雨の滴

雨の滴
この美しくも優しい雨の滴が、豪雨となると多くの被害を
もたらす。小さな愛の力が、悲しみを押し流すほど集まる
ことを願いつつ

e0191585_17343776.jpg

# by minitayori | 2017-07-08 17:39 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 7月9日

7月9日  マタイ福音書9章351015

e0191585_15054345.jpg


◆群衆に同情する

9:35 イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。

9:37 そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。9:38 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

◆十二人を選ぶ

10:115以下省略

e0191585_15083751.gif

「説教に備えて」

 今日の日課には、イエス様が、弟子を宣教に派遣するために選ばれた様子が記されています。イエス様は群衆を見て、「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」と記されています。そして、そのお心を伝えるために弟子を選ばれたのです。

 私は今、宣教派遣の重大さに衝撃を感じつつこの個所を読んでいます。つまり、イエス様の使者たるものは、まず何よりも「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」、このイエス様のお心を持つ者にのみ赦される働きである事です。

 それは牧師だけではなく、み言葉に召された信徒一人一人が、同じようにイエス様のお心に送り出されて教会ができていると言う事です。教会に集い、賛美と祈りがささげられる所には、このイエス様のお心が満ち満ちているはずです。だから教会に来た人達は温かい教会の交わりに包まれて、イエス様の愛に触れて、イエス様に向かって生きようと決心をするのではないでしょうか。

 この働きの連続が教会を支え、今も受け継がれていると思うのです。私は信徒の家を訪問する時、いつも畏れつつ、この家に平安をもたらせるような交わりが与えられるようにと祈りつつ、家の戸をたたいたものです。わずか10分の病床訪問から、1時間を超える家庭集会のような交わりまで、精一杯の努力をしてきたと思っています。

でも、今、今日のみ言葉に触れて、自分が本当にこのイエス様のお心を、命がけで担って来ただろうかと反省しています。「イエス様が群衆を深く憐れまれて弟子を選ばれた。」そのお心が、自分の一生懸命さの中で忘れ去られていたのではないだろうか、そんな反省の心が出てきます。

今からでは遅い気がしますが、残された一時一時、命ある限り、この身に負えるイエス様のお心を担って生きて行きたいと思わされています。


# by minitayori | 2017-07-08 17:33 | Trackback | Comments(0)

ルリカズラ

ルリカズラ
教会のバス停のところにある病院の入口の小さな花壇に、
涼しげな薄紫の花が出迎えてくれる。
わたしの花辞典を見ても名前を見つけることができなかった。
ある人に「ルリカズラ」という名前を教えてもらった。
毎年迎えてくれる花。暑い中でもほっとした力と気持ちを
くれる。優しい花です。

e0191585_16322026.jpg

# by minitayori | 2017-07-08 16:57 | Trackback | Comments(0)

6月25日池袋教会の聖壇の花

6月25日池袋教会の聖壇の花
e0191585_15460899.jpg

# by minitayori | 2017-07-01 15:48 | Trackback | Comments(0)

「みにたより310」

「みにたより310」
e0191585_15391146.gif


月曜日、予約してあった病院の検診に行ってきた。難病に関係した検診で、この日は2つの科の予約が入っていた。あまり急激な変化のない病気なので、経過観察ということだが、本当によく診てくださるので感謝、感謝だが、大きな病院なので待ち時間をどう過ごすかがいつもの問題になっている。この日は合計で4時間ぐらいかかったが、それでも短かった方に入る。

その後、薬を調剤薬局で用意してもらう間、店内をぶらぶらしていた。今日は20%引きだと言うので、必要なもの、欲しかった薬を数点購入した。その中で、「認知症予防」と言う薬かサプリメントにちょっと心惹かれて、薬局の方に聞くのもおかしいが、「本当に効くのですか?」と聞いてしまった。

薬局の方は、「やめておきなさい。飲んでもすぐには効かないし、飲み始めたら飲み続けなければなりませんからね」と、親切に教えてくれた。しかし、薬局の方の言いたいことは、無駄な抵抗はやめなさい、と言う意味だったのかもしれないと思った。考えてみれば、ボケてくるのも自然の恵みなのだから、抗う事はないかと思った。優しくなるボケ方もあるからね。かわいい老人になりたいものです。

