。
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 聖書を読む、とはその様なイエス様に出会うこと、神様のお心が自分に向けられていることを感じ取ることではないだろうか。 同じ場所にいた学者や聖職者たちは、イエス様を見たがその心に出会うことがなかったし、慰められることもなかった。
 汚れた霊を持ち、神に赦される必要を感じ取っていた人だけが、イエス様に出会った。それはあなたかもしれない。教会で神の子イエス様に出会い、歓喜の声を上げつつ家に帰り、喜びの一週間を繰り返す者でありたい。あなたをイエス様は待っておられる。

by minitayori | 2015-01-24 21:29 | Trackback | Comments(0)

雑草のような花のような?

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 今は家の近くには花は枯れかけたサザンカだけになってしまった。椿の実がつき始めたので間もなく春の花にお目にかかれるでしょう。リハビリにゆく道の途中に空き地があり、雑草が生い茂っているが、少し持ち主が手を入れたようで、竹の根元に雑草か花かわからないきれいな緑を見つけた。前にもあったようで、お久しぶり、という気持ちになりました。、

by minitayori | 2015-01-24 21:20 | Trackback | Comments(0)