キリエ(迷子の羊)

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 児童礼拝でこの絵のお話しをした。
ある羊飼いの家に、かわいい子供がいた。お父さんはこの子に生まれて間もない子羊を与えた。子供は大喜びで大事に育てた。ある日、外に出したら、子羊は喜んで走り回り遊んでいた。どんどん遠くに走っていき、とうとう見えなくなってしまった。夕方になっても帰ってこない子羊を心配して、その子は泣き出してしまった。お父さんやお兄さん、みんなで探しに行きました。野原も暗くなってきました。その時、どこかで子羊の鳴く声が聞こえました。子供は自分の羊が鳴いている、と走りだしました。子羊は穴の中に落ちて、這いあがれなくて泣いていたのです。お父さんがやってきて、子羊を助け出し、子供に渡しました。子供は大切な子羊をしっかりと抱きしめて、うれしくてぽろぽろと涙を出して泣いてしまいました。
 お父さんは子供に言いました。神様はね、みんなのことをこの迷った羊を心配したように、心配してくださっているんだよ。いつも神様から離れないように、神様のところに帰って、神様に喜こんでいただこうね、と話しました。

by minitayori | 2012-02-07 14:40 | Trackback | Comments(0)

賛美歌312番楽譜

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私はこの歌を信仰に入ってから50年余、歌い続けています。人生の終盤、このケアハウスに住むことを許されて、朝の礼拝に、ホスピスの礼拝でいつもこの歌を歌う。牧師になってこの歌がどのような背景でできたものか興味を持ち調べました。一人の信仰者の苦悩と祈りと、信仰によってそれらに打ち勝った喜びに満ちた歌であることを知りました。それ以来、一層この歌が好きになりました。次のページにその背景を記しておきます。

by minitayori | 2012-02-07 14:20 | Trackback | Comments(2)

さんびか312番の背景

さんびか『いつくしみ深き』312番について、

 教会讃美歌371番(教団312)の「いつくしみ深き」は世界中の誰もがよく知っている讃美歌の一つです。この讃美歌を作詞したジョセフ・スクラィヴィンは、1819年アイルランドの裕福な家に生まれ、大学を卒業して、幸せな結婚式を前日に控えたある日、婚約者が溺死しました。癒すことの出来ない心の傷を負った彼は、25歳のときカナダのポート・ホープという町に学校教師として移住しました。彼は教会をとおして、貧しい人々に奉仕する生き方を選び、時間のあるときは、鋸を担いで、支払いが出来ない人々のために、薪を無料で切ってあげるなどの労働奉仕をしました。その彼に再び春が巡ってきました。海軍大尉の一人娘エリザ・キャサリンと知りあい、婚約までこぎ着けました。彼の傷も癒され、明るい将来が見え始めていた矢先、彼女は結核にかかり帰らぬ人となりました。その時、彼は41歳でした。幸福は彼の人生には不思議に拒まれていました。
 故郷にいた母もそうでした。その母を慰めるためにこの讃美歌の歌詞を書いてアイルランドに送りました。普通の人であれば、神を呪いかねないほどの試練に出会った彼ですが、人々にイエスの愛を伝える情熱は絶えることなく、平安と優しさに満ちていたと言われます。詩を書いた翌年の1886年体調を崩し、彼は病床に伏していました。
 彼を引き取った家の主人がこの詩を発見し、出版社に送り、「福音唱歌」の巻頭にこれが載ることになりました。元詩は、スクラィヴィンが自分の悲しみ以上に、故郷の母の苦痛を思い、「私の事は心配しないで下さい。愛なる主イエスが私の悲しみを全部負って下さっています。私は祈りによって平安を得ています」と母に励ましを告げる気持ちが満ちています。大塚野百合さんが訳した言葉を見て見ましょう。
 1. 何というすばらしい友でしょうか、主イエスが私たちのすべての罪と悩みを負ってくださるとは、何という特権でしょうか、すべてを神に祈ることができるのは!……
 2. 試練や誘惑に出会っていますか?困難がありますか?失望してはいけません。主にいのりなさい。こんな真実な友があるでしょうか。私たちのすべての悲しみを感じて下さる方が?主イエスは私たちの弱さをすべてご存じです。主に祈りなさい。
 3. 重荷に弱り、心労につかれていますか?貴い主は、わたしたちの逃れ場です。主に祈りなさい。友に軽蔑され、捨てられていますか。主にいのりなさい。主はそのみ腕にあなたを抱き、あなたを守って下さいます。そこにあなたは慰めを見出すでしょう。


この文章は、賛美歌について解説している本から、書き取っていたものです。失礼ですがどなたが書かれたのか、本の名前、著者を書き留めておくのを失念してしまった。お許しあれ。
でも、この歌を歌うたびに、私はこの歌の背景を思い浮かべています。その気持ちを伝えたい、あなたに!

