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10月3日日課の聖書手話訳

2010・10月3日(日) 聖霊降臨後第19 主日 ルカによる福音書17:1-10 
 日課の手話訳(斜線)

17:1 イエスは弟子たちに言われた。「つまずきは避けられない。
*イエス様は 弟子たちに 教えられた。 失敗+間違い 仕方がない

だが、それをもたらす者は不幸である。
*しかし、それを 他の人に 与える人は 不幸だ。

2そのような者は、これらの小さい者の一人をつまずかせるよりも、
*それを する人は ここにいる 弱い人を 倒れさせるよりも

首にひき臼を懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がましである。
*自分の首に 大きな石を縛り付けられて 海に 投げ込まれた方が よい。

3 あなたがたも気をつけなさい。
*あなたがた 同じように 注意しなさい。

もし兄弟が罪を犯したら、戒めなさい。
*もし、友人が 罪を犯したら 注意してあげなさい。

そして、悔い改めれば、赦してやりなさい。
*そして その人が 悔い改めたら 許してあげなさい。

4 一日に七回あなたに対して罪を犯しても、
*一日の間に 7回 あなたに対して 悪いことをしても

七回、『悔い改めます』と言ってあなたのところに来るなら、赦してやりなさい。」
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*7回 自分悪い ごめん と言って あなたのところに来たら 赦してあげなさい。

聖書より一言

 赦すということができたら、どんなに素晴らしい家族、友人関係、世界ができるでしょうか。今の世界の混沌の基は、人間がお互いにゆるし合えないところからきているともいえます。ゆるせないのは、自分の中に傲慢さがあるからではないでしょうか。
 かつて、創世記でこのようなことがありました。最初の人、アダムとエバはエデンの園におかれました。そこでは神と語り合うことができ、必要なすべてが満たされていました。
神様はこのエデンに住むために、人間に一つだけ約束を守る様に言いました。それは園の中央にある木の実を取って食べてはいけない、ということでした。
 そのほかのものはすべて与えられていました。しかし、二人は神様がいけないと言われた言葉に従うことができずに、自分の心の中から出てくる欲望に負けました。木の実を取って食べてしまったのです。その結果、人は神様を恐れて木の陰に隠れ、自分の姿を恥るようになり、罪の責任をお互いになすりつけ合うようになりました。これが神様に従うことを忘れた結果人間が得たものでした。ゆるせない心、自己正当化、責任転嫁、最初の罪を人間は今も心に持っています。イエス様はその人間の罪のすべてを、御自分の御生涯の中で担い、十字架にかかって死んでくださったのです。ゆるすということは自分を捨てること。これがなかなか難しい。だから、イエス様と一緒にいることが必要なのですね。あなたも今日からイエス様と一緒に生きる決意をしてみませんか?

by minitayori | 2010-09-30 22:12