スイセン草

スイセン草
裏庭にずいぶん前から気になる雑草の塊があった。庭にあるから
花が咲くのだろうと思って、どんな花かと楽しみにしていた。
きれいなかわいらしいピンクの花が咲いていた。スイセン草と
いう名前だった。小さなかわいらしい花です。
花は自分の定められたときに、定められたように自分の色で咲く、
私はどんな花を咲かせてきただろう_?_?

e0191585_22311332.jpg

by minitayori | 2017-05-27 22:36 | Trackback | Comments(0)

「みにたより305」

「みにたより305」

「故郷は遠きにありて思うもの」と言う言葉があるが、体力のあるうちに、もう一度故郷を感じたいと、24日から一泊で愛知県田原市(渥美半島)の故郷に行ってきた。

まず墓参をして、父母と兄夫妻に牧師の働きを終えることができたことを報告し、感謝の祈りをした。兄と共に習った尺八を持って行き、墓前で讃美歌を献奏してきた、と書くと格好良いのだが、旅の疲れか息切れがして、あまりきれいな音が出せなかった。

家庭集会でよく歌った「いつくしみ深き」「主よ、みもとに」「安かれ、わが心よ」等を吹いてみたが、かすれた音に私の師匠でもあった兄が、渋い顔をしているように感じた。

ふっと、母が言った言葉が思い出された。いつであったか、まだ元気な頃に故郷に帰った時に、母が「お前、説教がちっともうまくならんね・・。」どうして知っているのだろうと思ったが、一緒に働いていた宣教師が私の説教をテープに残して、2,3本母の所に持っていったようだ。40歳くらいの時の説教で、手話で同時通訳をしながらの説教だった。

母はこのテープを、繰り返し繰り返し聴いてくれていたのだ。それで上達しないなーと言った意味が分かった。確かに上達しないよね、同じテープを聞いていたのだから。母には何も言わなかったが、テープを聞いて、上達しない息子の説教に心を痛めてくれたことを知って嬉しかった。

故郷に帰って、兄弟や親戚の温かい心遣いを受けてきた。電車や車での移動だったので、足が固まったのか、ふらふらしてしまったが、みんなに支えられて心温まる旅をすることができた。これが最後かという気もして帰って来たが、帰る早々、また来年も「最後の旅」をしたいものだと思った。

「故郷は遠きにありて思うもの」と言うが、「故郷は優しい心に触れるところ」であった。 神様の備えてくださった天の故郷も、神様の愛に迎えられる安らぎの故郷だろうなー。

e0191585_22285145.jpg


by minitayori | 2017-05-27 22:30 | Trackback | Comments(0)

コデジアの花 

 
コデジアの花 
裏庭のベランダに立っていたら、小さな花がいたずらっ子の
ように顔を出していた。のぞいてみたら、この花が咲いていた。
かくれんぼするように、遊ぼうと言っているように感じた。

e0191585_22193375.jpg

by minitayori | 2017-05-27 22:24 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 5月28日 ヨハネ福音書17章1-11節 「イエスの祈り」

5月28日 復活後第6主日 ヨハネによる福音書171-11

e0191585_21431298.jpg


◆イエスの祈り

17:1 イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。

17:5 父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。


17:9 彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。

17:10 わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。

17:11 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。

e0191585_22100672.jpg

「礼拝に備えて」

 イエス様は弟子達と私達のために祈って下さいました。大祭司としてのイエス様の最後の祈りは、愛に満ちた祈りでした。イエス様は弟子達、そして私達のために、「あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。」と祈って下さいました。この祈りの中のお言葉では、弟子達、イエス様を見捨ててしまった弱い人々を「あなたの子」と呼んでくださっています。

 人は皆、孤独に生まれ、それぞれに過ごし、そして、愛する者と別れ、また孤独になり、病気や高齢になって一人で「死の時」を待つことになります。そのように考えると、暗い思いに沈みます。

