松の緑と共生するノウゼンカズラ

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 裏庭の松の緑と共生するノウゼンカズラの花。明日来るかもしれない嵐に備えるように木に絡みついている。しかし、今度の嵐は手ごわいぞ! 今日が最後になっても、がんばって美しく咲いている。時が短いからこそ、今日という日を懸命に生きる花だからこそ、美しく、心打つのでしょうか!

by minitayori | 2016-08-27 18:15 | Trackback | Comments(0)

みにたより266

「ミニタヨリ266」

 裏庭のノウゼンカズラの花が、最後の花を咲かせていました。雨と風に散ってしまい、今年は少し早目に終わりそうです。それでも今、台風10号が来る前の、つかの間の晴天の光に照らされて、懸命に、輝いて咲いていました。明日か明後日には、戻り台風の雨風が強くなります。それでも輝いている花は美しいです。
 昨日の夕方、整形外科でリハビリを受けました。水曜日に通っている、施設でのリハビリで、頑張りすぎて疲れが残っていたので、病院でウオターベット(水流で全身をもみほぐすベット)で、日曜に備えて疲れを取ってもらいました。その時は気持ちがよいのですが、後でモミ返しが来てしまいます。なかなか思うようにいかないものですね。
 また、台風10号が、西の方から勢力を強くして戻ってきます。関東や東北、北海道が進路になっているとかで、心配しています。やはり、北海道では玉ねぎやジャガイモなどの被害が甚大とのこと。一年間の、農家の方々の努力が無駄になってしまい、気の毒です。
 海外でも大きな地震があり、イタリアやミャンマーでは甚大な被害が出ているというニュースが流れています。災害にあった人々の、悲しみが伝わってくるニュースに心が痛みます。4年後の東京オリンピックが無事に終わってほしい、ここ近年中に関東に地震が来るとの予報が外れて欲しい、と願うばかりです。
 そんな時に、ある中小企業の、新しい試みが報道されていました。雨水をろ過して水道水のようにすることができる、というのです。大雨で被害ばかりが目立つ雨水を、飲み水に変えて保管できたら、災害の時に大いに助かります。人の英知が、このように人の命を救うために用いられることが、どんなに素晴らしい事か改めて感じました。 争いや戦争のために、人の英知が用いられることは悲しい事です。原子力を発見した人が、それが人殺しのために用いられたことを知って、「自分の人生は灰であった」と、嘆いたと聞きました。人の力や知恵は、人を助けるために用いられてこそ、本当の尊さを持つものではないでしょうか。
 政治家や科学者だけではなく、私達も小さな力であるかもしれませんが、日々が誰かの役に立つように、心がけて生きたいものです。何もできません?力がない?そうでしょうか。小さなねじ一つでも機械を動かす欠かせない部品になります。世界の平和のために、あなたの小さな祈りを神様は用いてくださいます。
e0191585_1804835.jpg弱くても、小さくても、枯れて落ちる寸前であっても、今日と言う日を無駄にしないように生きていきましょう。神様は、あなたの「今日」を大切な時として預けてくださっているのですから。
散ってもなお美しノウゼンカズラの花弁


  
 


by minitayori | 2016-08-27 18:06 | Trackback | Comments(0)

キリエ「洗足」

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 キリエ{洗足}ヨハネ13章 最後の晩餐での出来事
  さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。
イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。 それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。

by minitayori | 2016-08-27 17:53 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 8月28日  ルカ福音書14章7~14節