今年は梅雨の季節に雨が少なかったのか、近くでよく見かける紫陽花の花が小さい。また早くも色が落ちてしまった。ゆっくり見る間もなかった。そういえば、昔よく見かけた赤い紫陽花の花が少なくなった。私の思い違いだろうか。温暖化が進んで海の魚の生態も変わってきているとか。今年の夏も暑いと言う予報です。熱中症にならないように気をつけましょうね。


# by minitayori | 2017-07-01 15:44 | Trackback | Comments(0)

赤いアジサイ

赤いアジサイ
わたしの周辺で見るアジサイは、ほとんど青いアジサイです。先日リハビリの
送迎の車中で、赤いアジサイを見ないねーという話になった。東京湾が緑にな
り、花の咲く季節も少し変わってきた。皆高齢の方たちだから昔話に花が咲く。
練馬のこの辺は、ほとんど畑、大根が有名でしたよ、などなど。今年も暑そう
日本は亜熱帯になってしまったのかねー。このアジサイは4年前の清瀬にて。

e0191585_15245210.jpg

# by minitayori | 2017-07-01 15:35 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 7月2日聖霊降臨後第4主日マタイ9章9~ 

7月2日 聖霊降臨後第4主日 マタイによる福音書9章9節-13節

e0191585_15054345.jpg


◆マタイを弟子にする

9:9 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。

9:10 イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。

9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

e0191585_15083751.gif
「礼拝に備えて」
 イエス様はマタイ5章~の山上の説教の中で、次のようにお教えられました. 5:3 「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。5:4 悲しむ人々は、幸いである、/その人たちは慰められる。

イエス様の教えられる「幸い」とは、私たち人間の考える常識とは違っているように思えます。しかし、イエス様の教えられることは、うっかりすると私達が損と思うような、また不幸とさえ思えることの中に、実は、最高の祝福があると言う事なのです。それは何でしょうか。

私達が幸せと思えるものが、手元になくなった時に、また、悲しみや苦しみのどん底にある時にこそ、私達は本心で神様の救いを求めるからではないでしょうか。苦しみの中にある時に、自分の力を超えた存在に対して、すがり頼る心が生まれてくるのです。

私は牧師になってから、何人もの人の臨終に立ち会いました。私の父もそうでしたし兄もそうでした。熊本での最初に出会った人も、一人は膵臓癌でもうひと方は胃癌でした。引越しの荷物も解かないままで、訪問に出かけました。

その方は長く柔道をしており、頑丈な身体でした。ホスピスに入り、最後の時を静かに待つと言う日々を送っておられました。最後は痛み止めで心を平安に保つだけの治療でした。私は訪問するたびに神様の国についてのお約束を話しました。「全て労する者、重荷を負う者、われに来たれ、われ汝を休ません。わが与えしくびきを負いて我に従え。されば汝安きを得ん。」これは高校の時に暗記した文語の聖書の言葉ですが、その方には文語の方が心に響いたようで、何度もうなずいてくれました。癒されない病の中で、全ての病をいやしてくださるイエス様に真に出会い、心豊かに、平安の内に旅立たれました。自らの力に頼れなくなった時にこそ、イエス様が共に歩いてくださる幸いを感じたのです。私はそう確信しました。
e0191585_15184481.jpg

♪主イエスと共に、歩きましょう、どこまでも、主イエスと共に歩きましょう、いつも。
うれしい時も、悲しい時も、歩きましょう、どこまでも、
 うれしい時も、悲しい時も、歩きましょう、いつも!

教会学校の子供の歌声が、神様の声として脳裏に響いてきます。



# by minitayori | 2017-07-01 15:23 | Trackback | Comments(0)

ブーゲンビリア

ブーゲンビリア
いつも通る小さな婦人服のお店の前に咲いている。大きな鉢植えに咲いて
いるのだが、店主のおじさんは「心ない人が枝を折って持ってゆくので困
る」と嘆いていた。もっと紫が濃いのだがわたしのカメラではうまく出なか
った。花の真ん中に白いめしべがあって、粒rな瞳のようにかわいい。

e0191585_14520774.jpg

# by minitayori | 2017-07-01 15:01 | Trackback | Comments(0)

ユリの花

ユリの花
強い日差しの中、駐車場の片隅に一輪のユリの花が咲いていた。
渇きに喘ぐように化弁がしおれかかっていた。しかし、それでも
頭をあげて凛としている姿に感動した。もうすぐ暑い夏が来る
神様のお守りの中で、いつも凛としていたい。


