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キヨセタヨリ019

キヨセタヨリ019
2012年11月18日 マルコ12章41-44「神様の尊ばれるもの」
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12:41 イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。 
42 ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。 
43 イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。 

聖霊降臨後第25主日、
・間もなく教会の一年の終わりが来ます。その時には、イエス様が厳しい裁き人として来られると言われます。マルコは私たちにどのようなことを教え、その時にどのように備えるよう教えているのでしょうか。今日の日課のやもめの献金のお話が、そのために記されているのです。
・神殿には13の賽銭箱があったと言われていますが、金持ちたちは人の見える中央の場所で、音を立てて献金をしています。弟子たちは、それらの人の姿に感嘆していました。しかし、イエス様の目は、誰にも見られないように、片隅でわずかな捧げ物をする一人のやもめの姿に注がれていました。
・彼女は、貧しく、レプトン銅貨2枚しか持っていませんでした。それでも最後のレプトン2枚を持って神殿に来ました。彼女はその全部を賽銭箱に投げ入れたのです。彼女のレプトン2枚は彼女のすべてでした。その姿をイエス様が見ていました。イエス様は人間的には無意味に見えるような小さな捧げ物を、限りなく尊い価値ある物と認められたのです。
・イエス様は私たちに、すべてを神に捧げきって生きることを望んでおられます。それはお金だけの事ではないのです。
・しかし、イエス様はこのように私たちに要求されるとき、それ以前に、私たちのためにイエス様の御生涯すべてを注いでいてくださいました。
・イエス様は、私たちがまだ罪人で神様から背いて生活している時に、愛のゆえに、私たちのために十字架上で命を捨てて下さいました。
・私達は自分を無力な、貧しい自分と嘆いています。しかしイエス様は、そうは言われません。「あなたは私が命を懸けた大切なあなた。」そう呼びかけていて下さるのです。

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「断想=つれづれに 019」
・秋が深まってきました。肌寒ささえ感じます。東北の地では、もう雪の知らせがあるそうです。仮設住宅に住む方々には、二度目の冬がやってきます。
・瓦礫の山、土台だけ残った敷地、冷凍庫のない波止場の魚市場。人々はどんなにか復興の時を待っていることでしょう。しかし、その助けをするべき国会は、解散してしまいました。
・この後、選挙、新しい内閣の組閣・・・この空白の間に、人々はどんな思いでこの冬を過ごしてゆくのでしょうか。
・元気で冬を過ごしてほしい。温かい春を迎えて欲しい。そのことを祈るしかできない我が身の小ささに悲しい思いがします。
・イエス様が来られた時のイスラエルは、ローマの支配のもとにあり、圧政と、国内の指導者の腐敗に絶望的な生活を強いられていました。
救いは神様からしか来ない、そう信じ、救い主を持っていました。
・私たちもこの時、神様の助け、イエス様の到来を心から待ちましょう。一日も早い復興がなされ、被災地の方々に平安が与えられるように、共に祈りましょう。

by minitayori | 2012-11-17 21:02