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礼拝に備えて  9月18日  ルカ福音書16章1~13節

 9月18日 聖霊降臨後第18主日 ルカによる福音書16章1~13節
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◆「不正な管理人」のたとえ
16:1 イエスは、弟子たちにも次のように言われた。「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄使いしていると、告げ口をする者があった。:2 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』:3 管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。:4 そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』
16:5 そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。:6 『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』:7 また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』
16:8 主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。:9 そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。

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 「礼拝に備えて」
 最近、政治家の不正支出のニュースがよくあります。大きな金額もあるが、潤沢な給料、報酬を得ているのに、なんでこんな些細な金額のために法律を犯し、社会的地位も失うのかと不思議に思う事もあります。
 多くの責任を担う人が、それ相応に手当をされるのは当たり前で、容認できることだが、自分の飲食代や書籍代、家族旅行まで含めるのは、その人の人間性が疑われる。セコイ、品性が貧弱と言うべきでしょうか。
 今日の日課は「不正な管理人」として語られているが、表面だけ読むと、イエス様が、不正をしてまで自分の将来の地位を守れ、と教えているようで、なんとなく納得できない所です。
このお話は〈弟子たち〉に語られるが,パリサイ人らへの適用も意図されているようです。〈ある金持ち〉は、ガリラヤ地方によくいた不在地主、〈[ひとりの]管理人〉は財産管理を委託された人物で,主人の代理人としての権限を持つ人のことです。主人はこの管理人が不正をしていることを知り、辞めさせようとします。
 このことを知った管理人は、主人の貸した「借金の証文」を書き換えさせて、借り手を助け、自分の地位を有利にしました。この管理人の思想と行動は徹底して〈自己中心であり、不正〉なる事柄です。彼のしたことは、主人の財産を使って、今まで搾取していた人々を助けたことでした。自分の将来を守るために。主人は、管理人が、思慮深くやったのを聞いて、彼を〈ほめた〉のです。
イエス様ご自身によるコメントでは、〈この世の子ら〉は、たとえの中の不正な管理人に象徴されるように、その関心事は「自分たちの世のことについて」だけであり、「来るべき世」、神の国のことは眼中にないのです。キリストの弟子たちは、本当に大切なものに、心を注いで生きるように、と教えられているように思います。
〈不正の富〉と言うのは、もともとは主人(神)の物、それを私物化しているから不正の富になるのですね。それを用いてでも自分の未来のために〈友をつくりなさい〉は、この世の消えゆく物にではなく、永遠の友を作るために、自分に与えられた、全てを持ちいなさい、と教えているのです。
だが、〈友〉とは誰を指すのでしょか。(神,貧しい者,隣人,友,信者、等々)かもしれない。〈[富]がなくなったとき〉とは,人が死んで富が何の役にも立たなくなる時。この世に生きる「光の子ら」は、神からゆだねられた「財産の管理人」であり,この世の「富」を「思慮深く」管理し、〈永遠の住まい〉に行く備えのために活用すべきだ、との教えと聞くこともできます。
 神様の子は、神様のお心に忠実に生きることを望みます。ただひたすらに。それは、イエス様が、「わたしはあなた方のために、住まいを用意するために行く。準備ができたら迎えに来る。」と約束してくださっているから、イエス様の到来に備えて、心を整えて信じて待っているのです。



by minitayori | 2016-09-15 21:37