e0191585_18405825.jpg

# by minitayori | 2017-06-24 18:55 | Trackback | Comments(0)

「みにだより309」

「みにだより309」
e0191585_18354610.gif


先日のテレビのドキュメンタリーで、百キロマラソンに挑もうとする高齢の女性の方が出ていた。その方は難病のために、一時は酸素マスクを付けなければ自呼吸ができないほどになり、両手両足もマヒしてしまったそうだ。しかし、何と言おうか不屈の精神と言おうか、リハビリで立ち上がり、歩けるようになり、若い時にしていたマラソンができるようになろうと努力して、とうとうフルマラソンに参加した。そして今100キロマラソンに挑もうと練習を始めていると笑顔で話していた。年齢を聴き洩らしてしまったが、もう70代になっておられたと思う。練習に付き合った松岡修三元プロテニス選手が、早いと言って音を上げるぐらいだった。一時は寝たきりになったのに、身体の中に覚えているマラソンをしたいと言う思いが、立ち上がらせたと言っておられた。人間は現実に打ちひしがれたらおしまいだなーと思った。生きる希望を未来に据えて、積極的に生きることで、何かが始まるのだと言う事も感じた。次の日早速、足を鍛えようと思って散歩に出たが、暑さに負けて引返して来た。自分の意志の弱さに、これではだめだと夕刻にもう一度散歩に出てきた。梅雨の合間の青空に浮かぶ白雲が夕日に輝いて美しかった。

いよいよ関東地方も梅雨になって、雨の日が多くなる。私にとっては腰の痛みが出てくる辛い季節だが、花粉症の人にとっては安心して外出ができる季節となるのだろうか。ある人にとっては良く、ある人にとっては悪い、これ神様の平等のはからいかもしれない。

あるお母さんが、朝洗濯をして娘と一緒に干していた。今日はきっと神様がいい天気を与えてくださいます、と娘と一緒に話しながら干し終わった。すると、しばらくしてぽつりぽつりと雨が降って来た。「神様がきっと良い天気を与えてくださいます」と話したお母さんは、娘がどう受け取るか心配で娘の方を見ると、娘は「神様は農家の方が雨をくださいと、先にお願いしていたのを聴いてくださったのね」と、笑顔で話していた、というお話をある方から聞いた。子供の柔軟な信仰と優しさに教えられたとその方は話していた。また、いつも善い事を考えていよう、神様のなさるお心の素晴らしさに目を留めていよう、そう思ったとその方は話してくれた。

梅雨の季節は紫陽花がきれいに見える季節、楽しんでいきたいです。同時に土砂災害にまでなって被害を受けている方々の事を、神様がみ心に留めていてくださることを忘れずに祈りに覚えて過ごしたいですね。

     人生雨のち晴れ。明日は明るい日を信じて

 

e0191585_18351800.gif


# by minitayori | 2017-06-24 18:39 | Trackback | Comments(0)

ゼニアオイ

ゼニアオイ
良く見る花なのだが、なかなか名前が覚えられない。どうして花の名に
片仮名の名前が多いのだろう。結局日本の在来種ではないからなのだろ
うか。心を和ませてくれる花の外来種は、歓迎ですけれど・・。

e0191585_18132744.jpg

# by minitayori | 2017-06-24 18:30 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 6月25日  マタイによる福音書7章15~29節

6月25日 聖霊降臨後第3主日 マタイによる福音書7章15~29節

e0191585_18210860.jpg


◆家と土台

7:24 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。 雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」

7:28 イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。

7:29 彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。

e0191585_18223418.jpg

「礼拝に備えて」

 マタイの福音書は、イエス様の弟子教育の福音書とも言えます。短い3年の伝道者としてのご生涯のイエス様は、イエス様の弟子としてあるべき心得などなどを、いろいろな角度から教えておられます。

今週の日課では、1)良い木がよい実を結ぶ。2)天国に入る者の資格、3)岩を土台として家を建てる事、などの例えを通して、信仰生活のあり方、希望などを述べておられます。一つ一つは大変覚えやすい例話でつづられており、書物のなかった時代に、弟子たちに覚えやすく、心にしみるようなお話の仕方であった言えます。

しかし、イエス様の弟子たちへの教えの中心は、彼ら自身が良い木になり、天国に入るにふさわしくなる、事を求めておられるのではないように思います。神様への信仰、イエス様への感謝と信頼の心の中で生きることを求めておられるのです。