でも、ほんとうは孤独ではありません。自分でどんなに孤独だと思っても、イエス様はその私達を「あなた=神様の子」と呼んでくださり、神様に、私達が神様の子らしく生きるようにと、「神様の栄光を与えてください」と祈っていてくださいます。

「栄光」とは何でしょうか。ローマの信徒への手紙で、使徒パウロは「3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」と述べています。「罪」とは、神様に背き、神様の愛のお心の中から離れて生きること」です。そんな私達は、神様の愛のお心、つまり栄光を受けられなくなっています。しかし、この罪人である人間のために、イエス様は十字架にかかり、血を流し、罪人が神様に帰る道を備えてくださいました。

栄光とは、神様の愛の中に生きることです。どんな状態になっても、イエス様はわたし達を神様の子とするために、変わらず愛し、手を差し伸べ、神様の子として生きることができるようにと願っていてくださいます。「私は愛されている。だから神様の子として、神様の心に従って人を愛し、赦し、助けて生きて行こう。」このように決心する時、神様の栄光の中に生きていることになるのです。

その様に生きるあなたは、「神様の愛する子」として神様のみ手の中に生きているのです。そして神様の平安と祝福に満たされて生きることができるのです。あなたがそのように生きることができるように、イエス様は「祈って下さっている」のです。神様の愛の御心の中に今日から生きていきませんか。




e0191585_22145541.jpg





by minitayori | 2017-05-27 22:18 | Trackback | Comments(0)

近くにある畑

近くにある畑
練馬区には、まだ畑が点在している。収穫機に備えて苗が植えられていた。
収穫期になると近くの幼稚園児が来て、歓声をあげて収穫する。
そういえば、長野の飯田にいたとき、用地絵mm字のために山の
中腹の畑を借りて、芋畑を作っていた。夏の草取りはつらかったが
子供たちの喜ぶ顔を思い浮かべながら、がんばった。若かったね!

e0191585_21485265.jpg

by minitayori | 2017-05-27 22:05 | Trackback | Comments(0)

5月14日の池袋教会の聖壇の花

5月14日の池袋教会の聖壇の花
今は教会の暦では復活後主日が続いている。復活されたイエスさまが、
弟子たちを教え、励ましているお姿が語られています。
ユリは復活の象徴でもあります。

e0191585_21282030.jpg

by minitayori | 2017-05-20 21:32 | Trackback | Comments(0)

「みにたより304」

「みにたより304」

 尊敬する信仰の友の逝去の報を受けた。かなり高年齢になってから再婚した方であったが、ご夫妻の夫婦愛は本当にほほえましいものだった。奥様が足を悪くされて、大変不自由をされている時に、たまたまお住まいの近くの教会に招かれて伝道のお手伝いをした。その時に、身体の不自由な奥様をかばいつつ、その教会の礼拝に参加してくださった。

 その後も、年賀状やクリスマスカードのやり取りを続けていたが、昨年ご主人が病気になられ、再発を繰り返し、今年の2月に逝去されたと言う。一週間ほど前にお手紙をいただいたが、奥様のために百歳まで生きたいと口癖のように言われていたとの由。お手紙には、愛された喜びと感謝がしたためられていた。

 わたしが牧師になってから、30数年の間、ろう者伝道を協力してくださったオシドリ夫婦がいた。そのご主人は、会社の慰安旅行で紅葉を見に行かれた時、血圧が高かったので医者から注意されていたが、バス旅の疲れと、降りた時の気温の急激な差に、脳出血を起こされて召されてしまった。

 朝「行ってきます!」と出かけ、夜にはご遺体で帰ってきた。奥様は驚愕と悲しみに泣き続けられた。毎日お見舞いにうかがったが、耳の聞こえない方なので、慰めの言葉も届かず、肩に手を置いて祈るだけだった。数日して、また同じように肩に手を置くと、笑顔でわたしのほうを見て言われた。「主人は今私の心の中にずーといます。今まで会社に行くと寂しかったが、これからはどこに行っても一緒ですから・・・。寂しくないです。」同じ信仰の中で、生死を超えて愛をはぐくめるということの素晴らしさを教えられた。

e0191585_21251281.gif


 今までの牧師としての働きの中で、素晴らしい宝物をいただいていたことを改めて思い、感謝しつつ、そのことを分かち合って生きたいと思いました。


by minitayori | 2017-05-20 21:26 | Trackback | Comments(0)

