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ひばなコスモスとハチ

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自然林の中で見つけた、数少ない花。シャッターを押して映そうとしたらハチが入ってきた。うれしい一瞬でした。

by minitayori | 2012-11-03 16:48

キヨセタヨリ017(断想=つれづれに思うこと)

キヨセタヨリ017
「断想=つれづれに思うこと」
・引退をして、仕事を離れて、孤独を感じる人が多いという。私も心の中を木枯らしが吹き通るように、心細さと寂しさを感じました。
・高齢者の多くがその戦いをしている。仕事を終わった人、子育てを終わった人、孫育てを終わった方々。
・高齢者施設に入って来る人は、自分も含めていろいろなことを引きずって入所してくる。そこで一番願うことは、自分を自分らしく認めて欲しいということだ。
・しかし、大切なことは、(私の経験からして考えることは)自分の過去について、どこで区切りをつけるか、ということではないだろうか。
・そして、新しい人生が始まったことを素直に受け入れ、与えられた環境に順応してゆくことではないかと近頃考えるようになった。
・神様は、今日一日を、この環境、この場所、この状況で、輝いて生きるように望んでおられるのです。

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by minitayori | 2012-11-03 16:43

つつじ帰花?

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つつじが一輪咲いていました。季節を違えたのか、一輪だけでさみしそうでした。出番ではないところに立っていくということは恥ずかしいし、どうしてよいか分からなくなります。以前フィンランドに行った時、毎日のように村の教会町の教会でお話をしました。一緒に行ってくださった宣教師が、通訳しわたしは日本のことと、自分の証をしました。ある時宣教師の先生が目配せしたので、私の出番かと思って立って行きましたら、その先生の説教が続き、私はどうしてよいか分からずに、説教台の横に立っていました。帰るわけにもいかず、身の細る思いでした。このつつじ、そんな思いはしないでいいよ。一輪でたしかにきれいだから!と心に呟きながら写しました。

by minitayori | 2012-11-03 16:38

礼拝に備えて

2012・11月4日(日) ヨハネによる福音書16:25-33  
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32 だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。 
33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
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「礼拝に備えて」
 イエス様は、やがて、御自分と一緒にいる弟子たちが散らされて一人になることを知っておられた。イエス様ご自身のお心を理解しないこと、そのことがすでにイエス様を捨て去っているのと同じだった、と言われるのだ。
 しかし、イエス様は御自分には父なる神様が共にいてくださる、そのことの信頼の上にしっかりと立っておられた。イエス様は、この神様のお支えゆえに、孤独にも受難にも十字架の苦しみにも勝たれた。
 それは他でもない、私のため、あなたのための孤独との戦いであり、苦難との戦いだった。神様と共に居られた故に、イエス様はわたしたちの想像を絶する孤独と苦難に打ち勝ち、復活の栄冠を得られ、永遠の神様のみ国へ至る道となられた。あなたのために。
 だから、イエス様は言われる。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」 あなたへのお約束です。勇気を出しなさい。

by minitayori | 2012-11-03 16:26

綿の木

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 散歩道の商店街で、綿の木を見つけました。綿の木があることを知っていました、また写真で見たこともありました。しかし本物を見たのは初めてでした。本当に綿の感触でした。感動でした!

by minitayori | 2012-11-03 16:15

創世記聖研手話訳3課30-31

3課30-31創世記聖研手話訳

30.イエス様は旧約聖書の「エデンの園の調和」の回復のためにこられたのです。「十字架の死に至るまで、神様に従順であられた」イエス様の道は、アダムの道とはまったく正反対の道でした。イエス様の道は、神様との関係の回復の道、和解への道であったのです。
31.イエス様はご自分を「道」であると言われました。この言葉と私たちとの係わりについて考えてみましょう。今、イエス様を信じる人々は「クリスチャン」と言う名で呼ばれていますが、皆さんは、この意味をご存じでしょうか。一般の人はこの名から、清潔な人、良い人、真面目な人、少し悪く頑固な人などと言うイメージで語られています。

<手話訳>
>30.イエス様は旧約聖書の「エデンの園の調和」の回復のためにこられたのです。
*イエス 主 古い 約束の 本 中 「エデン 場所 調和 再度 始めるため 来た
注)調和=仲良し、握手・・両手を反対にすると、仲たがい、反対が「和解」になる。

>「十字架の死に至るまで、神様に従順であられた」イエス様の道は、
*「十字架 死まで 神様に ひたすら 従った。」イエス様の 道=行動

>アダムの道とはまったく正反対の道でした。イエス様の道は、
*アダム 行動 まったく 逆く 道=行動 でした。イエス様の 行い 道
注)道=両手を広げて、ガードレールに守られた、長い道、場所を示す。

>神様との関係の回復の道、和解への道であったのです。
*神様 関係 再度 結ぶ 道 和解 目的 道=行い です

>31.イエス様はご自分を「道」であると言われました。
* イエス 主 自分自身 「道=文字で書く」 と 言われた

>この言葉と私たちとの係わりについて考えてみましょう。
*この 言葉 私たち 関わり 考えて お願い

>今、イエス様を信じる人々は「クリスチャン」と言う名で呼ばれていますが、
*現代=今 イエス様 受け入れ 人々 「クリスチャン」 名前 呼ばれる
注)クリスチャン=空中文字で書くとよい。

>皆さんは、この意味をご存じでしょうか。一般の人はこの名から、
*皆さん この 言葉 意味 知る か? 普通の 人々 この名を聞く時

>清潔な人、良い人、真面目な人、かたくなな人などと言うイメージで語られています。
*心 きれい 人 心 良い人 正しい人 少し悪く考える 頭 固い人 を創造する。


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「手話の解説より一言」
創世記の聖研手話訳も後少しになりました。緊張を続けて完成したいと思いますが、少しお休みしてしまいました。これからイエス様につながる大切なお話になります。理解しにくいもの、と思いがちです。しかし、イエス様が来られた目的を理解するためにはなくてはならない、大切な教えです。イエス様が十字架に苦しむことを承知しながら、ご自分の道を進まれました。それは、イエス様に与えられた神様からの十字架、担って歩むべき道でした。その理由は、私のためでありあなたのためでした。神様に造られている人間は神様に背き、神様のこのまない道を歩み、不幸、悲しみを担って歩んでいます。明日の目的も、何が正しいのかという基準も持たなくて、闇の中を苦しんで歩んでいます。その人を、いやあなたや私を本来の幸いな道、平安のあるところへと導くために、神様が送ってくださったのがイエス様であり、イエス様はそのために命をかけてその御心を完成してくださったのです。愛する人が神様と共にいきることこそ真の幸せであることを教えるために。、

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by minitayori | 2012-11-03 16:08