賢い人は岩の上に家を建てる、の例えにあるように、土台をどこに据えて生きるかが大切なことなのです。良い木がよい実を結ぶと言っても、今更よい木になることはできません。良い枝を接ぎ木していただくことではないでしょうか。良い実を作るためには、時には接ぎ木をすると聞いたことがあります。

自分自身が良い実を結びえないことを覚えて、神様にイエス様への信仰と言う接ぎ木をしていただき、イエス様と共に良い木となって愛の実を結ぶのです。その様な生き方をする人が、イエス様の実を結ぶことができるのです。

その様な生き方をする者こそが、神様の国へと招かれるのです。神様はイエス様によって私たち一人一人を神様のみ国に招きたいと思ってくださっているのです。神の国へと招いてくださるのは神様、人生の土台を岩にしてくださるの神様、良い実を結べるようにしてくださるのも、神様の大きな愛のみ業なのです。安心して神様にゆだねて日々を平安と感謝の中で生きるようにしましょう。


# by minitayori | 2017-06-24 18:25 | Trackback | Comments(0)

浮きつり草

浮きつり草
散歩途中の植え込みの下に、ひと塊りになって咲いていた。名前が
わからなくて困ったが、やっと見つけました。隠れていンまく手も
珍しく手きれいな花なのに、と思った。大きな葉の下に隠れるよう
に咲いていたのは、梅雨の大雨に備えてなのかもしれない。
また来るからね!それまで頑張ってと一言。

e0191585_18120126.jpg

# by minitayori | 2017-06-24 18:19 | Trackback | Comments(0)

道端のユリ

ユリ
大きな園庭の花も素敵だが、日陰に咲いている少しの花は違った意味で
美しく感じます。なぜ心が引かれるのでしょうか。自分がおかれたとこ
ろで、自分に与えられたときに、自分の色で一生懸命咲いているからでし
ょうね。ひそやかであっても、力一杯生きることが美しく、好きです。

e0191585_17131124.jpg

# by minitayori | 2017-06-17 17:18 | Trackback | Comments(0)

「みにたより308」

「みにたより308」
e0191585_17100029.gif


 幼稚園児に読んであげた童話の中にこんなお話がありました。

ある里のオウムが、山奥に遊びにゆきました。山奥の鳥や獣たちは、オウムを喜んで迎え、楽しく親切に遊んでくれました。そしてオウムは、山奥の鳥や獣の親しいお友達になりました。

 オウムが里に帰ってー年ほどたったある日のこと、山奥に火事がおこり、山はー面の火の海となりました。オウムは自分に親切にしてくれた山奥の鳥や獣のお友達のことを思いました。そして、自分でできることを何かしなければと考え、里を流れている川に行って、自分の羽に水をいっぱいひたして山奥に飛んでゆき、山火事の上から羽の水を落としました。こうして、オウムは何回も里と山奥との間を往復しましたが、山火事はー向に消えません。

 これを御覧になっていた神様が、オウムにおっしゃいました。

「オウムよ。おまえが羽に少しばかりの水をふくませて、せっせと山火事を消そうとしても、とうてい消えはしないよ。」

 オウムは神様に言いました。「神様、わたしのこんな小さな力では、火事が消えないことは、わかっています。でも、山の鳥や獣のお友達のことを思うと、じっとしてはおられません。わたしはお友達を救いたいのです。」

 神様はオウムのこの愛に満ちた美しい心に感心なさって、どしゃ降りの大雨を降らせてくださいました。そして、山火事は消え山奥の鳥や獣たちは救われました。オウムの美しい心、友を思う真心、愛の心が神様に通じて奇跡が起こったのです。

 世の中には、苦しんでいる人、悩んでいる人がどんなに多いことでしょう。私たちは、どんな小さいことでもいい、自分のできることをして、世の中の苦しむ者、悩む者、悲しむ者の力になってゆきたいと思います。e0191585_17091297.gif


 たとえ、それが小さく力のないわざに見えても、神様はきっと、私たちの真心、愛の心を受け止めてくださり、私たちの思いにまさる大きな力で、私たちを助けてくださるに違いありません。


# by minitayori | 2017-06-17 17:11 | Trackback | Comments(0)

紫陽花

{"tag":"紫陽花
紫陽花
近くの豊島園の紫陽花園、今が盛りと咲いている。わたしの近所にも
咲き始めたが、少し小ぶりで、日がさし始めると輝きがなくなって
しまう。やはり、アジサイは梅雨の雨の時期が一番生き生きしていま
すね。私達は神様の恵雨の中でいつも生き生きとしていたいですね。

e0191585_16552560.jpg
","htmlTag":"","params":{"url":"http://pds.exblog.jp/pds/1/201706/17/85/e0191585_16552560.jpg","width":455,"height":322,"align":"mid"}}

