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礼拝に備えて 12月24日 ルカ福音書1章67~79節

1224日 待降節第4主日ルカによる福音書16779

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◆ザカリアの預言

1:67 父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。

1:68 「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し:69 我らのために救いの角を、/僕ダビデの家から起こされた。

1:70 昔から聖なる預言者たちの口を通して/語られたとおりに。

1:71 それは、我らの敵、/すべて我らを憎む者の手からの救い。

1:72 主は我らの先祖を憐れみ、/その聖なる契約を覚えていてくださる。

1:73 これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、 敵の手から救われ、/恐れなく主に仕える、生涯、主の御前に清く正しく。

1:76 幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、 主の民に罪の赦しによる救いを/知らせるからである。

1:78 これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。


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 「礼拝に備えて」e0191585_22355596.gif



 今週はクリスマス・イブ。イエス様降誕の前夜祭になる。一般にはこの日をクリスマスとして礼拝する教会がい多くなっている。クリスマスはイエス様がかつて来られたことを祝う日、誕生日であり、もう一つやがてイエス様がよの裁き主としてくる時がる事を覚え得る日でもある。そのために一人でも多くの人が救われうように、教会は一年の間祈りつつ働きをしてきた。


 私は24日を最後の伝道の日として守って来た。明日イエス様が来られる前にイエス様を信じて欲しい。「今は恵みの時、救いの日である。」からだ。だから。24日の礼拝が盛大に行われることを否定するつもりはない。なぜなら、一人でも多くの人に今越す救いの日恵みの日であることを伝える大切なラストチャンスの日だと思ったからだ。


 熊本にあるルーテル教会の高校では、ハンドベルを通して、クリスマスの到来を市内の多くの場所で演奏をしてきた。私が最後の任地となった熊本教会では、その高校生ハンドベルの最後の演奏の場として24日を特別の礼拝としてきた。礼拝前に夕食を用意し礼拝に備えてきた。


 ある24日の礼拝では200人を超す方々が集まってくださり、二階の床が落ちるのではないかと心配するほどだった。懐かしい思い出だった。事はどうしているだろうか。若い人々がハンドベルで証をし、人々の心をイエス様来臨への備えをしてほしいと願っている。毎年この日のためにクリスマスのキリエを作ってプレゼントをしてきた。クリスマスの日飾ってイエス様の降誕を思いだしてほしいと思ったから。


 今日の日課では、イエス様の先駆者であり、その勤めを全うした洗礼者ヨハネの事が記されている。洗礼者ヨハネは当時のヘロデ王の悪行を責めたために、首を切られて死んだ。彼は、獄中で死を待つ間、弟子をイエス様の所に遣わして「あなたは来るべき救い主ですか。:と訪ねさせた。


 イエス様の答えは、「私の身の周りを見なさい。不治の病と言われていた人や罪人、社会で孤立していた障害者の人々が集まって、神様を賛美している。これこそ救い主がいるしるしである。」と言われた。教会とは健康な人だけの集まる社交場ではない。助けを必要としている全ての人が集まり、イエス様の救いを受け入れて感謝の賛美を歌える場所でなければならない。その様な教会であってほしいと願いつつ、今までも、今も過ごしている。







by minitayori | 2017-12-22 22:52