by minitayori | 2012-02-07 14:11 | Trackback | Comments(0)

やっと咲いたデンドロビウム

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部屋の前にある棚の上には、胡蝶蘭やデンドロジウム、ヒヤシンスがガラス越しの日差しを浴びて
春を持っている。今年は寒い日が多いのかなかなか花が咲かなかったが、このブログに間に合うよ
うにやっと咲いてくれた。薄紫のピンクがかった花は、まだ幼くて初々しい。これから次々に咲き始
めるだろう楽しみです。

by minitayori | 2012-02-07 14:04 | Trackback | Comments(0)

2課2021 手話創世記聖研

2課2021 手話創世記聖研

20.今、私たちの住んでいる社会と自然は、戦争や公害によって破壊されています。このような社会と自然を破壊から救うためには、何よりも人の心が神との正しい関係を回復することが必要です。聖書が旧約聖書の歴史を通して私たちに語っていること、神のみ旨として伝えていることは、神の和解を受けなさい、と言うことです。このためにこそ、イエス様はこの世に来られたのです。
21.神との関係・神は、私たちとの和解を望んでおられます。私たちが、父と呼ぶことを許されている神との関係は、父と子とのつながりのように、愛に満ちたものです。神は、いつも私たちと共にありたいと望んでくださり、私たちを教え、導き、助けようとしていて下さいます。


<手話訳>

>20.今、私たちの住んでいる社会と自然は、戦争や公害によって破壊されています。
*今 私たち 生活 居る 社会 (国々=または世界) 戦争 公害 よって 壊す
注)自然=木の芽が生えるように人差し指をゆっくり出す動作。
     ここでは、国々や世界=地球のことを指していると思うのでそのように表現
注)公害=左人差し指を斜めに立て、右人差し指で、その下に{ム}と言う字を書く。
     「公」と言う字と、両手指を曲げて、目の前でかき回す動作、スモッグの意

>このような社会と自然を破壊から救うためには、
*この 状態の 社会 世界 壊す 救い出す 為に

>何よりも人の心が神との正しい関係を回復することが必要です。
*まず 第一に 人 心 神と 正しく 和解する 必要

>聖書が旧約聖書の歴史を通して私たちに語っていること、
*聖書 古い 約束 歴史 続けて 人びとに 教えている 内容

>神のみ旨として伝えていることは、神の和解を受けなさい、と言うことです。
*神の 思い 心 教えている 内容 神と 仲直りしなさい と言う 教えです。

>このためにこそ、イエス様はこの世に来られたのです。
*このために 確かに イエス様は この世界に 来た。

>21.神との関係・神は、私たちとの和解を望んでおられます。
*神 人 関係(つながり) 神 私たち 仲直り 欲しいと 思う

>私たちが、父と呼ぶことを許されている神との関係は、
*私たち  父 言う 認める 神との 関係

>父と子とのつながりのように、愛に満ちたものです。
*父 子供 つながり 同じ 愛に 一杯です

>神は、いつも私たちと共にありたいと望んでくださり、
*神  いつも 私たち 共に 居たいと 希望している

>私たちを教え、導き、助けようとしていて下さいます。
*私たち 教え 導き 助けたい と思って 居てくださる。e0191585_13573019.jpg

(手話訳より一言)
 聖書の根幹にあるものは、神様の私たちへの愛のお心です。罪、神様に反抗して、命令に背き続ける私たち人間に、なお、変わらず、深い愛を持って見守っていてくださいます。それだけでなく、その神様の愛に何とかして気付いてほしいと願っておられ、さまざまな方法で、そのお心を伝えようとしててくださいます。その方法は、自然の中の出来事であったり、預言者の言葉であったり、民の苦しみであったりしました。神様は時に人間の弱さを用いられて、人を神様に近づくように願われます。イエス様も言われました。心の貧しい人は幸いである、と。人間の傲慢が打ち砕かれるところ、顔を上げることもできず、下を向く時、そのさらに下に、神様は救いのみ手を差し伸べて、待っていてくださるのです。放蕩息子の例えを思い出してください。放蕩に身を持ち崩した息子を、父は家の前に立って待ち続け、帰ってきた汚れた息子をそのままで抱き寄せてくださいました。私の息子が死んでいたのに生き返った、と喜んでくださった。今も同じように、神様はあなたを待っていてくださいます。あなたへの愛は変わりません。

by minitayori | 2012-02-07 13:58 | Trackback | Comments(0)

清瀬駅から見た富士

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清瀬から富士山が見えるスポットがある。隣の病院の五階の談話室、駅前の市民センターの五階。この写真は駅に近い市民センターの六階から写したもの。富士山はどこから見ても美しい。偽りがなく、あるがままの姿でそびえたっているからかな?
人間の美しさもそう、あるがままの自分で精いっぱい生きてみよう。美しいよ。

by minitayori | 2012-02-07 13:29 | Trackback | Comments(0)