青空に映える桜花

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 青空に美しきかな桜花。

by minitayori | 2016-03-26 21:05 | Trackback | Comments(0)

キリエ「復活」

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 イエス様を覆っていた白い布。十字架が終わりではなく新しい始めであることを象徴した。十字架の下のユリは復活の象徴。球根の間、暗黒の世界に住み、時が来ると命の芽を出し、美しい花を咲かせる。古代より復活の象徴と言われ、復活のシンボルとしても用いられている、そんな気持ちを込めた作品です。

by minitayori | 2016-03-26 20:59 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ244」

 「ミニタヨリ244」
 三寒四温と言いますが、その差が激しいと体力が弱っている人にはきついですね。私も喜寿を迎えて一ヶ月になるが、急に寒暖の差が身体にきつく感じ始めたような気がする。これも体が四季に素直に反応している証拠かなー、と良いように理解している。
 今日は五年生の孫が、先輩の卒業式のために正装をして出かけて行った。いつもはジーンズのようなズボンで走り回っているのに、スカートにストッキングをはいて帰ってきた姿を見て、いつの間にか大人になっていた、と改めてその成長を感じて嬉しかった。
 先日、知人がしみじみと言っていた。「親って厳しいですね。子供が成長して離れて行き、そして孫が成長して離れて行く、それを喜んで笑って送り出してふと気がつくと{いつの間にか自分が一人ぽっち!}。」わが身を振り返って、うなずくしかなかった。
 今日土曜日、好天に恵まれて久しぶりに散歩に出た。バスで二停留所ほど歩いて、いつもと違う道を歩いて帰ってきた。きれいな家が立ち並ぶ街並みを見て、裕福な町だなぁと思った。しかし、先日リハビリの帰りに送ってくれた方が、この辺は少し前まで畑ばかりでしたよ、と教えてくれた。
 確かに、ここ練馬区は都心に出るのには便利な所、いわゆるベッドタウンなのだ。立派な家もあれば、小さな同じ形の家が立ち並ぶ素敵な道もあった。大きな団地も通り抜けた。秋にはイチョウの木が黄色に輝いていた道には、今桜が7分咲きの一番美しい時だった。
 自分の周りだけ見ていると何もないように見えるが、少し足をのばしてみると、目を楽しませ、心を楽しませてくれるものが沢山あることを知り、嬉しかった。家に帰りついて目を挙げると真っ青な空、雲が出れば夕日に輝いて美しい。夜には毎日形を変える月、満月もよく見える。
 下ばかり見て歩かないで周りを見回して、自分に与えられている楽しい世界に感謝できる日々にしなければと改めて思った。♪上を向いて、あるこうよ。涙がこぼれないように!♪ 若いころ盛んに聞こえてきた歌、私もよく口ずさんだ坂本九さんの歌を思い出した。
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by minitayori | 2016-03-26 20:50 | Trackback | Comments(0)

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 7分咲きの桜、受難節の間、黒い大木が寒々と感じた。しかし、受難週に入ると赤い小さな蕾が、イエス様の頭にかぶせられた茨に傷つけられた流れる血のしずくのように見える。そして、イースターには喜びあふれて開花する。落花の後には、希望の若芽の緑が彩る。わたしはこの桜を復活の象徴のように思える。

by minitayori | 2016-03-26 20:45 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 3月27日 復活主日 ルカ24章1~12

 3月27日 復活主日 ルカによる福音書24章1~12
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24:1 そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。:2 見ると、石が墓のわきに転がしてあり、:3 中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。
24:4 そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。
24:5 婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。:6 あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。:7 人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」:8 そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。
24:9 そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。
24:10 それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。 24:12 しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。

