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礼拝に備えて・キヨセタヨリ032

2013・3月17日(日)四旬節第5主日「不正な農夫たち」 
聖書 : ルカによる福音書20:9-19
20:9 イエスは民衆にこのたとえを話し始められた。「ある人がぶどう園を作り、これを農夫たちに貸して長い旅に出た。 10収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を納めさせるために、僕を農夫たちのところへ送った。ところが、農夫たちはこの僕を袋だたきにして、何も持たせないで追い返した。
 13 そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』 14 農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる。』 15そして、息子をぶどう園の外にほうり出して、殺してしまった。さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。


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「礼拝に備えて」
・受難節のこの時に、イエス様は人間の心に潜む原罪について鋭く切り込まれます。神の民イスラエル、そしてその指導者として選ばれていた人々は、神のものを(民の魂を)神に返すことを職務として委ねられていた。
・しかし、彼らは自分の名誉や地位、人からの誉れを望んでおり、人々に仕えることより、神のものである人々の魂を、自分の欲望のために利用しようとしていた。
・その人々の真ん中に、イエス様は送りこまれた。ただひたすら人々の魂を愛し、神に仕え、神に喜ばれることをしようとされた。
・指導者の手本となるべき生き方は、結果として当時の指導者たちの生き方を批判し、間違いを正すこととなった。指導者たちの怒りはそこにある。神に従うべきか己の欲望に従うべきか
・己の欲望に従う指導者たちや、その指導者たちの扇動に負けた民衆に、神様の御心であるイエス様はつぶされた。しかし、神様の人々への愛は、つぶされることによって、多くの人々に及ぶことになった。神様の御計画の素晴らしさである。
・イエス様の十字架は、イエス様が弱くて捕まり、敗北して死に至ったのではない。イエス様の死を用いて神様は人の命を救い、世界中の人々に愛を届けようとされたのだ。
・あなたもこの神様の愛の御心の中に置かれている。あなたのすべきことは、自分の思いや欲望に負けて、神から離れて、不安の中に生きることではない。
・あなたを求めてやまない神様の愛の御心の中に留まって、幼子が母の腕に抱かれて平安に生きるように、神様の愛の中で平安でいて欲しい、と神様は願い続けておられる、


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「断想=つれづれに思うこと・キヨセタヨリ032」
・食中毒の恐れは去った。4日間の居室待機は、私に取ってはありがたい時間だった。
・居室から出られないことは一人住まいの人にとっては、真に耐えられない苦痛な日々であったようだ。その方々には申し訳ないが、わたしは手紙や二人展の準備に十分時間をいただいてよかった。
・月曜日、昼食から自由となり、久しぶりに外に出たら、こぶしの花は咲き、白い花桃はほぼ満開になっていた。
・四日間ですっかり周りの風景が変わっていた。花園のように綺麗になっていた。
・今は受難節、間もなく復活の時を迎える。今は耐えて待つ時。そしてその先に、大きな希望の時が来る。希望を持って日々を生きていきたい。
・二人展が始まった。水墨画とキリエ、まったくジャンルの違いがあるが、来会者はそれの違いの中で、特別な思いを受け止めて帰ってくれる。
・キリエは聖画、それぞれに聖句と簡単な解説を記して絵の下に張ってある。絵をじっと見る人、絵を見て、説明を見つめている人。再度意味を聞きに来る人。いろいろな人との出会いがあった。
・遠く、熊本の友人も覚えて祈っていてくださった。メールで感謝を送ったが通じなかったので、この紙面で感謝しておく。ありがとう!嬉しかった。と伝えたい。
・二人展。話の好きな人は2時間近く話してゆく。自分の趣味とキリエという新しい分野との比較を考えているのだろうか。
・でも、この町の人と親しくお話しできる、真に良いチャンスでした。祈って支えてくださった方々に感謝します。また来会してくださった方々にも、感謝。

by minitayori | 2013-03-16 21:30