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2課2425 創世記聖研手話訳

2課2425 創世記聖研手話訳

>24.エデンの園にいた最初の人アダムには、神との間の「調和」がありました。
*エデン(指文字)場所 いる間 最初の 人 アダム 心 神 間 調和(握手)ある

>人は神のみ声を聞き、み旨を知って、喜んで神様に従っていました。
*人 神 声 喜んで 聞き 神 心 知り 喜んで 神 従い 続けた

>人の日々の歩みは、神様のみ手にあり、その導きにゆだねられていました。
*人の 毎日 生活は 神の 手に 守られ 神 導き の 助けられていた

>その心は平安で満たされていました。
*人 心の中 平安で 満ちていた


>25.第2に、「自分との調和」がありました。
*第二に 「自分の中に 調和(仲良し=一致) あった。

>神様に絶えず、親しく聞き、教えられ、導きを受けることによって、
*神様に いつも 喜んで 聞き 教えを受け 導きを 受けることに よって

>「人」は、自分の創造された本当の目的をはっきりと知ることができました。それ故に、
*人  自分の 作っていただいた ほんとう目的を はっきり 知った。 だから

>「人」は自分の良心に恥じない(心に争いのない)日々を過ごすことができたのです。
*人  自分の 心の深みに 自分を恥じない 争いのない 平和の 日々を 過ごせた。


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「手話訳から一言」
 創世記の手話訳をしていて思うことは、人間の根本的なあり方、心の中の状態を示していると言うことです。旧約の人々は、哲学的でも、神学的でもありませんでした。ただ、神様に対しての深い信仰に立っていたのです。それは素朴な、幼子のような信仰であったと思われます。今日の学びの所を訳していて、乳呑児とお母さんとの関係を思い出しました。幼子を抱くお母さんの喜びに満ちた顔、そしてお母さんの声に耳を傾け、お乳を与えられ、抱かれて安心しきっている姿、それが創造の初めの神様と人との関係であったのです。そしてまた人間にとって一番幸せな時であったのはないでしょうか。創世記はそのような最初の神様と人間との愛に満ちた関係を思い出すように、と念じつつこの書を書いたのではないかと思います。神様は今も同じだよ。あなたを自分の愛する子として見ているよ。一番大切な宝として見ていてくださるよ! あなたはそう思われているのです。この素晴らしいあなたであることを忘れないようにしてください。

by minitayori | 2012-03-07 20:48