礼拝に備えて 5月6日 ヨハネ福音書15章11-17節

56日復活後第5主日 ヨハネ福音書1511-17

15:11 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。

15:12 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

15:13 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

15:14 わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。

15:15 もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。

15:16 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。

15:17 互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」

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「礼拝に備えて」

15:13 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。

15:14 わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友で人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。

 イエス様は弟子達を「わたしの友」と呼ばれました。イエス様を裏切り、見捨てて逃げ出した弟子達、その弟子たちに対して「わたしの友である。」と断言されたのです。どんなに弱くても、無力になっても、その人がどのような存在になろうとも、イエス様はご自分の気持ちは変わらない。「わたしはあなたを友と呼ぶ。」と言ってくださいました。

 年をとると言う事は、孤独になると言う事だねー。と先だって召された働きの先輩である友人が語っておられた。語り合う友がいなくなり、若い人たちとはうち解けにくい。ゴールデンウイークだと言うのに、行く場所もないし、出かける元気ももない。テレビを見ながら高速道路の渋滞を見て、懐かしく思う事もある。

 当時は冷房がなくて、氷をビニールに入れて頭に載せて運転しているのを、冷房の入っている高級車が通り過ぎながらにやりと笑って行くのを悔しく思う事もあった。こんな思い出を楽しめるのも長く生きてきた賜物なのだろうと、歩いてきた過去を振り返りながら、思い出をありがとう!という気持ちになる。

 こういう時だからこそ、ふとくちずさむ讃美歌が312番「いつくしみ深き」。この讃美歌の言葉の深い味わいに、改めて心に温かさを感じる。そういえば敬愛するご夫妻の葬儀にも、ご本人の希望でこの讃美歌が遣われた。そして今は、孫を寝かしつける時の子守歌にこの讃美歌を歌い続けている。


by minitayori | 2018-05-05 21:59 | Trackback | Comments(0)

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