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池袋教会の八重桜

池袋教会の八重桜
教会の裏にがある桜の木。大きくなりすぎて電線かかるので、と
何本か切られてしまったが、残された八重桜がみんなの分まで
咲いていた。少しさみしそうだったががんばっていました。

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by minitayori | 2017-04-29 21:47 | Trackback | Comments(0)

「みにたより301」

「みにたより301」
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月曜日CGNTVと言う、インターネットTV制作会社より依頼があり、先般出版した「手話で福音を伝えよう」と言う本の取材を受けた。手話、特に、キリスト教手話の宣伝をしてくれると言うので引き受け、テレビ録画に出かた。

高田馬場から、歩いて10分くらいの所と言うので出掛けたが、降りた口が南口。戸山出口と言う初めての出口で、右も左もわからない。駅前の地図を見ても良くわからない。あたりを見渡しては地図を眺めていたら、見知らぬ中年の男性が声をかけてくれた。自分が行く方向だから一緒に行こうと言ってくださり、しゃべりながら歩き出した。戸山団地の建物を見ながら、登りの坂道を上がって行った。「教会の横にあるスタジオです」と言ったのが通じなくて、お寺の横と聞こえたようで、そのお寺はよく知っていると言いながら歩き出した。登り坂なので足腰の痛い私にはつらい道中だったが、素朴なお話に心癒されながら歩いて行った。実は、はあはあ!言いながら・・。地図にはガソリンスタンドの近くとあったので、見つけたガソリンスタンドでその場所を聴いた。すぐ裏ですと言われたので、同行してくれた方にお礼を言って別れたが、お寺はまだ先のようだったのでほっとした。

打ち合わせと録画で一時間近くかかったが、生まれて初めての経験だった。「献金によって運営しているので、恐縮しながら交通費も出ません!」と言われたが、目的が教会の働きだったので、こちらこそ取り上げていただいて「感謝!」だった。痛み止めや咳止めを飲んでの一時間だったが、人生の終わりに近くなって、珍しい経験をさせていただいた。これからもきっと神様はいろいろな経験をさせようと計画してくださっていると思うと、それに応えられるように、自分の体調を整えるのが大切なことだなーと思いながら、今度は降りの坂道を、こけないように気を付けて帰ってきた。

山手線も池袋からの地下鉄も、時間的に混雑していたが、池袋からは若い人が席を譲ってくださったので、眠って乗りこさないように気を付けて帰ってきた。家の近くの駅の周りは、春風が強かったが夕映えがきれいだった。人の親切を身にしみて感謝した一日でした。


by minitayori | 2017-04-29 21:41 | Trackback | Comments(0)

トマスへ

20:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
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by minitayori | 2017-04-29 21:34 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 4月30日 復活後第2主日 ヨハネ福音書20章24-29節

430日 復活後第2主日 ヨハネ福音書2024-29

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20:24 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。:25 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

20:26 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」:28 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。:29 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

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「礼拝に備えて」

 弟子のトマスは、一週間どこに行っていたのでしょうか。それはイエス様が十字架にかかられてからの一週間。彼トマスのショックの大きさが示されているように思われます。

 茫然として、夢遊病者のように歩き回っていたのかもしれません。しかし、少し前にはイエス様の危機を聴くとトマスは他の弟子に先んじて率先して仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言いました。(ヨハネ11章)それだけにイエス様を見捨てた自分への嫌悪感は大きかったのかもしれません。

 しかし、トマスは復活の一週間後、弟子たちが集まっている所に帰ってきました。そこで見たのは、彼の予想に反して、喜びにあふれている他の弟子たちの姿でした。復活のイエス様に出会ったというのです。彼の常識ではありえない事柄でした。彼は自分が取り残されたように感じ、また、ありえない幻想に喜んでいる他の弟子たちが、愚かにさえ見えたのではないでしょうか。

彼は、自分の指をイエス様の傷に入れて見なければ信じない、と言いました。彼は信じえない自分の心を、どんなに歯がゆく思ったことでしょうか。彼の孤独感が伝わってくるような気がします。その喜びと信仰の渦巻くただ中に、イエス様は入ってこられました。イエス様はトマスに向かってこられ、彼の不信を取り除くために、彼の望むとおりに、指を傷口に差し入れることを赦されたのです。

 彼の不信仰を責められることなく、望みをかなえて信じる者へと導こうとされたのです。イエス様は、いつでも不信にあるものの近くに寄り添い、信じる者となりなさい、と導いてくださいます。信じる世界に、神様が共にいてくださり、もっともよい道を示し、もっともよい事をしてくださることを信じるようにと導いてくださいます。信じるとは、何でしょうか。神様のみ心を受け入れ、従う事。マリアのように「私は主の僕です。御心のままにこの身になりますように」と祈ることではないでしょうか。トマスがイエス様の傷に触れたかどうかは、聖書には記されていません。しかし、イエス様のお言葉に「わたしの主、わたしの神よ」と言って服従したのです。

イエス様はトマスに言われました。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」あなたをどこまでも愛される神様に、信じ従う者となりましょう。あなたの心の平安と幸いのために。


by minitayori | 2017-04-29 21:31 | Trackback | Comments(0)

