礼拝に備えて 2月1日(日) 顕現節第5主日 「家族をイエス様に委ねて」

2月1日(日) 顕現節第5主日 「家族をイエス様に委ねて」   
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マルコ1章29~39
1:29 すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。
1:30 シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。
1:31 イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。

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「礼拝に備えて」
 牧師になって、肉親の病気を知らされても見舞いにも行けないことはとても辛いことだった。多くの牧師が経験していることだろう。最近、二世の牧師の父親が亡くなられた。忙しい仕事についていた息子の牧師は、遠い所に暮らしていた父を見舞いに行くチャンスも少なかったのではなかろうか。
 私は父を神学校の5年の時に亡くした。その年の正月に帰った時には、みんなでおとそを飲み楽しくしていたのに、東京に帰ってしばらくして、父がすい臓がんで、胃にも転移して末期の状態だ、という連絡を受けた。当時は今と違ってガンの宣告は死の宣告だった。私は卒論の最中だったが、資料を持って家に帰った。家の忙しい仕事を手伝いながら、出来るだけ父のそばで過ごした。
 牧師になることを反対して、勘当までした父だったが、何も言わずベットの横に座った。丁度ラジオがあったのでスイッチを入れると、ルーテル・アワーの時間で、静かな讃美歌が流れ、牧師先生のお話が始まった。父が眠っていると思った私は、スイッチを切った。しかし、父は聞いていてそのままにしておくように言った。キリスト教のお話を聞いて、心が静かになったのだろうか。
 数日後、開腹手術をすることになり、私は医者に頼んで父の手術に立ち会わせてもらった。父のがんは膵臓だけではなくて胃やほかの所にも転移していて、医者は臓器を取り出し、こことここにがんがあるから取ることは無理だと宣言された。
 手術をしたことで安心したのか、家に帰った父はすき焼きを食べたいと言った。みんなで食卓を囲んだ。
数日家にいたが、私は、父が宣教師を招いて家で教会が始まりそこで自分がイエス様に出会ったこと、自分がやりたいこと、父のためにずっと祈っていることを伝えた。父は転移が広がり、再度入院。しかし、もう一度家に帰りたいという願いを聞き、兄は父を車に乗せて懐かしい街を回り、家に帰ってきた。
 二階の寝床に行く父を背負って、あまりの軽さに愕然とした。父は家で寝ている時、そばにいた私に「お前には何もしてやれなかったが、一つしてほしいことがある。お前から洗礼を受けたい。」その日は受苦日だった。町の教会の牧師の許可と介添えを受けて洗礼式を行った。次の日、父は再度入院、最後は教会の方々に献血をいただき、数日を過ごした。父は「十字架の血に♪」の讃美歌が好きだった。自分が沢山の会員の方の血によって生きていることを、イエス様の血によって生かされることとダブらせて考えたのか、「血ってありがたいなー」それが私の聞いた最後の言葉だった。
 数日後、父は病院で亡くなった。私は終わりの祈り、納棺式までさせていただき、後は母の希望通りに町のしきたりに沿って葬儀をした。
 牧師をしていてなかなか家に帰れなかったが、シモンのようにイエス様の御用をしている時にシモンの姑の病がいやされたように、神様が今も家族のために働いていてくださることをいつも感じていた。
「安心しなさい、わたしがいる。!」
このイエス様のお声を聞いて、肉親や友人の安否を神様にゆだねることの出来る幸いを感謝している。


    主よなぜですか
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                      水野源三さんの詩

      主よなぜですか 父につづいて
     母までもみ国へ召されたのですか
     涙があふれて主よ主よとただ呼ぶだけで
     つぎの言葉が出て来ません
     主よあなたも私と一緒に
     泣いてくださるのですか
 

by minitayori | 2015-01-31 17:29 | Trackback | Comments(0)

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