# by minitayori | 2017-06-17 17:04 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 6月18日 聖霊降臨後第2主日 マタイによる福音書6章24―34

6月18日 聖霊降臨後第2主日 マタイによる福音書6章24―34

e0191585_10114261.jpg


6:24 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

◆思い悩むな

6:25 「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。:26 空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。:27 あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。:28 なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。:29 しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。:30 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。

6:33 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。:34 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

e0191585_10120583.jpg

「礼拝に備えて」

 「思い悩むな!」イエス様はおっしゃいました。何を食べ飲もうか?何を食べようか?何を着ようか?などなど、具体的に私達が日々直面することの中に、信仰のあり方を示しておられます。イエス様のお答えは明白です。「神様が全てをご存じであり、私の神、あなたの神として責任を持ってくださるから、大丈夫ですよ。」

 だから「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

 このお言葉を読んで、エジプトから旅立ったモーセに与えられた、十戒の事を思い出しました。私の洗礼を受けた教会では、礼拝の初めに、立って十戒を唱和することから始めていました。「汝われのほか何ものをも神とすべからず。べからず、べからず、べからず、・・・」と十の戒めが並びます。式文は、十戒を守れない人間の罪への警告と、その罪を赦すためにイエス様が十字架にかかってくださった喜びのみ言へと私達を導いてくれます。 その教会の中で私の信仰は育ってきました。

 そのためか、実は、神様とは怖い方だと言う思いが、ずっと心の底にありました。イエス様の十字架の愛と福音とに、出合う事が出来なかったのです。しかし、ろう者の人々と一緒に聖書を学ぶうちに、違う事を教えられました。それは十戒は「べからず!」ではなくて、そのすぐ前に、「わたしはあなたの神、主です。」と言う言葉があります。わたしはこの言葉に出合うことができました。

 しかも、その神様は「あなたを奴隷の地から導きだした神である」と言われています。十戒は、神様が救いの手を差し伸べてくださる方であるから、この神様のおっしゃることに従いなさい、神様の国と神様の義の中に包まれて生きることを求めなさい。つまり、何よりも先に神様の愛がある。イエス様のお言葉もそうなのです。

 「思い悩むな。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」イエス様が命がけで用意してくださった神様の愛の手の中で、安心して生きること、その時にきっとあなたの心に平安が満ちてきます。


# by minitayori | 2017-06-17 16:53 | Trackback | Comments(0)

神宮外苑の花菖蒲

神宮外苑の花菖蒲
何年も前に、熊本から帰ってきた私たちを娘が神宮外苑に
連れて言ってくれた。花菖蒲が満開だからと招かれたが、
東京に21年もいたが神宮外苑が初めて。恐る恐る電車で
行った。複雑な電車の路線に戸惑い、便利になっているの
に驚きながらの、小さな旅でした。東京ってすごいなー!

e0191585_16221484.jpg

# by minitayori | 2017-06-17 16:31 | Trackback | Comments(0)

「ペンテコステ」礼拝の聖壇の花

先週「ペンテコステ」礼拝の聖壇の花
赤いバラと赤い聖壇布がとても美しく見えました。しかし、
赤はイエス様の流された血潮の色「あなたのために流した血」
神様のお声が聞こえる。

e0191585_10162814.jpg

# by minitayori | 2017-06-10 10:37 | Trackback | Comments(0)

「みにたより307」

「みにたより307」

 先日、ゴミ出しの日に、杖をついて袋を持って出かけた。杖を壁に立ててゴミを分別して出し、やれやれ終ったと晴れ晴れとして帰って来た。一時間ほどして杖を立て懸けてそのまま忘れてきたことを思い出し、探しに行った。この日は可燃ごみの日で、いつもなら異物は持って行かないのに、この日だけは親切に私の杖は廃棄物として見られたのか、持って行ってくれてしまった。

 私の杖は、本来は山登り用の杖で、中にクッション(バネ)が入っていて、先端に杖様にゴムを付け自分でて改良したもの。ちょっと残念だったが、古くてゴミに見えたのかもしれないとあきらめた。以前にも雨の時の大きな傘に、杖の頭のゴムを付けて使っていたが、電車の中に忘れてきてしまった。その内に、自分自身を忘れてしまわないか心配になるが、時が来れば花は咲く、全てを受け入れること、今心配しても仕方がないから、今は楽しく生きていたいですね。

