青空に輝くクレマチス

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 クレマチスの季節は終わったと思っていたら、病院の帰りに近くのアパートの生垣にクレマチスの小さな花が咲いていた。10センチくらいの小さなだが、屋根まで伸びて青空の中に輝いていrた。教会の塔の十字架のようだった。

by minitayori | 2016-05-28 17:35 | Trackback | Comments(0)

ミニタヨリ523

「ミニタヨリ523」
 「曇りのち雨、所によっては晴れることもあるでしょう。」昔よく聞いた天気予報のことばだが、「本当はどちら?」と問いつつ、これじゃ絶対当たるよなーと思ったものです。しかし、最近は東京のどの辺で、何時から何時ころまで雨、と言う詳細な予報がされるようになってきました。それがよく当たるからびっくりしてしまう。
 それでも、逆らうような形で自分の勘では午後は晴れると思って出て行って、雨に降られて、自分の勘は当たらなくなった、と雨に打たれながらしょんぼり帰ってくることもあります。最近はテレビの予報を信じるようになりました。
 テレビと言えば、最近コマーシャルが多いと感じます。しかも長い。またきれいになって本番の番組との区別がつきにくくなり、戸惑うこともあります。変なコマーシャルは音を切ったり小さくしていますが、これ高齢者対策かな、聞こえにくくなった人にせめてコマーシャルでも聞いてほしいと思っているのかな、なんてひがんでしまうこともあります。考えてみれば、頻繁に挿入されるコマーシャルは、トイレタイムのための配慮かもしれないと思ったりします。
何事も善意に解釈すれば、世の中平和になります。「良い事探し」と言うお話を聞いたことがあります。瞬きの詩人と言われた水野源三さんの兄弟の話だったと思いますが、寝たきりになっている源三さんに、毎日一日の出来事を話してあげるのですが、学校であった出来事、外で遊んだいろいろな出来事から、楽しかったことだけを報告する、源三さんの瞳が嬉しそうに微笑む、それがまた兄弟たちにとって一日の喜びだったそうです。 私達は神様の愛の中に守られています。神様のお心は時には私達のあしき思いをたしなめることもあります。そのことも含めて、その裏側に隠されている美しい事、楽しい事を探し出して、喜んで、感謝して生きていきたいですね。
 老いを感じ始めてから、人の親切を身にしみて感じます。すれ違う人の目に浮かぶ微笑みに暖かさを感じます。エレベーターやスーパーで、たまに出会う幼子の笑顔に童心に戻れるうれしさを感じます。先日も近くのスーパーに買い物に行った時、ふと視線を感じて振り返ったら、若いお母さんに抱かれた男の幼子がにこにこ笑いながら手を出していました。お母さんに触ってもいいですか?と赦しを請い、ハイタッチをしてきました。とても喜ぶ幼子を見て、お母さんに「ありがとうございました。」と言われてしまいました。「こちらこそ、幸せなひと時をいただきました。ありがとう!」笑みがこぼれました。 「雨のち曇り、時々晴れ!」

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by minitayori | 2016-05-28 17:30 | Trackback | Comments(0)

ごくだみの花

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 先日、教会の帰りにビルの下の小さな花壇にどくだみの花が咲いていた。臭いと嫌われているが、私は少年の時にこのどくだみに随分助けられた。傷の絶えないわたしに、母はいつもこのどくだみをすりつぶして貼ってくれた。昔をしのびつつ見ていたら、その花がイエス様の十字架に見えてきた。しかし、その隣にもう一つ5枚の花弁をつけたどくだみを見つけた。たくさんの中の一つだが堂々と咲いていた。

by minitayori | 2016-05-28 17:22 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 5月29日 ルカによる福音書6章27~36節

5月29日 聖霊降臨後第2主日  ルカによる福音書6章27~36節
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 ◆敵を愛しなさい
6:27 「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。:28 悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。:29 あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。
6:30 求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。:31 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。
6:35 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。 6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

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「礼拝に備えて」
G7が伊勢志摩の賢島で行われてました。世界の先進国と言われる国の首脳が集まって、世界経済や様々なことについて話し合うということですが、政治の世界、各国の思惑があるだろうから、どのような成果が上げられるか、わからないながらも関心を持って見ていました。
その中で今一番の話題になっているのは、原爆を投下した国、アメリカの大統領が広島の被爆地を訪れたということです。オバマ大統領が核兵器のない世界を望んでいる一人の人間として、被爆の悲惨さをどのように見、核廃絶に向けてどのように進まれるか、非常に興味があります。
敵味方として戦い、多くの犠牲者を出した両国が、恩讐を超えて世界平和のために手を携えることができることを祈りたい、その様な願いを持つ人々が多い中で、現実には戦争やむなしと軍備を増強している昨今の世界の中で、一番必要なことは何なのでしょうか。
今日の聖書では「6:35 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」
とイエス様は教えられました。
 このみ言を思いつつ、昨日のオバマ大統領の広島での演説を聞かせてもらいました。気負いもてらいもなく、黙祷し、広島・長崎の原爆の悲惨さを語り、核のない世界の実現への思いを語る大統領の目が、うるんでいるように見えました。被爆者とハグする日米両国の二人の姿が胸にしみました。
「しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。6:36 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」
 自国の人々の、厳しい批判と反対もある中で訪問を決断された大統領と、被爆者との愛と赦しの姿が、神の願いでもあるこれからの世界平和の礎となることを切に願いました。広島の人々の成熟した心に、またオバマ大統領の真摯な姿に感動しました。平和の願う人々と共に神はおられる。祝福あれ!

by minitayori | 2016-05-28 17:13 | Trackback | Comments(0)