8月28日 聖霊降臨後第15主日 ルカによる福音書14章7~14節
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14:7 イエスは、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話された。
14:8 「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、:9 あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。
14:10 招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。
14:11 だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」
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「礼拝に備えて」
 「報いを求めず 人に与えよ!」、教団讃美歌536番の歌詞です。50余年前、聖書学院に入った時に聖歌隊を作り、四重唱で仲間と教会を回って奉仕した時に歌った歌です。今は、ほとんど声が出なくなってしまいましたが、これでも少年の時にはボーイソプラノで歌い、青年ではテナーを受け持って歌っていました。
 この歌詞は伝道の書(現在のコレヘトの言葉)11章1節をヒントに作られたと言われています。作詞したのは、1868年ニューイングランドで最初の婦人牧師となった人で、奉仕事業に貢献しつつ、著述家としても活躍し、また、多くの書物を書き、詩集も発表したと言われます。この方の思いを凝縮したように、無償の愛と奉仕の働きに専念しつつ待つべきことを歌った歌で、日本では明治以降に紹介されましたが、あまり教会の礼拝などでは歌われることがなく、少数の人に愛好されてきた歌です。
 聖書学院に在籍したのは21歳の時でした。聖書の勉強と共に、神様と人に奉仕することを、身を持って体験させていただきました。開拓伝道、ビラ配り、天幕伝道での証などなど。初期の宣教師や、先輩の神学生や牧師先生たちが率先して働く姿に、心打たれつつ、伝道する者としての熱意を鍛えられてきました。
 この讃美歌の心であり、牧師の生き方、無償の奉仕と愛の姿は、多くの人の心を打ち、その熱意と愛に、人に仕えるイエス様の姿を重ね合わせて、今に生きるイエス様に出会う人が多かったと言われます。私達はその様に教えられ、イエス様のように人に仕えることの大切さを心に持って、牧師への道を進み始めました。
 今日の日課の聖書では、イエス様の時代の聖職者・指導者の状況が語られています。彼らは自分の地位を利用して、人の上に君臨しようとしていました。神に選ばれた貴さではなく、富と地位、人にもてはやされることの心地よさに負けていたのです。イエス様の弟子たる者は、人に真心と誠実さと愛を、無償で与えるものでなければならない、そのことを今弟子たちに教えておられるのです。
 その教えは、時代を超えて今の教会、牧師、信徒たちへの教えでもあるのです。イエス様は何の報いも求めずに私達を愛し、その魂の救いのために命をかけてくださいました。そのイエス様の願いを心に留めて、生きるものでありたいと思います。
神はその独り子を与えてくださったほどに、あなたをそして私を、この世界のすべての人を愛してくださいました。その愛こそあなたの宝、私の宝なのですから。


by minitayori | 2016-08-27 17:46 | Trackback | Comments(0)

ノウゼンカズラ1

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 アパートの裏庭に立派な松の木があり、大家さんが手入れしてくれている。きれいな松の木に絡まって花が咲いている。「ノウゼンカズラ」別名をカンプシス(ギリシャ語)と言われる。おしべが「曲がっている」こという言葉だそうです。確かにきれいな花だが他の木に頼り、つるでしがみつくようにして成長している。おしべは曲がっているが、花はまっすぐに一生懸命咲いている。

by minitayori | 2016-08-27 17:40 | Trackback | Comments(0)

百日紅と雲

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 近くの病院へ行っての帰り道、見事な青空と白い雲に見とれていた。自然のなす造形の美しさ、と言うのでしょうか。首が痛くなって下を見ると百日紅の花が咲いていた。まだ咲き始めのようだが太陽の光をいっぱい浴びて、喜んでいるようだった。猛暑になった日の午前でした。

by minitayori | 2016-08-20 22:27 | Trackback | Comments(0)

「みにたより265」

 「みにたより265」
 台風一過のすがすがしい朝が来たが、家の外は猛暑だった。しかし、空の青さと悠然と浮かぶ白い雲には、厳しさと穏やかさを感じました。しかし、それは一日だけで今日は、また台風の影響で、朝から雨が降り出した。今週はほとんど曇りのマーク、東京にも昨晩は短時間集中豪雨の警報が出たというが、地下鉄の多い東京の事、どうなるだろうかと心配になりました。
 今年の台風は、なぜかいつもと違うコースを通っています。そのために、東北や北海道に多大な被害が出ています。広大な北海道が雨によって冠水するなど思いもかけなかったが、テレビでは、北海道の都市部の冠水、河川の氾濫、田畑の冠水の状況が報じられています。
 以前、教会で「北海道のジャガイモ・男爵」を、北海道地区の教会への、協力の意味で販売したものですが、今年はどうだろう。味の良いジャガイモに、冠水による影響がなければよいのですが。このように、次々に災害が起きると、一つの災害の解決ができないうちに、人々の心が、次の災害に移ってしまう恐れが出てきます。福島の復興も、熊本の復興もまだまだ。仮設住宅で生活できればよい方で、熊本ではまだ千人を超える人々が避難所生活を送り、わずかな人にしか仮設住宅が届いていないという。また仮設住宅ができても、生活圏から離れているので、入居をためらっている人がいると聞きました。
 車でしか買い物ができない不便さは、若い時には苦にならないが、高齢者や病弱の人にとっては、生死の問題にかかわることです。長年の現役生活では、だいたい便利な所に牧師館があり、近くにコンビニもあり、夜中でも食事などの買い物に行けました。ケアハウスに入ってしばらくは、近くにコンビニがないという事の不便さを感じていたものです。
 でも、バスが頻繁に通っていたので、足腰の丈夫な時には特に不便を感じなかったし、経済的にもコンビニなどない方がよかったのかもしれません。今東京の片隅にアパートを借りていますが、コンビニは近くに数ヶ所もあり、小さなスーパーがあり、薬局があり、個人経営の病院がいくつかあり、とても便利です。しかし私達の健康のためには、総合病院が必要なので、バスに乗り継ぎ、電車を乗り継いで、まだ通っています。
 今の健康を維持するために、送迎付きのリハビリに通うようになったのですが、一週に一度の運動、身体を動かすことの喜びを与えられています。
自分の幸いを思いつつ、改めて、被災地の方々、福島や熊本の方々の復興がなりますようにと切に願っています。また、台風の被害が少しでも少なく、この時期を過ごせるように祈りたいと思います。
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by minitayori | 2016-08-20 22:18 | Trackback | Comments(0)

