近くの公園の紅葉

近くの公園の紅葉
紅葉の写真を写す時は太陽光を通して写すと美しい色に写せる。
この日は少し太陽光を入れすぎてしまった。でもきれいですね

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by minitayori | 2017-11-25 20:33 | Trackback | Comments(0)

「きよせたより329」

「きよせたより329」

3キロで生まれてきた孫が6キロを超した。私の顔を覚えているのか抱き上げるとニコ!として高い高いをしてほしいと目で催促している。答えてやりたいが、そろそろ無理になって来た。34回すると息切れがするのだ。孫もそれがわかるのか、それ以上には要求しないで、にこにこしている。老いたる爺の姿を笑顔で包んでくれる。

 「にんだもの」最近ノーベル経済学賞を受けられた外国の方がテレビに出ていた。その方の人生を変えた言葉として、「にんげんだもの!」と相田みつおさんの言葉があったと紹介されていた。私も10年ほど前にこの相田さんの個展が開かれていた宿で九州地区の牧師会が開催され、その写真と作品をゆっくりと拝見させていただいた。

 この方の経済理論は、人間だから・・こう考え失敗もするだろう。物を買う時にもその心理を読み取った日常に生かされるアイデアを考案して、会社に提案し、無駄が省かれ相当の経済効果が表れていると言う事でした。なんとなく見ていたので、詳しい事は忘れてしまったが、後で大切さに築くのも「にんげんだもの!」なのかもしれませんね。e0191585_20223115.jpg



 人間だから、病気にもなり、老いもする、忘れることも多くなる。昔を懐かしんで、老いたる自分に感傷にふけるのも「にんげんだもの!」あきらめではなくて受容して、今の自分足元を見つめつつ、

明日を明るい日と信じて生きることが必要だと、改めて思っています。

 


by minitayori | 2017-11-25 20:29 | Trackback | Comments(0)

庭の小菊

庭の小菊
先週大きなバラに目を奪われていたが、その下に小菊が
美しい花を咲かせていた。私も忘れないで、と言われた
ようだった。ごめんね!

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by minitayori | 2017-11-25 20:26 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 11月26日 聖霊降臨後最終主日 マタイ福音書25章31-45節




1126日 聖霊降臨後最終主日 マタイ福音書2531-45

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25:31 「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。25:32 そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。:34 そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。
25:35 お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』


中略


25:45 そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』

25:46 こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」


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「礼拝に備えて」

 教会の暦も、信仰の成長を意味する緑の色が終り、次週からはイエス様の苦難を表す紫に代わる。紫はイエス様の到来をイエス様がかつてなしてくださった十字架の苦難が私のためであることを感謝の内に覚えつつ、来るべき新しい時の始まりに備える時期になります。

 今日の日課でイエス様は、神様の国に入りたいと思う者は、いと小さき者への愛を行うものであると言われる。当時の宗教家たちは、見えるところでは慈善らしきものを行い、見えない所では自分の思いのままに、自身の幸せのために行動すると言う偽善が横行していた。

 イエス様は神様の国で喜ばれるものとは、人の苦しみを理解し、悲しみを共有できる人の国だと言われたのです

マザーテレサの言葉に

   親切で慎み深くありなさい

あなたに出会った人がだれでも

前よりももっと気持ちよく

明るくなって帰れるようになさい

親切があなたの表情に

まなざしに、ほほえみに

温かく声をかけることばにあらわれるように

子どもにも貧しい人にも

苦しんでいる孤独な人すべてに

いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい

世話するだけでなく

あなたの心を与えなさい。

 

私がこの言葉に出会ったのは随分昔のことですが、熊本にいた時近くのデパートで開催されたテレサの写真展があり、そこで再びこの言葉に出会ったマザーテレサの等身大の写真の中の穏やかな瞳を見ながら、この言葉を読んでいて、痛く心打たれたものである。

私の心のどこかに、疎開先で自分の家も貧しいのに、買い出しに来る子供連れの親子に親切にしていた母の面影があった。教会のあるべき姿はこの母とイエス様の教えとがどこかで結びついていたように思う。心の底でマザーテレサの言葉に共鳴できるのも、このような背景があるからかもしれない。


by minitayori | 2017-11-25 20:21 | Trackback | Comments(0)