 小石川教会のろう者会の夏の修養会、50周年記念の旅が終った。私は残念ながら足腰の弱さを考えて、34日の旅は無理と思いあきらめた。熊本・天草の旅、ろう者、通訳者の20名余が参加した。30年前に私の教会に神学生として来ていた方が、今熊本の教会で牧師として働いていて、この修養会に参加していろいろお世話をしてくださった。また熊本時代から親交のあった方が様々な手配を引き受けてくださって、助けてくださった。e0191585_10293371.jpg

 いろいろな人々に支えられての旅、ろう者会の人々も他の参加者も、この会の目的にしているものを感じ取ってくれたらと思う。      

「天草の天主堂」


# by minitayori | 2017-06-10 10:32 | Trackback | Comments(0)

小さな花でも群れていると楽しそう。

一人でいると小さな花
しかし、群れていると楽しそう。散歩の途中でにぎやかな
声が聞こえてくるような気がした。幼稚園のように小さな
花が楽しそうに語り合っていた。昔務めた教会に幼稚園が
あったね。楽しかったね、園児たちとのおしゃべりが。

e0191585_10160270.jpg

# by minitayori | 2017-06-10 10:21 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 6月11日 三位一体主日 マタイによる福音書28章16~20節

611日 三位一体主日 マタイによる福音書281620e0191585_10114261.jpg


◆弟子たちを派遣する

28:16 さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。:17 そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。

28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

「礼拝に備えて」

 この日曜日は、教会の暦では三位一体主日と呼ばれる大切な祝日です。イエス様が昇天される時に、弟子たちに「父と子と聖霊のみ名によって」、「派遣の命令」を与えました。私はこのみ言に出会った時、牧師としての働きの重さと、働きの壮大さ、広大さに気付かされました。教会、そして選ばれて遣わされた者は、このみ言葉が示される、世界に遣わされていると思ったからです。

「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

 牧師の勤めに任命してくださったのは、天と地の一切の権能を託されているイエス様であると言う事。遣わされた者はイエス様のご命令どおりに「全ての民をイエス様の弟子とするように」との働きに召されている事。私はこのみ言に本当の意味で出合った時から、牧師は教会に来る人のために選ばれた者ではない、今教会の前を通り過ぎて行く人々のためにも遣わされているのだ、と思うようになりました。

 それだけでなく、教会に来られない人々がたくさんいる、いろいろな障害を持っている人々は、教会という壁の高さに、み言葉を聞きたくても阻まれている、音声中心の教会では、耳の不自由な人々は教会に来てもわからない、肢体に障害のある人は教会の階段の下でため息をついて帰ってゆく、ということに心が痛むようになりました。そして今このことは、自分が老境に至って、足腰が弱くなり、耳が遠くなり目が霞むようになって、大変強く感じるようになりました。

 もちろん全部の人々を一つの教会でカバーすることはできないにしても、地域の教会で分担することはできるのではないでしょうか。障害者伝道を40年やって来て、いろいろ気がついたこともあります。教会はイエス様の愛の権威によって、全ての人に神さまの愛のお心を伝えることが使命です。これは神様の願いです。そして私へ託された責任であると思っています。

 教会の礼拝での最後の祝禱を、このような派遣への願いを込めた言であることを覚えつつ聞きたいと思います。同時に、イエス様のお心から漏れる人は一人もいない、あなたも今「全ての民」の一人、イエス様の愛の眼差しの中にとどめていただいている者であることを覚えて、心に平安と喜びを持ってほしいと思います。


# by minitayori | 2017-06-10 10:15 | Trackback | Comments(0)

ドウダンツツジ

ドウダンツツジ
塀の中から道端に出てきて、「こんにちわ!」と挨拶をしているよう。
一人歩きの老人の散歩はさみしそうに見たかい!でも、みんなに会いに
来ているのだと語りかけた。自然の中の友達です。

e0191585_10013238.jpg

# by minitayori | 2017-06-10 10:08 | Trackback | Comments(0)

たち葵


たちあおい
公園の近くの都営の団地がある。住民の方の御苦労によってきれいな花畑が
できている。この日散歩に出たら、見事な立ち葵の花が咲いていた。風が
強くてうまく写せなかったが、後2,3日でもっとたくさんの花が咲くだろ
うと思って楽しみです。
e0191585_20473757.jpg

