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礼拝に備えて 9月17日 聖霊降臨後第15主日 マタイ福音書16章13-20節

9月17日 聖霊降臨後第15主日 マタイ福音書1613-20

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16:13 イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。:14 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます

16:15 イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」:16 シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。:17 すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。:18 わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。

16:19 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

16:20 それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。

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「礼拝に備えて」

イエス様は、旅の途中で弟子たちに「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」と、お尋ねになりました。弟子たちは「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」と答えました。

イエス様は人々の評判を気にされたのでしょうか。そうではありません。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」という、弟子たちへの質問の答えを聴くために、お尋ねになったのではないでしょうか。

この質問は弟子たちへの質問であると同時に、今教会の信徒である私達への質問でもあるのです。私達は日常の生活の中で、自信を無くしたり、様々な問題にぶつかった時に、イエス様を忘れて自分だけですべてを解決しなければならないように思ってしまうのです。頭の中では、イエス様を「わたしの主」とは思っていても、日々の様々な問題の中には居てくださらないように思ってしまうのです。そしてイエス様不在の思いわずらいの中で、日常の問題に直面して悩んでいます。

弟子達も、同じような経験をするであろうと思われたイエス様は、その様な時にこそ、イエス様があなたにとってどんなに大切な方であり、あなたのことをどんなに心にかけていてくださるかを、考えて欲しかったのです。神様は放蕩息子の帰りを、「死んでいたのに生き返った」と喜んで迎えてくださる方なのです。またいなくなった小羊を、どこまでも探し出してくださる方なのです。

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私達はどんな時にも、「あなたこそ生ける神の子、私の救い主です」と、告白できる信仰を持って生きて行きましょう。




by minitayori | 2017-09-16 21:48