ゴデチア


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 裏のベランダの下に、まさに足もとに咲いていた花。いつもは今日の天気は?と上ばかり見ていたのだが、すぐ足もとに、きれいに咲いていた。「わたしが咲いているよ!」とささやく声が聞こえた。

by minitayori | 2016-05-28 17:03 | Trackback | Comments(0)

タンポポ

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 家の前の駐車場の隅に、きれいなたんぽぽ見つけた。黄色い花かだと思っていたら、いつの間にか丸いふわふわになっていた。これから風に吹かれて飛んでゆくのですね。新しい命を抱えて。花の一生、身軽くなって新しい命を生み出す。荷物に囲まれている自分の姿が恥ずかしく感じました。

by minitayori | 2016-05-21 21:56 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ252」

 「ミニタヨリ252」
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 土曜日の結婚式が無事終わって、帰りの京急線で事故があり、電車が遅れた。品川で山手線を待っていたら、東京駅で車内で倒れた人がいるので応急処置をしています、というアナウンスがあり、品川のホームは人であふれていました。内回りでも外回りでも、どちらでも良いから少しでも空いている方にと、やっときた電車に無理やり乗りました。どちらでも乗っていればやがては池袋につくだろうと、やっと一つ空いた席に座って帰りました。リハーサルのために早朝から出かけたので、座ってから眠気と闘いながらの山手線、結局は行きと帰りで一周してしまいました。
 月曜日の夕刻、震度3の地震があり、肝を冷やしました。私の書斎には処分を免れた本が二つの本棚に入っています。また、額に入ったキリエの作品が、本棚の上に天井まで一杯に積まれています。揺れている間、動く額を両手で押さえていました。後で考えて危ないことをしたと思いました。
 次の日は疲れている体に鞭打って、本棚の上の額を下におろしたのですが、その額を置く場所を作るのにまた一苦労。熊本で大地震にあった方が、後片付けにご苦労していることを思い、こんなことで弱音を吐いてはいけないと思いつつ、一日かけて額を床におろしました。
 そろそろ本もキリエの額も、処分しなければならない時期に来ていることを痛感しました。自分でできるうちに、有効に処分できるよう考えようと思いつつ、今の時を過ごしています。神学生の時古本屋を回って買いあさった古い本は、色あせて私の眼には見えなくなりました。
 今までの働きの中でいろいろ支えてもらった本、祈りつつ作ったキリエ。もう一度日の目を見せてあげたいと思うが、もう無理であることを悟らなければならない自分です。今がその時だよと言い聞かせています。「全てに時あり」そして「今こそ恵みの時」。そのみ言葉が心の中で励ましていてくれます。

by minitayori | 2016-05-21 21:47 | Trackback | Comments(0)

アジサイ

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 先週蕾だったアジサイの花が待ちかねたようにきれいな花を咲かッせていた。梅雨の雨にぬれたアジサイもきれいだが、太陽の光に輝く花の色もきれいだった。花!っていいですね。素直で。

by minitayori | 2016-05-21 21:37 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 5月22日  ヨハネ16章12~15節

 5月22日 三位一体主日 ヨハネによる福音書16章12~15節
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16:12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。:13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。
16:14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。:15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

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 「礼拝に備えて」
 次の日曜日は教会の暦では「三位一体主日」になります。「創造主である父なる神」「贖い主であるイエス・キリスト」そして「真理の霊」です。聖書の中では、旧約聖書に置いても「霊」についてしばしば語られています。「霊」はイスラエルの民を導く方であり、指導者に力と知恵を与え、歩むべき道を示す方として示されています。今日の聖書では、イエス様が送ってくださる「霊」の働きについて記されています。それは「あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。また、これから起こることをあなたがたに告げる。その方はわたしに栄光を与える。」 この三位一体と言う言葉は、日本でも政治家がしばしば使う事がありますが、どうもその意味を正しくは理解していないのではないかと思うのです。三位一体について説明することはなかなか難しいのですが、私やあなたに対する神様の愛のお働きを具体的にこのような働き(創造主=父・贖い主=御子イエス様・助け主=聖霊)を伝えるための説明の言葉と思うのです。
私は手話をしますので、細かい事が気になります。そのことから内容が分かってくることもしばしばあります。真理の御霊、と呼ばれていますが、ここで示される「~の~」と言う言葉がいつも気になります。日本語では漠然としていますが、実は非常に深い意味をもっているのです。 英語の辞書には、この短い言葉に一ページを割いて説明しています。その中で目に留まったのは、方向を表している、との説明でした。~への、~に向かわせる、などの意味があります。これを(真理への助け主)と言う言葉に当てはめると、聖霊とは、私達を真理に向かわせる助け主、真理に導く助け主と訳すことができます。
 そこで問題になるのですが、『真理とは?』と言うピラトの問いです。私達も同じように問い続けなければなりません。イエス様は言われました。「わたしは道であり、真理であり、命である」と。聖霊とはイエス様に向かわせる助け主、イエス様を通して示される神様のお心を理解させてくれる助け主。私達が神様への道を踏み外さないように、共にいて助けてくださる方、と理解できます。
 勿論不十分な説明であることは承知していますが、信仰の旅路にこのような同伴者がいてくださることを感謝したいと思います。

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by minitayori | 2016-05-21 20:31 | Trackback | Comments(0)

スイセンソウとマツバキク

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アパートの入口にマツバキクが咲いていたが、仲間に入れてくれとばかりにスイセン草の花が咲き始めた。何か草の塊に見えたが、何かわからなかった。わたしにはわからなくても花は自分の花を咲かせている、この花にしか咲かせない花があり、自分らしい花を一生懸命咲かせている、その姿が美しい。

 

by minitayori | 2016-05-21 20:12 | Trackback | Comments(0)