池袋のハナミズキ

池袋街路樹のハナミズキ
教会前のバス停の白いハナミズキ。青空に映えてきれいでした。
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by minitayori | 2017-04-29 21:14 | Trackback | Comments(0)

16日復活の礼拝の聖壇の花

16日イースター礼拝の聖壇の花
聖壇の色が白になり、花も苦しみを表す紫から白に変わりました。
白は栄光の色。復活の朝、弟子たちが墓で見たイエスさまが葬りに
使われた白い布。山の上でモーセとエリヤと話した時の白く輝く衣。
その時、イエスさまはエルサレムでの受難を語られたという

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by minitayori | 2017-04-22 22:18 | Trackback | Comments(0)

「みにたより300」

「みにたより300」

ブログで始めた「みにたより」も、今回で300回になりました。小石川教会で就任3週間目からはがき通信として始めてからですと、2300回目となります。途中で何回目か数え間違えたこともありました。目が悪くなって、少しづつ限界が見えてきましたのでどうしたものかと考えていると、誰かから励ましの手紙をいただいたり、「先生、ブログやめるとボケるから、やめたらだめよ!」とあたたかいお言葉をいただいたりして、今日まで来ました。ここまできたら、画面が見えなくなるまで頑張りましょうか。その前に文章が書けなくなるかもしれませんが、自分への挑戦ですね。

  今日も散歩に出かけました。曇っていましたが、前日公園で見たハナミズキの写真が撮りたくて出かけました。そうしたらいろいろな花が咲いていました。ポピーが自動販売機の横に小さく積もった吹きだまりの土の中に咲いていました。

初めてのお宅の庭に大きな白いクレマチスが咲いていました。菊の花も咲いています。皆、春を待ちかねていたようです。今日は残念ながら、小さなカメラだけ持って行ったので、きれいに撮ることができませんでした。きちっと焦点を合わせて写さないと花がかわいそう。またカメラ片手に晴れた日に行ってきます。

庭の花や植木鉢の花と違って、道端の花は特にかわいらしく、美しく思えます。置かれた場所で、誰に見てもらえなくても文句も言わないで、一生懸命咲いている、そんな花のいじらしさに心打たれるのです。e0191585_22035507.gif



by minitayori | 2017-04-22 22:05 | Trackback | Comments(0)

白いクレマチス

真っ白のクレマチス
花ことばは「美しい心」。
イエス様に清められた美しい心いつも
持っていたいですね

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by minitayori | 2017-04-22 21:58 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 4月23日 復活後第1主日 ヨハネによる福音書20章19-23節

423日 復活後第1主日 ヨハネによる福音書2019-23

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20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。:20 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。

20:21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」:22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。

20:23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

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「礼拝に備えて」

 復活の日の夕方、イエス様を見捨てた弟子たちは、自分たちも捕まるのではないかと恐れて、多分、イエス様と最後の晩餐をした部屋に閉じこもり、戸のカギを閉めて震えていた。

 イエス様が復活された、というマリアの声を聞いて墓まで行ったが、イエス様は確かにいなかった。墓の中のイエス様と言う支柱を失って、一層の恐れが弟子たちの心に広がったのではないだろうか。さらに、イエス様の弟子達には、ご受難の前に「イエス様が死ぬのなら自分達も死にます」といったのに、イエス様を捨てて逃げた、自分の言葉と行為への自責の念があったのではないだろうか。

 家の戸を閉ざし、心の戸を閉ざし、恐れに震えていた弟子たちの所に、復活の日の夕刻イエス様は来られた。そして、弟子たちに声を掛けられた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 福音の証人として弟子たちに立ち直ってほしい。イエス様の願いが伝わってくる。

 弟子たちは、十字架の下にいた婦人たちから、イエス様の十字架上の最後の言葉を聞いたのだろう。それは「父よ。彼らをお許し下さい。彼らは自分が何をしているのか知らないのですから。」それはイエス様を処刑した兵士たちへの祈りだけだろうか、一緒にかけられた十字架の罪人たちのためだったのだろうか。いやそうではない。イエス様を捨てた弟子たちのための祈りであり、イエス様を銀貨50枚で売ったユダへの祈りでもあり、イエス様の道から常に迷い出続ける、私達への祈りでもあるのだ。この祈りの尊さを知った時の弟子たちの心を思うと、私の心も震える。
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イエス様は今も、私達がイエス様からはなれそうな恐怖や不安の中にいるとき、私の、あなたの近くに来て、「安かれ!」と語りかけてくださるのです。イエス様のお声を聞き逃さないようにしてください。


長年私の牧師室の書斎に飾ってあったイエス様の横顔。私の心を見続けていて下さいました。


by minitayori | 2017-04-22 21:53 | Trackback | Comments(0)

ハナミズキ

ハナミズキ
きれいに咲いていたのですが曇り空で花がよく見えません。
晴れた日に、またきれいに映してお目にかけます。
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by minitayori | 2017-04-22 21:41 | Trackback | Comments(0)