「ミニタヨリ196」

「ミニタヨリ196」
 北海道には暴風雪がたびたび襲っているとニュースを聞く。自宅で抜けるような青い空を眺めるとき、いつも雪の中で苦労をしている仲間のことを思い、祈る。先日も一人暮らしの牧師から、「買い物に出るとき無事に帰れるように祈りつつ、車で出かける。車でなければ身動きできない」という連絡をいただいた。
 私も昔、11月の北海道を経験した。函館は雪氷で怖かった。札幌では雪の中で訪問した。池田教会(今はなくなった)では、何人かの同行者と一緒に教会堂の二階に泊めてもらった。ストーブを3つも付けてもらったが、寒くて眠られなかった。
 次は帯広に電車で行った。駅に降りて道がわからず、教えられて歩いた道が帯広の広い原野だった。耳が痛くなるような寒さだった。新しいきれいな教会で、芸術的な彫り物の聖壇が印象的だった。
最後の訪問地は釧路だった。帯広からのまっすぐな道が海に向かって走っていた。道が下り坂だったので海が目線より高く見えて恐怖を覚えたのを今でも覚えている。釧路は雪の中に静まりかえっていた。当時はカメラに興味がなかったのでその記録がないのが残念だ。今は亡き若い牧師が一生懸命訪問し、小さな教会を守り、集会を開いていた。当日は聖書研究会だったが、参加者は牧師と求道者一人。熱心に語る姿に、一人の人をも愛すイエス様の姿を見る思いだった。次の日は大雪になると言うので、早々に飛行機で帰京したが、厳しい所で働く伝道者の熱い思いを感じた。
 東京にいれば、黙っていても新しい人は来る。そして去り、いつの間にか忘れられる。地方の教会では新しい人が来るのは年間2,3人。だからその人が失望して二度と来なくなることのないように、教会員が一生懸命になり、牧師も一生懸命になる。
 地方の人が教会に来るのは、そこにある小さな教会に切実に求めるものがあると思うからだと思う。私のいた長野県の小さな教会もそうだった。祈り、待つ。そして数か月して来てくれた時は、教会員のみんなが、わが子が帰って来たように喜んで迎える。その温かさ、喜びに包まれて教会に足が向くようになる。全国の教会がその喜びと暖かさを持ってほしいと思っている。教会は維持するためにあるのではなくて、イエス様の愛の暖かさを伝える所なのだから。その心が満ちればきっと教会は成長すると思っている。
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by minitayori | 2015-01-31 17:44 | Trackback | Comments(0)

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