礼拝に備えて 12月28日(日) 「最初のしるし」
12月28日(日) 降誕後主日 「最初のしるし」 讃219 教会281

●ヨハネ2章1~11
2:1三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。
2:7イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。
「礼拝に備えて」 最初のしるし ●ヨハネ2章1~11
クリスマスが終わって、新年の最初の聖書のみことばは、婚礼の席でイエス様が水を葡萄酒に変えたことでした。ヨハネはこれを「しるし」と呼んでいます。何のしるしでしょうか、それはイエス様が神の子であり、私達の救いのために何をなしてくださったかを伝えるためのしるしです。
当時、水は貴重なもので、どこにでもあるものではありませんでした。食事の準備や清めの儀式にも使われたと言われます。イエス様も旅の最後に、最後の晩餐の時に弟子たちの足を洗いました。しかし、水での清めは外面的な清めでしかありませんでした。
だからヨハネは、私は水で洗礼を授けるが、わたしの後に来る方は、聖霊によって洗礼を授けると言われました。水は当時清めのしるしでした。今でもカトリック教会の入り口には清めの水があるそうですし、日本の神社の入り口にも「手洗い」と言って、手を清めることによって、体も心も清めて神の前に出ることを勧めています。
ヨハネはこの場所で、新しく教会の歴史に残る方法で清めの儀式を残されました。結婚式で水を葡萄酒に変えられたのは、イエス様の十字架の苦しみとそこで流された血潮によって、外見だけでなく人の魂の深みまで清めることができる方としてイエス様を示すとともに、日曜日に行われる聖餐式に用いられる葡萄酒「液」によって、心の深みにある罪を赦す方として来られた方であることを伝えようとしているのです。
ヨハネはイエス様の奇跡を「しるし」として書いています。イエス様のなされる技のすべてが、私たち一人一人の魂の救いのためのイエス様の愛の業であることを教えるためであったのです。新年のはじめに、イエス様のなされた愛の業を覚えて、新しい年への「望年会」をしてほしいと思います。なぜならイエス様の愛の御心は今も変わらずにあなたに注がれているからです。
by minitayori | 2014-12-27 21:51

