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礼拝に備えて 20135:26 御霊に押し出されて

013・5月26日(日)三位一体主日 ヨハネによる福音書16:12-15
聖書 : ヨハネによる福音書16:12-15
16:12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。 13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。 14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。

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「礼拝に備えて」
真理の御霊に押し出されて

聖書 : イザヤ書6:1-8
そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」
・このイザヤの言葉は、イザヤの召命の時の言葉として有名です。イザヤはこのみ言によって、神様の御心を知りました。「あの人々にだれが私の心を伝えてくれるであろうか。」その御心を知ったイザヤは即座に、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」との言葉で応答したのです。
・私がこのみ言に出会ったのは高校生の時でした。文語体の聖書で、仲間と聖句の暗記競争をしていて覚えたみ言です。
・そのみ言が、あるとき、イザヤではなく自分に語りかけている神様のお声として聞こえました。それと同時に、病気で耳が不自由になり、我が家で行なっていた集会に出られない弟の姿が、神様の「わたしの民」と言うみ言と重なりました。
・兄弟3人が同じ病気にかかり、最初にかかった私は元気になったが、次の弟は同じ病気で手当ても受けられずに死に、そして二番目の弟は、高熱で聴覚を失ってしまった。
・洗礼を受けたものの、人生に目的を失いかけていた私は、このみ言に出会ったとき、弟のような耳の不自由な人々に神様の福音を伝えるようにと、私の命を残してくださった、と神様のみ旨を理解しました。
・献身して40年の現役牧師生活をしてきましたが、いつもこのお言葉に励まされて、この働きのために与えられている命であること、そして送り出された私のそばには、マタイ28章で弟子たちを世界宣教に送りだされた時に語られたみ言、「見よわたしは世の終わりまであなたと共にいる。」と言う約束があることに励まされて日々を過ごしてきました。
・手話でみ言を話すために、いつも神様に祈り聞きました。聖霊の導きを祈りました。いろいろな手段を用い少しでも理解できるように努力しました。
・当時、文京区の16ミリの映写機の資格を取り、映画を借りて上演したりしました。映写機とフイルムを持って電車やバスを乗り継いで家庭集会に行きました。
・ただひたすらに、耳の不自由なこの人々に分かるみ言を伝えたい、そのことに夢中でした。イエス様による神様の栄光がこの人々に届けられるように、との願いだけでした。
・でも、今から思うと失敗だらけの40年でしたが、神様に支えられて過ごすことが出来た40年でした。また、多くの人々に支えられた40年でした。一人一人に感謝したいと思っています。

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by minitayori | 2013-05-25 22:03