キヨセタヨリ009

キヨセダヨリ009

2012・8月26日(日) マルコによる福音書6:45-52
6:45 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸のベトサイダへ先に行かせた。48 ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。 49 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、大声で叫んだ。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
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「礼拝に備えて」
 次週の日課を見ていて、昔結婚式に出た時のことを思い出した。お祝いの席で新郎の会社の上役の方が祝辞を述べられた。「人生は山あり谷あり、雨の日も嵐の日も、凪の時も大波の押し寄せる時もある。どんな時にも二人で力を合わせれば、乗り越えられる。」という趣旨のお話だった。耳の不自由な方の結婚式で、式文、お話、誓約、披露宴の司会と通訳までした。目の前に運ばれ、持ち去られる御馳走を見ながら、夢中で手話通訳をしていた。でも、この話はそのような中でもよく覚えている。先日このご夫妻から手紙が来た。孫が二人もでき、家族みんなで幸せに暮らしている、と言うことだった。緊張と長時間の手話通訳をよく一人で乗り切ったものだと、今思い出すと、若かったなー!と懐かしく、自分で感心してしまう。
 何よりもうれしかったことは、彼らが、今でもイエス様と結びついていてくれたことだった。
 弟子たちはイエス様に送り出されて、湖の真中にこぎ出した。嵐が吹き、船が沈みそうになった。イエス様はその嵐の中、弟子たちに近寄り、船に乗り、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われ、嵐を沈められた。この経験は、これからの弟子たちの苦難の日々の中で繰り返し思い出されたことだろう。
 人生は山あり、谷あり、晴れあり、嵐あり。そのような中で、イエス様はいつも近くにいてくださり、「安心しなさい。私が共にいる。恐れることはない」と約束してくださる。この約束を信じて、どのような時にも、平安でいたい。そして、この弟子たちへのお言葉は、今のあなたに語り続けられていることを、ぜひ覚えて欲しい。


「断想」
・酷暑の日々が続いている。身体がだるくて、外に出る勇気も出ない。だが、一日だらだらとして居られる今の自分を、情けなく思いつつも感謝している。
・この数日、何度もカメラを持って近くに散歩に行くが、見頃な花は見つからない。清瀬の駅まで行って花屋さんの店先に並んだ花を見て帰ってきた。「みんなきれい。」しかし、みな一本一本違うが、誰かの所に引き取られることを願って、一生懸命咲いている。
・花のない庭を散策しながら、この暑さに疲れた緑の地の中に、いつか美しい花を咲かそうと、明日を夢見て待っている命があると思うと、楽しみにわくわくする。
・秋の庭は美しいだろうな!と想像するだけでも楽しくなる。今日も抜けるような青空に、真っ白い雲が悠然と浮かんでいた。地上の何を見ているのだろうか。さまざまな形に変わる雲を見ていると、「今日を大切に生きよ!」と語りかけられているように思った。

by minitayori | 2012-08-25 22:29 | Trackback | Comments(0)

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