礼拝に備えて  ヨハネ11:17-53「愛の涙の中に」

2014・4・6 ヨハネ11:17-53「愛の涙の中に」
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11:17 さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。 
21 マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。 22 しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」
 23 イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、 24 マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。
35 イエスは涙を流された。 36 ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。
 41 人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。 42 わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています。しかし、わたしがこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたがわたしをお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです。」 43。こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。 
 53 この日から、彼らはイエスを殺そうとたくらんだ。
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「礼拝に備えて」
 肉親の死に会うことは悲しい。仕事柄、そのような悲しい場面に立ち会うことは多かった。葬儀を執り行う者として、涙していることはできないとこらえてきたが、今日の聖書では「イエス様は涙を流された」と記されている。聖書の中で一番短い言葉で表わされているといわれる。
 この短い言葉の中に、居合わせた人々はラザロへのイエス様の深い愛を感じ取った、と記されている。
泣くものと共に泣き、喜ぶものと共に喜びなさいというイエス様のお言葉、イエス様はご自身で示された。一人の青年だったであろうラザロへの涙にイエス様の愛を感じた人々が、その涙が自分へのイエス様の愛のお心でもあったことを感じ取れたら、イエス様は喜ばれたことだろう。
 それは今の私たちにも言える。イエス様は私たちの悲しみや苦しみ、寂しさをその愛の中に包み込んでくださる、共に涙してくださるお方なのである。
 復活は死後のよみがえりや天国での神の命を得るだけでなく、今この時に、イエス様の愛の涙の中に、包まれて生きていること、それこそイエス様の命の中に、あなたもまた復活し生きていることである。
 勿論、新しい天地の神の国で、新しい命を得て生きることを望んではいるが、今この時にも、神の愛の中に守られていることを感じ、喜んで生きたい。
 

by minitayori | 2014-04-05 21:09 | Trackback | Comments(0)

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