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 「礼拝に備えて」
 イエス様から何度も「復活」について語られていたのに、墓に来た婦人たちは、空になった墓、イエス様の遺体に巻かれていた白い布を見ても、イエス様の復活を信じられませんでした。「輝く衣を着た二人の人がそばに現れて二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。」
 イエス様が死者の中にいると思ったのは、この婦人たちの経験と理解によるものでした。信仰とはイエス様のお言葉を信じる事、自分の思いではなく、神様のみ心にゆだねることにあります。聖書の中には、自分の子供の病に苦しんでいた父親が、イエス様の助けを求めた。イエス様のお言葉をいただいたが、実際に癒しを見ないでイエス様のお言葉を信じて歩み始めた時に、そこに奇跡、娘の病気がいやされるという神様の愛と憐みのお力を見た、と記されています。
 昔、手話の学びの時に、「祈りましょう!」という歌を手話で教えました。その手話は、祈り+言う+行う、と訳しました。祈りとは、神様にお願いし、語りかけることですが、私たちの側では、祈った事を神様が一番良い方で答えてくださる事を信じて、歩み始めることです、と教えました。
 自分の理解を超えているからと言って疑い迷うのではなく、委ねて生きる者に神様は一番良い方法で答えてくださる方である事を信じて、前に向かって歩み始める事が大切ということです。
 神様のなさる事は不可思議なことが多いです。しかし、神様は必ず私達に一番良い事をしてくださる、そう信じて前に向かって歩いていきたいですね。婦人たちは、別の個所では天使の言葉、「イエス様は先にガリラヤに行っている。その事を弟子たちに伝えなさい」と言う言葉を信じて、弟子達に復活の事とイエス様のお約束を伝えました。しかし、弟子たちは信じようとしませんでした。聞く耳を持たなかった、婦人たちのたわごとと思っていたのです。
 現代でも同じ経験を私達は繰り返しています。でも、最後に言えることは、「神様のなさることは時に適って、みな素晴らしい」と信じて、喜びを持って前に進むことだけではないでしょうか。

by minitayori | 2016-03-26 20:34 | Trackback | Comments(0)

シンピジウム

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 昨年は咲かなかったシンピジウムが、今年はきれいに咲きました。あきらめて捨てなくてよかった。咲くに時あり!ですね。

by minitayori | 2016-03-26 20:22 | Trackback | Comments(0)

水仙

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 土の中に深く眠り。春の到来と共に目を覚まし、イエス様の受難を悲しむようにそっと咲いて見守っている水仙。花言葉は「わたしは美しい」

by minitayori | 2016-03-19 21:54 | Trackback | Comments(0)

ゲッセマネの祈り

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                                                          キリエ 小嶋
 22:40 いつもの場所に来ると、イエスは弟子たちに、「誘惑に陥らないように祈りなさい」と言われた。
22:41 そして自分は、石を投げて届くほどの所に離れ、ひざまずいてこう祈られた。
22:42 「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
22:43 すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。

by minitayori | 2016-03-19 21:48 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ243」

 「ミニタヨリ243」
 パソコンの調子が悪くなった。ウィンドーズ7を10に切り替えたら、使いかっては良いのだが、メールは見られなくなるし、ハードディスクは使えなくなるし、四苦八苦。
やっと元に戻したのだが、今度は買ったばかりのプリンターが故障してしまった。満身創痍、今の自分みたいだなーと、使いたくないブラックジョークで気晴らしをしている。新しい物についていけなくなってきているようで、自分の身の程を理解するよい機会になった。
目も見えにくくなり、文章にも間違いが多く、字も打ち間違い、変換間違いが多くなり、校正はもっぱら妻の仕事になった。やめたいと思うと、必ず誰かから手紙が来て、朝仕事に行く前にブログを読んで祈り、仕事に出かけます、などと励ましていただく。
改めて、これは私に託された、小さな、しかし大きな神様からの贈り物。喜んで続けようと思い直している。昔の事だが、ろう者伝道担当牧師として働きを始めた頃、言葉の手話訳に悩み、自分の信仰の弱さや、知識の足りなさに悩むことが多かった。ある集会に行った時、わたしが元気なく見えたのか、いつもにこにこしている中年の婦人が、手話で何か言い始めた。まだ読み取りが不十分であった私が一生懸命見ていると、「先生頑張れ!イエス様が一緒。イエス様にお任せして・・。大丈夫!」と何度も言っているのであった。
私は大切なことを忘れていたのだ。「私は神様に委ねられた働きをしている、神様がいつも見ていてくれて、委ねた働きを完成するように、いつも一緒にいて助けてくださる。」私の顔色が変わり、笑顔になったのを見て、その人も笑顔になった。私は人生の節目節目に、神様の存在を信徒の方々を通して感じ、教えられて今日に至った。その事が今も続いていることを感じる。
私のしていることは小さな働き。でも神様が共に居てくださるから、きっと大切な働きとして皆さんに届いていると信じて、与えられた道を前向きに歩いていきたいと思う。励ましのお葉書ありがとう。
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by minitayori | 2016-03-19 21:35 | Trackback | Comments(0)

こぶしの花

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 こぶしの花が近くの光が丘公園に咲いていた。病院の帰りにバスで降りたところが、光が丘。その近くに咲いていた。そこからまた見にバスに乗って帰るのだが、結構違う風景を見て楽しい。いつもは地下鉄で往復するのだが、この日は近くで人身事故があったとかで不通になっていた。東京では何かあると、網の目のように張り巡らした路線が全部マヒしてしまう。便利なようで、もろいところがあるのですね、

by minitayori | 2016-03-19 21:28 | Trackback | Comments(0)