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礼拝に備えて 2014・3・16 マタイ20:17-28「仕える人に」

2014・3・16 マタイ20:17-28
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20:17 イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 26 しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、27 いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。 28 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」

「礼拝に備えて」≫仕える人に≪
 上昇志向というものは、人間が生きていくためには必要なものであると思う。しかし、それは日常の努力の積み重ねによって昇華されて行くものではないだろうか。
 私が牧師になった時、私は自分の無力さに打ちのめされながら神学校生活を続けてきた。少年時代、充分な教育を受けることができなかった私は、いつも肩身を狭くして生きていた。しかし、ある時、そんな私を受け入れ、神学校で学ぶことを許して下さった神様と神学校の教授の先生たちのご配慮を感謝した。
 そして、なぜ?と考えた。弱く、乏しい私だから出来ることがある、と気が付き、自分の立ち位置から、地道に進んでいこうと決心した。
 ろう者伝道という初めての働き。健聴者との共同の教会作り。一つ一つその時にすべきこと、出会う一人の魂に届くように神様の福音を祈りつつ伝えることに一生懸命になった。
 その途上で、聴覚障害者に必要な手話の習得、キリスト教用語の作成、視覚補助物としてのキリエの作成など、新しいことが示された。神様のみ業のために、逃げないでになって40年、手話もキリエも学びを続けた。
 あるとき同じ悩みを持つ牧師と話合った。用いてくださるのは神、高めてくださるのも神、神様を心に止めて、ひたすらみ旨に従って生きよう、と話合った。
イエス様の弟子たちは、イエス様のお心に従うよりも、自分の出世欲に負けていた。イエス様の歩まれる道ではなく、栄光の姿を求めていた。イエス様は言われる「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」

  詩 「ぞうきん」
困ったときに思い出され、用がすめばすぐ忘れられる「ぞうきん」
台所のすみに小さくなり、酬いを知らず、朝も夜も喜んで仕える
ぞうきんに、私はなりたい。


河野進牧師の詩です。病める人を愛し、子供愛し、その保護者を愛し、一生を地方の教会で尽くされた河野先生は、沢山の詩を書いて、病める人や保護者に差し上げ励まして来たという。私にはその才能はないが、その人の信仰を伝えることができる。一人の魂のためにつかえ、祈る人であり続けたい。

by minitayori | 2014-03-14 17:17