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 25日降誕日礼拝の前の教会。聖壇に十字架が輝いて見える。この静かな中で十字架を感謝しつつ見ることこそ礼拝ではないだろうか。「あなたのためにわたしは愛する御子を十字架に付けた。」神様の声が静かに耳に聞こえてきた

by minitayori | 2016-12-31 17:36 | Trackback | Comments(0)

「みにたより284」

 「みにたより284」
  新年、おめでとうございます。2017年という年をどのように生きようとお思いでしょうか。年頭の決意が豊かに成長し、実り多いものとなるように、心から祈ります。
 ある本の序文に、「神は等しく万人に、24時間と言う時間を与えられた。富める者にも貧しき者にも。しかし、過ぎ去った昨日の24時間は、再び手にすることはできない。明日の24時間はまだ手にできない。今手にしている今日の24時間をいかに有効に使うか。人生はその収支決算報告書である」と書かれていました。
 確かに、万人に等しく24時間が与えられていると言うことは事実です。ブラジルの大統領も日本の首相も、そして、あなたもわたしも同じです。互いの国の時差はあるものの、一日24時間には変わりありません。その24時間をどう過ごすかが問題なのです。
 自分の過去の一年を考えると、何も仕事はないはずなのに、忙しい忙しいと言いながら、あっという間に過ぎ去ってしまった、という反省ばかりしています。そう言えば、「忙しい」と言う字は、「心が亡くなる」と書きます。大切な24時間を過ごすにあたって、いらだったり落ち込んだりして24時間を終わらせたくない、とつくづく思います。
 わたしたちは、忙しい忙しいと言うことが、何か仕事を一生懸命していることのように感じることがないでしょうか。残り少ない年月を思いながら、冒頭の引用の中にある「人生はその収支決算報告書である」と言う言葉を思い出して、ぎくっとさせられてしまいました。
 人生の収支決算報告書は、神に提出します。与えられた24時間と一回限りの人生を、若者も高齢者も自分の満足のためではなく、神に喜ばれ、人に役立つものとして過ごしたいものだと思います。その時、神の国で語られるあなたへの言葉は「忠実な僕よ、よくやった!」という、おほめの言葉となるでしょう。
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by minitayori | 2016-12-31 17:30 | Trackback | Comments(0)

教会讃美歌49番について

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教会讃美歌四九番について
 お正月の讃美歌として有名な教会讃美歌49番は、熊本教会/小岩教会の牧師として活躍された江口先生の作詞されたものです。その秘話について、自伝の中に記されていたので、紹介させていただきます。

 1973年の末、10年近い歳月をかけたルーテル教会の新しい讃美歌集編纂の仕事も殆んど終りかけていた。全体を見直す段階で新年の歌を入れてはとの話が出た。新年を迎える気持ちは日本人とヨーロッパの人々とは余程異なり、ヨーロッパの讃美歌集には新年の歌は見かけない。新しい日本の讃美歌集だから新年の歌を入れようということになり、私が作詞するようにとのことになった。
 新年の気持ちを素直に詩の形で表現しようと思った。そして一節の「なきものをあるがごとくに呼び給う神」という神への呼びかけが心に浮かんだとき、詩のこころは決まったように思った。「無きものを有るものの如く呼び給う神」(ロマ書4・17)、このアブラハムの信仰を讃えた聖書の個所は常に私の信仰の出発点であり、到達点であった。2節について言えぱ、当時私は五十代の後半で、なほ未解決の問題を多く抱えて生きていた。この2節はその頃の自然な思い、あるいは祈りのようなものであった。
「過ぎ去った日々の悲しみ/さまざまなうれいはすべて/キリストにゆだねまつつて/み恵みがあふれるような/生きかたを今年はしよう」4節まで出来てみると、それは自然と自分の信仰告白になっていた。そんな立派な生き方をしていたとか、しているとか言うのではなく、生きたいと思っているのである。今はその頃より、一層、この詩に近い心で生きているように思う。数年前、自分のために5節を作った。
「この世での仕事を果し/召し給うみ声聞くとき/あわてずに身を整えて/主のみ顔仰げるような/生き方を今年はしよう」