# by minitayori | 2017-06-03 20:34 | Trackback | Comments(0)

「みにたより306」

「みにたより306」


 故郷に帰る時、富士山が見たいと思って、行きも帰りも富士山の見える窓際の指定席を頼んだが、どの日も満席で、結局は、通路側の席を選ばざるを得なかった。しかしあいにく、両日共に曇天で、窓際になっても何も見えなかった。新幹線に乗って富士山が見えるのは、運が良くないと見えないものだと昔は承知していた。そんなことを思い出しながら、しばらくぶりの新幹線を楽しんできました。豊橋に泊まる新幹線「ひかり」だったが、東京駅で、自由席の車両の前に大きな荷物を持っている、いろいろな国の方々が大勢いるのに驚いた。観光立国日本を象徴するように、ほんとうに様々な国の方々で、皆さんあの大きな荷物をどこに置くのだろうかと心配になった。

 子供連れの若い夫婦の方と目が合い、笑顔で会釈したら嬉しそうだった。私も外国に行って、笑顔で会釈されて嬉しかったことを思い出した。子供だけでも座れると旅が楽しくなるのになーと思って見送った。

 とにかく、墓参と故郷にいる兄弟達との再会を楽しく過ごすことができた。帰りも旅行帰りの大きな荷物を持った方と隣り合わせになったが、疲れていたのか豊橋駅から品川までしっかりと寝てしまった。終点が東京と言う事の安心は大きいですね。

 自分で車を運転していた時と違って、電車に乗るとすぐ寝てしまい、何度も乗り越して、終点まで行ったこともあった。先日テレビで見たが、乗り越しをして戻る時の電車賃は支払わなければならない、そうしないと無賃乗車になるとか。最近教会からの帰りに一人の時は、ちょくちょくひと駅ぐらい乗り越してしまう。次が自分の降りる所と思いつつ眠っていて、自分の降りるべき駅の名のアナウスを聴いて目が覚めると、丁度ドアが閉まり、結局は次の駅で乗り換えて帰ってくる、そんな平和な日々を過ごしています。

 たったひと駅だが、まことに心地よい睡眠時間なのだ。一人で教会に行った時だが、家内と一緒の時は、必ず起こされて慌てて降りる準備をする。体力がなくなったと言うべきか、老いたなーと思うべきか、両方ともあたっていますね。全てを受け入れて、人に迷惑をかけないように生きていかないと、と思っています。
 e0191585_20195606.gif



# by minitayori | 2017-06-03 20:27 | Trackback | Comments(0)

キリエ 「聖霊降臨」

聖霊降臨

2:1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、

2:2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、
彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、
炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

e0191585_20105765.jpg

# by minitayori | 2017-06-03 20:16 | Trackback | Comments(0)

6月4日 礼拝に備えて 聖霊降臨主日 使徒言行録 2章1~21節

6月4日 聖霊降臨主日 使徒言行録 2章1~21節
e0191585_19562308.jpg


◆聖霊が降る

2:1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、:2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

2:5 さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、:6 この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。

2:7 人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。2:8 どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

   (9~13節省略)

2:14 すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。

   (省略)

『主の名を呼び求める者は皆、救われる。』

e0191585_20040053.jpg

 「礼拝に備えて」

 教会の始まりは、弟子たちに神様の霊が下ったことから始まった。神様の霊とは、神様の力、神様を知り、み心に従う力、とも言うべきかもしれない。彼らはこの日から、恐れる者から勇気を持って語る者へと変えられた。

 特徴の一つとして、「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」そこに集まっている人々全員に「神様のみ業の素晴らしさを理解出来るように話した」ということ。人々は「彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」と驚いている。最初の弟子たちが一番心を砕いていたことは、聴く人々に「彼らの分かる言葉で神様の素晴らしさを伝える」と言う事だった。

 私は洗礼を受けてすぐに、当時の牧師の勧めで、夜の街中で路傍伝道をした。マイクもなく、にぎわいの中で信仰の証をさせられた?のだった。

誰も聞いてはくれなかった。時々立ち止まる人がいたが、私の言葉は届かなかった。結びはいつも、ヨハネによる福音書の3章16節だった。神様のお心が最も凝縮されていると教えられたからだった。「ヨハネ3:16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」このことを分かってほしいと一生懸命話した。