秋の空

秋の空
台風接近の朝の空。どんよりしたくもり空の上に青空がある。
次の日は晴天だった

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by minitayori | 2017-11-25 20:09 | Trackback | Comments(0)

紅葉

紅葉
住宅の中の公園に紅葉がやってきた。紅葉は秋を感じさせ冬への
心構えを新たにします。明日の日曜日は真冬並みの寒さとか

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by minitayori | 2017-11-18 18:14 | Trackback | Comments(0)

「みにたより328」

「みにたより328」
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 先週は児童祝福礼拝でお話をした。説教題に立つのは2年ぶりぐらいになるかもしれない。児童は少なく3名だったが、百歳までの非常に広範囲の年齢層でのお話。幸いにも今目が悪くなっていて説教台壇からだと、最前列にいた二人の少年しか見えない。

 この子供たちの目が輝くようなお話が出来ればと思って、目を見つめながらお話をしましたた。今語るべきことが伝えられたかな?正直無我夢中でした。久しぶりに、神学校の時の指導教授のお言葉を思い出した。説教壇に立ったら、この20分だけが最後の命と思って、神様のお心をお話しすること、と言われた。

厳しいお言葉だが、自分にとってだけではなく、礼拝に初めて来た人、会員の人にもこの時間は最後の礼拝になるかもしれないし、教会に接する最初の最後になるかもしれない、と思うとおろそかにはできない。

 でも、全身全霊を持ってみ言を伝えると言う事は、体力がないと出来ないことです。毎週説教する牧師先生の努力と疲れを思い、改めて感謝したいと思った。


by minitayori | 2017-11-18 18:10 | Trackback | Comments(0)

山茶花の蕾

山茶花の蕾
すぐ散ってしまうサザンカだが、次に咲く花が待っていた。
頼もしいですね、元気なつぼみがあるのは。

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by minitayori | 2017-11-18 18:05 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 11月19日 聖霊降臨後24主日 マタイ福音書25章1-13節

11月19日 礼拝に備えて 聖霊降臨後24主日 マタイ福音書251-13

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25:1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。 25:2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。:3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。:4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。:5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。 25:6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。

25:7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。25:8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』 25:9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』 25:10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。 25:11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。:12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。25:13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
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「礼拝に備えて」

 私達の信仰は、一度持てばよいというものではなく、主の来臨の日まで常に新たにし、持ち続けなければならないものです。今日の日課の愚かな5人の娘は、自分の決めた予定の分だけの油で花婿を迎えようとしていました。花婿が遅れてきました。花婿が遅れたのはいいわけにはならない。花婿が主役ですから花婿の到着に合わせて、自分の勤めである火をともして迎えなければならなかったのです。


 愚かな5人のおとめは自分の考えの中で油を持って花婿を迎えようとして、自分の務めを果たすことが出来ずに、婚宴の席に連なることができませんでした。いつも神様のみ心を考え、神様に従う心を失わないように。またたえずイエス様に聞いてイエス様のみ心を行う者でなければならないんのです。

 その御心とは、互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように。」と言う事でした。それがキリスト者の備えるべき来るべき日に備えての油なのです。

 先週、教会に行くときにパスモで改札を通りました。しかし、降りようとしたら、赤い表示が出て改札口の扉が開きません。23度繰り返していましたが、駅員におかしいと尋ねました。「料金が不足しています。」パスモにチャージしてください、と言われて、しばらくチャージしていなくてカードが空になっているのに気付きました。

 後ろには23人の若者がいてにこにこしていました。しょうがないなー!と言うような顔でした。未だに最近の便利なものになれていない自分にはずかしくなりました。毎回改札を入る時に、残りの金額が出るからそれを見て少なくなったらチャージしないとね、と娘に教えられました。でも、私には通過する時にさっと残金額を読み取ることは難しい。いつも心がけて絶やさないようにチャージしておくことですね。信仰も。
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by minitayori | 2017-11-18 18:01 | Trackback | Comments(0)

バラ

バラ
アパートの柵からはみ出すように、大きなバラが咲いていた。
道行く人にほほ笑みかけるように!

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by minitayori | 2017-11-18 17:51 | Trackback | Comments(0)