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 私は神学校を卒業したての新米牧師の時、指導牧師として一年お世話になり、牧師としての心得をいろいろ教えていただきました。今でも覚えているお話で、「牧師はね、一年に一足ぐらいははきつぶす覚悟で信徒の方を訪問しなければいけないよ!」と何度もお話ししてくれました。先生は足が不自由だったのだ。5番を作られたことを知らなかったが、今はこの5節をかみしめて生きている。

by minitayori | 2016-12-31 17:24 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 2017年1月1日 マタイ2章13~23節

2017年1月1日 マタイによる福音書2章13~23節
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2:13 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
2:14 ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
◆エジプトから帰国する
2:19 ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、
2:20 言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」 2:21 そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。:22 しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。

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「礼拝に備えて」
 新しい年が始まります。昨年は日本のみならず世界の各国で天災、人災、また政情の不安など、様々な出来事がありました。特に日本では地震・台風・豪雨の被害があり、また年末には糸魚川での大火がありました。それぞれ被害に合われた方々に神様からの慰めを祈りたいと思います。
 新しい年の最初の日曜日が元旦と重なりました。これも2012年以来のことになります。通常の元旦礼拝は、「主の命名日」としておぼえられ礼拝が守られます
が、今年は教会の日課として、マタイによる福音書が選ばれている関係でしょうか、マタイから選ばれた「イエス様の逃避行」が選ばれています。
 ユダヤの王の誕生の知らせを聞いた、時の王であったヘロデは自分の地位が危うくなることを恐れて、領地内の2歳以下の子供を殺したとあります。天使の知らせを聞いたマリアとヨセフは、乳飲み子のイエス様を連れてエジプトにのがれて、しばらくの時を過ごします。
 そののがれる途中のことです。ヘロデの兵士が追ってきました。逃れるすべもないヨセフたちは、近くに見つけた洞穴の中に身をひそめます。追手は近づいてきます。その時蜘蛛がその洞窟の入り口に巣を張り巡らしました。兵士たちがやって来て、その洞窟を見つけましたが、蜘蛛の巣が張られていたので、ここにはいないと思って立ち去った、と言う話があります。
 教会学校などで使われる伝説の中の話で、真偽は確かめるすべはありませんが、イエス様の誕生から、十字架の死に至るまでのご生涯、いつも神様が共にいて守っていてくださった、と言う事を伝えたかったのでしょうか。
 イエス様は苦難の道を歩き、十字架の死まで神様の御心に従順であられました。新しい年、私達もどのような困難に出会うかわかりません。しかし、イエス様に習って、神様のお守りの中にあることを覚えて、平安な日々を送りたいと思います。神様は共にいて一番良い道を与えてくださいますから。
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by minitayori | 2016-12-31 16:55 | Trackback | Comments(0)

冬の空

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 今週に入って東京は抜けるような青空が続いているが、ここ練馬は、ときどき天気が急変して雲がかかる。夕日に照らされた雲は、短時間でその姿を変えて、眺めていても見あきることがない。自然の芸術といっても良いと思う。明日天気なーれ!!

by minitayori | 2016-12-31 16:37 | Trackback | Comments(0)

18日聖壇の花

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 12月18日、クリスマス主日の聖壇の花。この日にはバラの花が飾られていました。バラの茨はイエス様の頭に被せられた茨の冠。赤いバラは十字架で流されたイエス様の血を象徴していると言われます。十字架で流されたイエス様の血により、あなたの罪は清められ、聖なる主をあなたの心に迎え入れられます。このクリスマスの日に。ハレルヤ!!

by minitayori | 2016-12-24 21:35 | Trackback | Comments(0)

