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3課2425創世記聖研手話訳

3課2425創世記聖研手話訳

24.次に起こった事が、「隣人との不調和」です。つまり、人と人との間の不調和です。
かつては、「わたしの骨の骨、肉の肉」、と自分の助けてとして造られたエバを喜んだアダムでしたが、神様からその罪を責められると、その罪の責任を、妻エバに転嫁しようとしました。さらに、エバを造った神様に、その罪の責任を転嫁しようとしたのです。
25.罪責感を自分のうちで解決できない人は、他の人に責任を転嫁したり、他の人を非難したり、傷つけたりする事によって、自分を正当化しようとします。この事は、今の私たちの社会にいくらでも見られる事です。自己中心の自己正当化の心が、人と人ばかりでなく、国と国との争いにまでなっていきます。「隣人との不調和」が始まりました。

<手話訳>
>24.次に起こった事が、「隣人との不調和」です。
* 2番目 始まる 状態 「仲間 人 不調和」 です。
注)不調和=仲たがい(背を向けあう状態)の手話を使います。
反対にして手を合わせて 握り合うと、仲良し、仲間、友達と言う意味になる。

>つまり、人と人との間の不調和です。
*結果(結ぶと言う動作) 人 人 間 仲たがい です

>かつては、「わたしの骨の骨、肉の肉」、と自分の助けてとして
*少し 以前 自分の 骨 同じ 肉 同じ と言って 自分 助ける 人 と思い

>造られたエバを喜んだアダムでしたが、神様からその罪を責められると、
*神 造る いただく エバ(女) 喜んだ アダム(男) 神 罪 言われた 時

>その罪の責任を、妻エバに転嫁しようとしました。
*自分の 罪の 責任 自分 女 エバに かぶせた
注)罪=神に背いた行為  責任=肩に乗っているもの 転嫁=相手にかぶせる

>さらに、エバを造った神様に、その罪の責任を転嫁しようとしたのです。
*さらに 女 造った 神様 悪い 言って 罪 責任 かぶせた

>25.罪責感を自分のうちで解決できない人は、他の人に責任を転嫁したり、
*罪 苦しみ 自分の 中 無くす 難しい 人 他の人に 責任 かぶせる

>他の人を非難したり、傷つけたりする事によって、自分を正当化しようとします。
*他の 人 悪く 言う 苦しみ 与えて    自分は 正しい 考える。

>この事は、今の私たちの社会にいくらでも見られる事です。
*この状態 今 私たちの 社会の 中 沢山 ある。

>自己中心の自己正当化の心が、人と人ばかりでなく、
*自己 中心 自己 だけ 正しい 思う 心 人 だけ 違う

>国と国との争いにまでなっていきます。「隣人との不調和」が始まりました。
*国 国 間 争い=戦争 源 なる。 他の人 喧嘩別れ 始まった。

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[手話訳より」
 創世記の中には、人間の持つ根本的な問題が、問いかけられ、また答えられています。この部分では、どうして人間の中に争いがあるのだろうか、という素朴な疑問への答えが記されています。
 仲の良かった友と仲たがいし、今までの仲間がいじめに回ったり。心燃やして夫婦になったのに、その男女がいつの間にか情熱が冷めてしまい、些細なことで攻め合い、許せなくなって離婚をしてしまうこともあります。またどうして、人間は神を敬いつつも、神を恐れるのか。また自分自身を恥じるのはなぜか、という現代の私たちにも当てはまる問いかけがなされています。
 それはすべての基準を神様にではなくて、自分の中に置き、自分だけを正しいと思うから、人の正しさが認められず、人の幸せが羨ましくなったりするのです。こんな私たちの心の弱さは、すべて心の基準を神様に置いていない人間の愚かさに源があるのです。聖書の教えは厳しいですが、真実です。自分自身を注意深く見詰めてみると、自分の弱さの原因が、自己中心の心にあることがわかります。ではどのようにして生きてゆくことが必要なのでしょうか。神様に背を向けたアダムのようにではなく、十字架の死に至るまで神様に従順であったイエス様に倣って生きること、これが神様の求める御心なのです。

by minitayori | 2012-09-15 20:21