 神学校に入っても、夏休みは伝道旅行、天幕伝道で証をすることが何回もあった。教会のない所に天幕を張って、集会が始まる前に近隣にビラ配りをして回った。なかなか受け取ってもらえない悲しさも味わった。

 当時は開拓伝道をしてくださる牧師先生も沢山おられ、その先生の話し方と内容に心打たれたものだった。みんなの分かる言葉で語ることの、難しさと素晴らしさを教えられた。集会の初めに、神学生として自分の信仰についての証をするようにと言われ、怖れつつ準備をした。

 ある時、同僚の神学生が証の前に仲間と一緒に談笑していた。そこに宣教師がやって来て、その神学生はひどく叱られた。神様のみ言を証する者は、どんなに大切な役目を与えられているかを畏れつつ覚え、聖霊の助けを祈らなければならないのに、馬鹿話をして大笑いをしているとは何事か、と叱責をされたのだ。

 このことは牧師になってからいつも、礼拝の前に思い出されたものだ。主の名を求めて、主の御心を語る、聖霊の助けをいただいてこそ誰もがわかるお話ができるのだと、肝に銘じたものである。体力がなくなり説教壇に立つ機会もなくなったが、昔の厳しい教えが時々思い出される。 誰もが分かるお話こそ、教会に求められている福音の証の言葉、説教であると改めて思う。今からでは遅いと思いつつ、今日のみ言葉で昔のことを思い出しました。


# by minitayori | 2017-06-03 20:09 | Trackback | Comments(0)

アジサイ

アジサイ
娘の裏庭にアジサイが咲いたというので見てきた。小さな庭の
片隅に、珍しい色のアジサイが咲いていた。一本のアジサイの木。
ひそやかに咲いていたアジサイ。静かなほほ笑みのように見えた。

e0191585_19555867.jpg

# by minitayori | 2017-06-03 20:00 | Trackback | Comments(0)

スイセン草

スイセン草
裏庭にずいぶん前から気になる雑草の塊があった。庭にあるから
花が咲くのだろうと思って、どんな花かと楽しみにしていた。
きれいなかわいらしいピンクの花が咲いていた。スイセン草と
いう名前だった。小さなかわいらしい花です。
花は自分の定められたときに、定められたように自分の色で咲く、
私はどんな花を咲かせてきただろう_?_?

e0191585_22311332.jpg

# by minitayori | 2017-05-27 22:36 | Trackback | Comments(0)

「みにたより305」

「みにたより305」

「故郷は遠きにありて思うもの」と言う言葉があるが、体力のあるうちに、もう一度故郷を感じたいと、24日から一泊で愛知県田原市(渥美半島)の故郷に行ってきた。

まず墓参をして、父母と兄夫妻に牧師の働きを終えることができたことを報告し、感謝の祈りをした。兄と共に習った尺八を持って行き、墓前で讃美歌を献奏してきた、と書くと格好良いのだが、旅の疲れか息切れがして、あまりきれいな音が出せなかった。

家庭集会でよく歌った「いつくしみ深き」「主よ、みもとに」「安かれ、わが心よ」等を吹いてみたが、かすれた音に私の師匠でもあった兄が、渋い顔をしているように感じた。

ふっと、母が言った言葉が思い出された。いつであったか、まだ元気な頃に故郷に帰った時に、母が「お前、説教がちっともうまくならんね・・。」どうして知っているのだろうと思ったが、一緒に働いていた宣教師が私の説教をテープに残して、2,3本母の所に持っていったようだ。40歳くらいの時の説教で、手話で同時通訳をしながらの説教だった。

母はこのテープを、繰り返し繰り返し聴いてくれていたのだ。それで上達しないなーと言った意味が分かった。確かに上達しないよね、同じテープを聞いていたのだから。母には何も言わなかったが、テープを聞いて、上達しない息子の説教に心を痛めてくれたことを知って嬉しかった。

故郷に帰って、兄弟や親戚の温かい心遣いを受けてきた。電車や車での移動だったので、足が固まったのか、ふらふらしてしまったが、みんなに支えられて心温まる旅をすることができた。これが最後かという気もして帰って来たが、帰る早々、また来年も「最後の旅」をしたいものだと思った。

「故郷は遠きにありて思うもの」と言うが、「故郷は優しい心に触れるところ」であった。 神様の備えてくださった天の故郷も、神様の愛に迎えられる安らぎの故郷だろうなー。

e0191585_22285145.jpg


# by minitayori | 2017-05-27 22:30 | Trackback | Comments(0)