スズラン

スズラン
近くに古いアパートがある。高齢のご婦人が一人で住んでいるが、
入居者はいない。腰をかがめて草取りをしている姿を見ると、
さみしげに見える。手入れのゆきとどかないアパートは、
誰にも見むきをされないのか、窓もしまったまま。
夜など一部屋だけ細々と明かりがついている。
その玄関と塀の間にスズランの葉が密集している。
よく見ると小さな花がさみしげに咲いていた


e0191585_21085998.jpg

by minitayori | 2017-05-20 21:19 | Trackback | Comments(0)

5月21日 礼拝に備えて ヨハネによる福音書14章14~21節

5月21日 復活後第5主日 ヨハネによる福音書14章14~21節

e0191585_21431298.jpg


14:15 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。:17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。:19しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」


e0191585_16004271.jpg

「礼拝に備えて」

 ある人が、人は別離に始まり、別離に終わる存在であると言った。知らぬうちに神からの別離を受け継ぎ、この世に生を受けるときには母からの別離があり、そして人生の間に何度も別離を繰り返して、最後にまた、愛する人との別離を経験しなければならない。こう考えてみると、人生というものが悲哀に満ちているように感じてしまう。

 しかし、人の一生の始まる以前に、人は罪によって神様との別離を経験している。しかし、神との別離は神と人ではなく、人の罪による一方的な別離であって、神様はその初めより、決して私達を見捨ててはいなかった。アダムが罪を犯し、神様の目から逃れようと木の陰に隠れた時も、神様は人に呼びかけられた。「あなたはどこにいるのか?」

 神様は人を見捨てず、いつも心にかけていてくださる方であることを、聖書は始めから伝えようとしている。あなたは神様から見捨てられてはいない。一人ぼっちではなくて、神様の愛する子として、その愛の中でいつも見守られている。だから、あなたはどんな時にも神様と二人ぼっちなのです。

 今弟子たちは最後の晩餐の席上で、イエス様の受難と召天によって、イエス様がいなくなることを教えられて不安の中にいた。その弟子達を励ますために、イエス様は「父は弁護者を送る」と約束してくださった。昔の訳では「助け主を送る」という言葉だった。それぞれに意味合いが違うような気がするが、今はそれにこだわることはやめよう。大切なことは、どんな時にも一緒にいてくださる、神様の愛のみ心があるという事だから。

 わたしが献身して牧師になることを父に話した時、父はわたしを勘当した。離別と孤独の戦いが始まった。しかし、振り返って、両親は離別ではなく、送り出したと思っていたのだ。話はしなかったが、繁忙期に家に帰ることを暗黙のもとに赦し、仕事を手伝い、帰るときには母を通して、交通費となにがしかの小遣いを持たせてくれた。

 封筒に入った両親の愛を握りしめて学校に帰った。孤独はあったが、自分を子どもとして見守ってくれる親の愛、兄弟の愛がいつも共にあることが支えであった。その愛が神様の愛と一緒になって、くじけそうになる私を支えてくれた。愛を持っていつも心にかけてくれる人が身近にいる人は幸いだと思う。あなたに、神様は助け主=愛の心をいつも変わらず注いでいてくださいます。安心なさい。


by minitayori | 2017-05-20 21:08 | Trackback | Comments(0)

その名が見つからず

残念ながら花の名前が不明
ブログに何か善い花はないかと、郵便局に行った帰りぶらぶらと歩いていたら
珍しい花に巡り合えた。花の名前を探してみたがわからない。
いずれわかったら花の名前を差し替えます。とてもかわいらしい花でした。

e0191585_20574791.jpg

by minitayori | 2017-05-20 21:02 | Trackback | Comments(0)