礼拝に備えて 4月29日 復活後第4主日 ヨハネ福音書15章1-10 

429日 復活後第4主日 ヨハネによる福音書15章1-10
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◆イエスはまことのぶどうの木

15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。

15:2 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。:3 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。

15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。

15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

15:6 わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。:8 あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。

15:9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。:10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

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「礼拝に備えて」

 「わたしは真の葡萄の木」。真のぶどうの木、それは木に連なる枝に充分な養分を与え、良い実を結ばせる木の事である。木は養分を与え、力を与えてたわわな実らせる、その仕事を弟子達、つまりイエス様に連なる人々に託したのです。

 一人一人は力やあち場の違いはあっても、その与えられた所で、神様の力をいただいて精一杯の自分の実を実らせなければならないのです。それをさせてくださると約束してくださった。事実、私の近くの周りにある駐車場は砂地であり、また所によってはコンクリートやアソファルトに、塗り固められている。しかし、その隙間から美しいポピーの花が咲き始めている。

 多分小鳥がついばみ、持ってきて落としたものであろうと思うが、その命の強さと、託された自分の使命に託された勤めに忠実にあろうとするけなげなさに心打たれています。

 先週は敬愛する友の納骨式が行われた。73年をっ精一杯生き抜かれた友人だった。

 世界のトップでソプラノ歌手として活躍し、ウイーンの歌劇場で初めて日本人として専属歌手となった方だった。ご主人はオーケストラの副指揮者であり、ピアノの名手であられた。ご自分は喉頭がんで、病を持ちつつ、音楽大学で教べんをとり、若い人々の育成に取り組んできたが、3年前に病気が悪化、召されてしまった。

 奥さんも10余年前に進行性大腸癌にかかり、sy術を毎年のように受けつつ、演奏会を続けられた。ご主人と一緒に行うはずであった50周年記念コンサートを昨年11月に計画していたが、またがんが再発、手術を勧められたが、コンサートが出来なくなると投薬による治療のみでコンサートに挑まれた。

 痛みどめを注射しながら1時間余りのコンサートを一人で歌いあげた。皇后さまも来会、コンサートは万雷の拍手で成功裏に終わったが、そのまま入院し、また手術、しかし今回は病魔が全身に広がって、再起できなかった。

 夫人は、ご自分の最後のコンサートのCDを聞き終わると静かに眠りにつき、そのまま先に召された夫に会えることを楽しみに、神様のみ国へと旅立たれた。ご主人の葬儀一式、そして今度は夫人の葬儀一式を頼まれ、体力に自信がなかったが、神様が助けてくださると信じて一ヶ月を過ごして来た.

 精一杯命の花、感動と言う花を与え続けたご夫妻の生涯を思いつつ、私の精一杯で過ごした日々だった.今は、虚脱感とさみしさでいっぱいです。.


by minitayori | 2018-04-28 22:15 | Trackback | Comments(0)

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