一輪の松葉菊

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 いつもは群れて咲いている松葉菊が、一階の床下に寂しそうに一輪だけ咲いていた。床下だから太陽の光にさらされないで残れたのかもしれない。しかし、そんな床下にいたらだれも見てくれないのに、と思いつつ寂しくも一生懸命咲いていた花がいじらしくなった。最後まで頑張った君は「金メダル!」よ、誉めたら嬉しそうに風に揺れていた。

by minitayori | 2016-08-20 22:10 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 8月21日 ルカ福音書13章22~30節

 8月21日 聖霊降臨後第14主日 ルカによる福音書13章22~30節
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13:22 イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。
13:23 すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。 13:24 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。

13:28 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。
13:29 そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。
13:30 そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」

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「礼拝に備えて」
 人の人生で、これでいいと思ったら、その人の成長は終わる、少年の時によく言われました。職人であった父の口癖であったのです。今リオのオリンピックが開催されて、いろいろな競技が行われています。皆、両親、家族の熱い思いを受けつつ、精一杯準備をして、精一杯の力を出して戦っています。
 みな同じように精一杯の競技をしているのに、メダルを取ったかどうか、その色が何色かで社会の目が、またマスコミの取り扱いが、全く違うのがかわいそうな気がします。肩を落として帰ってくる人にこそ、温かい声援を送って迎えてあげたいものです。
 今世間ではスマップの解散で、悲しんでいる人が沢山いると報じられています。私は、彼らの歌についてはあまり知らないが、ある人から、「彼らの歌った{世界に一だけの花}と言う歌を、会社の忘年会で歌いたいから、ぜひ手話に訳して欲しい」と頼まれて、まず自分が歌えなければ手話にできないと、CDを買ってきて一生懸命覚えようとしました。なかなかいい歌でした。 その中で「一番にならなくていい。世界でただ一つの花!」と言う言葉に心打たれました。その歌を手話で歌いたいと希望した人は、なかなか社会になじめない、心に病を持っている方でしたが、その方が一生懸命歌を覚え、やっと掴んだ非正規雇用の会社の忘年会で、この歌を手話で歌いたい、といった気持がわかり、私も一生県命になって、美しく、わかりやすい手話で歌えるように訳し、一緒に練習しました。教会でも披露してくれましたが、彼女の歌っている姿は本当に美しく見えました。人はそれぞれ違う花を持っている。力も才能も違っていますが、その力を精一杯出し切って生きる姿が美しい。オリンピックを見ていて、昔の彼女の姿を思い出しました。彼らは歯を食いしばって、自分の持てる力を出し切ろうと努力してきました。勝って喜ぶ人、負けて悔し涙を流す人、それぞれが与えられた時を精一杯生きてきたから、笑顔も涙も美しいと思えるのです。
 引退して散歩に出るようになり、野の草花に目を向けるようになりました。人にもてはやされる花も、道の脇でひそかに咲いている花も、自分だけに与えられた花を咲かせようと一生懸命であるからこそ美しいと思えるのです。「自分だけに与えられた道がある。選んだ道は自分で切り開け!その道だけが自分を生かしてくれる道。その道がどんなに狭く思えても、茨に満ちた道でも、その道の先にこそ、おまえだけの美しく咲く自分があるのだから。」
 片道切符で家を出された自分の若い時を思い出しました。厳しいが愛の勘当をしてくれた父の優しさに、ふと懐かしさを覚えました。狭い道、茨に満ちた道だったが、イエス様が共にいて助けてくださったから・・・。

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by minitayori | 2016-08-20 22:02 | Trackback | Comments(0)

ベチュニア

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アパートの前にある小さな花壇に咲いていた花。雨にぬれるとしょんぼりとしてしまうが、晴れると誇らしげに花を開く。何ともいじらしい花です。

by minitayori | 2016-08-20 21:50 | Trackback | Comments(0)