礼拝に備えて 12月11日 待降節第3主日 マタイによる福音書1章18-23節

12月11日 待降節第3主日 マタイによる福音書1章18-23節
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◆イエス・キリストの誕生
1:18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
1:19 夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。1:20 このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。1:21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」1:22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
1:23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
1:24 ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、
1:25 男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。

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「礼拝に備えて」
 イエス様の名前のインマヌエルは、へブル語で「インマ」+「ヌエル」=「神様が」「今私達と共にいます。」と言う意味です。それは聖書全体に流れる神様の私たち人間への愛のお心です。
 長い歴史を経て、神様はイエス様を地上におくられ、人間の犯した罪を清め、再び神の国に迎えるために十字架にかけてくださいました。新しい神の国に神と共に住めるように。

ヨハネ黙示録 21:3、4
そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、
彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」   

 聖書の最初と最後は「神が共にいる」と言う言葉で、神様はそのお気持ちを示されているのです。どんな時にも、神様はあなたと一緒にいてくださる。{その独り子をくださるほどに、あなたを愛していてくださるから}
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by minitayori | 2016-12-10 18:34 | Trackback | Comments(0)

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