「みにたより283」

 「みにたより283」 「マイ・ウエイ⇒ゴッド・ウエイ」
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 かつてフランク・シナトラのベストアルバムになった「マイ・ウエイ」の歌詞、「今、船出が近づくこの時に、ふとたたずみ、私は振り返る。遠く旅した若い日を、すべて心の決めたままに……」があります。しかし、歌の歌詞としてはすばらしいが、なかなか現実的ではありません。ほとんどの人の人生は、「決めたままに」、はならないからです。
 イエス様の誕生の次第の中に出てくる、あの乙女マリアに天使が受胎を告知したとき、「マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ」と不安にかられます。彼女の心にはいろいろなことが交錯したことでしょう。彼女には人生の設計がありました。まもなくヨセフと結婚する、幸せな家庭を作ると言う夢がありました。しかし、その自分の道を外れることが天使によって示されたのです。しかし、マリアは、「お言葉通り、この身になりますように」と答えています。 この時、マリアは人生の分かれ道に立たされ、「マイ・ウエイ」か「ゴッド・ウエイ」か、二つのどちらかに決めなければなりませんでした。そして、マリアは「ゴッド・ウエイ」を選んだのです。「神さまのご計画を引き受け、出きる限り、そのとおりにやります」と意志表示したのでした。
 人は誰でも、人生の途上、度々マリアのような立場に置かれることがあります。自分の考えで好きなようにするか、神がお望みになることをするか、どちらかにしなければなりません。言い換えれば、「マイ・ウエイ」か「神さま(ゴッド)・ウエイ」か。時として、神さまのウエイにはいろいろな苦痛や困難があるかも知れませんが、間違いなく、「神さまのウエイ」は正しく、本当の幸せに導いて下さるのです。クリスマスを覚えるとき、神の招きに答えて、委ねて生きた人々の幸いを学びます。羊飼いや博士たちは、神の道を歩みだし、救い主に出会いました。
 あなたも神の招きを聴きませんか。歩みだしてみませんか。
「われ等が イエスさま 拝めるとは 世界で一番 幸せよ!」(♪♪=「世界で初めのクリスマス」より)心からこの歌が歌えるように。
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by minitayori | 2016-12-24 21:24 | Trackback | Comments(0)

ゴスペルソング「世界ではじめのクリスマスは」

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      ゴスペル・ソング「世界ではじめのクリスマスは」
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                         友よ歌おう! ゴスペルソング集より

by minitayori | 2016-12-24 21:19 | Trackback | Comments(0)

12月25日 降誕日礼拝 ヨハネによる福音書1章1~14節

12月25日 降誕日礼拝 ヨハネによる福音書1章1~14節
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1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。:6 神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。:7 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
1:8 彼は光ではなく、光について証しをするために来た。:9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。:10 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。:11 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。
1:12 しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。:13 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

 
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 「礼拝に備えて」
 降誕日、何よりも、その目的を考えたい。神の言(御心=ご意志)が肉体を取って人となった日である。それは神様の愛が具体的に示された日でもある。この独り子、神の最も大切なものを、私達の救いのために捧げてくださるためにこの地上に送ってくださった。
 イエス様のご生涯のすべてが、神様の御心を具体的に示されていることを考えながらこの日を迎えたい。「神はその独り子をくださったほどに、この私=あなたを愛してくださった。それは御子を信じる=受け入れる=人が全て救われるためである。」ヨハネ3章16節に凝縮されて示されている。この個所が小福音書と言われるゆえんだ。ある人が、「聖書のすべてが消失しようと、このヨハネの3章16節が残れば神様のみ心は、失われることはない」と言ったぐらい大切な所だ。
 繰り返して暗唱し覚えよう。きっと大きな力になってくれるだろう。あなたは神様に愛されている、それは間違いのない事。安心しなさい、勇気を持ちなさい、神様の愛はいつもあなたと一緒ですから。
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by minitayori | 2016-12-24 21:06 | Trackback | Comments(0)

菊とッセンリョウ

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 菊とせんりょう、少々奇妙な取り合わせだが、たまたま通りかかった道路の面した花壇に咲いていた。クリスマス、新しい年に向かう時、会社で忘年会。忘れたいこともたくさんあろうが、忘年を望年会に変えて希望を持って明るく生きていきたいですね。

by minitayori | 2016-12-24 20:44 | Trackback | Comments(0)